5話 信仰の証
陽が傾き、森は橙色の光に染まっていた。
エレナはルナを背負い、川を離れて少し奥まった場所にたどり着いた。
ルナの体はまだ冷たく、出血は止まったものの、傷口は生々しく、意識は戻らない。
エレナはルナを地面に下ろし、枯れ枝を集めて焚き火を起こした。
炎がパチパチと音を立て、二人の顔を照らす。
エレナはルナの傍に座り、彼女の残った左手を取った。
ルナの指は冷たく、わずかに震えている。
ふとエレナは自分の左手の甲を眺めた。
そして、信仰を形にしたいと思った。
エレナは焚き火の炎から小さな火の玉を浮かべ、
自分の左手の甲に近づけた。
火は熱を抑え、
ただ赤く輝く。
エレナは静かに祈った。
「セレス様。信仰の証として、触手の意匠を刻みます。この印で、私は永遠に、あなたの信徒です」
エレナは火の玉の形を変えて、自分の左手の甲に押し当てた。
ジュッ……という小さな音とともに、皮膚が焦げ、触手の意匠を模した印が刻まれる。
痛みに顔をしかめながらも、エレナは微笑んだ。
「これが……私の信仰の証」
そんなことをしている間に、ルナのまぶたが、わずかに動いた。
かすかな呻き声。
「……痛い……腕が……足が……まだ、感覚が……」
エレナはルナの額に手を当て、温もりを伝える。
ルナの目がゆっくり開く。
青白い顔に、涙がにじむ。
セレスの因子を口づけで注いだおかげで、命の危機は去ったが、完全な再生には時間がかかる。
エレナは祈った。
「セレス様……彼女の痛みを、和らげてください」
頭の中の声は、静かに答える。
セレスはこれまで通りに、必要以上に力を貸さない。
なぜなら、人の成長を貴んでいるから。
『因子は、すでに彼女の中に根付いた。後は、彼女自身の意志だ。お前が信じ、彼女が信じれば、体は応える」
エレナはルナの顔を覗き込んだ。
ルナの瞳は虚ろだったが、まだ、消えていない光があった。
エレナはルナの残った左手を取り、握る。
「痛いよね。怖いよね。苦しいよね。でも、セレス様は、あなたを見捨てません。私も、そばにいる。一緒に、生きましょう」
ルナの唇が震え、涙が一筋、?を伝う。
「……私……もう、歩けない……戦えない……こんな体じゃ……生きていけない……」
エレナは首を振り、ルナの?にそっと触れた。
「そんなことない。あなたが生きようとする意志が、あれば、それでいい。再生は、時間がかかるけど……必ず、元に戻る。信じて」
ルナは、エレナの手を弱々しく握り返した。
「……ありがとう……私、生きたい……」
エレナは静かに言った。
「あなたも、証を刻みませんか? 信仰と、仲間としての印を。私と同じように……セレス様に、永遠に仕えるという証を」
「セレス様は、あなたの神様?」
「そう。私と一緒に、セレス様を信仰しましょう」
ルナは、弱々しく頷いた。
「……うん」
ルナはエレナを信頼することを決めた。
命の危機を救われ、女同士ではあるが口づけを交わした。
ルナの中にはすでにエレナに対して、恋慕と信仰の気持ちがある。
もちろん、自らの体の中に感じる強大な力を授けてくれたセレスにも、畏敬と信仰を抱いている。
エレナは火の玉を再び浮かべ、触手の意匠に形を変えた後ルナの左手の甲にそっと近づけた。
皮膚を焼き、触手の意匠を模した印が、ルナの手に刻まれる。ルナは痛みに顔をしかめながら、静かに誓った。
「セレス様……私は……あなたの信徒として生きて行きます」
その瞬間、エレナとルナの手に刻まれた印が、淡く緑に光った。
光はルナの傷口に集まり、再生を加速させる。
まだ完全ではないが、肉が少しずつ繋がり、痛みが和らいでいく。
ルナは涙を流しながら、微笑んだ。
「……温かい……これがセレス様の力……」
エレナはルナを抱きしめ、
焚き火の炎を見つめた。
二人の左手の甲に、同じ印が輝く。
甲の印はただのやけど跡から、セレスに認められた証に変わった。
「ふふふ、そういえば私たちまだ名前の交換もしてませんでしたね。私の名前はエレナ。あなたの名前は?」
「私はルナ」
「そうですか、ルナ。それでは改めてよろしくお願いします」
「うん、これから、よろしく。エレナ様。セレス様」」
気持ちが溢れ、ルナはエレナに様付けする。
しかし、エレナは笑ってそれを訂正する。
「私たちは仲間ですよ。呼び捨てで構いません」
「うん……エレナ」
焚き火の炎が揺れ、二人の影が長く伸びる。
少女たちの絆は、静かに、深く、結ばれた。
エレナは心の中で誓う。
(セレス様。これからも、もっと、あなたの信徒を、増やします)
焚火の前で、二人の少女は寄り添い、静かに眠りについた。
森は、新しい朝を迎える準備をしていた。




