3話 捧げられるモノ
朝の霧はまだ濃く、冷たい風が吹き抜け、エレナは目を覚ました。
体は昨夜より軽く、痛みは完全に消えていた。
空腹を感じながら。彼女はゆっくりと起き上がり、木の影に座った。
手には、昨夜摘んだ野イチゴが数粒。
一つを口に運ぶ前に、木から葉をとりそれを皿替わりにし、それを、そっと置いた。
「セレス様……最初の一口を、どうぞ」
頭の中に、穏やかな声が響く。
『そんなに気を遣わなくていい。お前が生きるために、食べなさい』
エレナは首を振った。
「いいえ。あなたが私を救ってくださった。だから、私のすべては、あなたのものです」
エレナは葉の上の野イチゴを見つめたまま動かない。
仕方なく、セレスは触手で野イチゴを取り込んだ。
それを見届けたエレナは、満面の笑みとなった。
彼女はそれから野イチゴをゆっくり食べ、川辺へ向かった。
水面に映るエレナの顔は、昨夜の死にかけの少女とは別人のように、血色が戻っていた。
髪は乱れ、服は汚れていたが、瞳だけは、異様なほど澄んでいた。エレナは水をすくい、顔を洗う。
冷たい水が頰を伝う。
その瞬間、川の向こう岸で、かすかな物音がした。
ガサッ……。
エレナの体が固まる。
茂みの中から、ゆっくりと姿を現したのは、痩せ細った灰色の狼だった。
目は赤く輝き、牙を剥いている。
昨夜の魔物の仲間か、それとも別の群れか。
エレナは後ずさり、背中が木に当たる。
「セレス様……。助けて……」
声は静かに答える。
『私が導く。エーテルを感じなさい』
エレナは震えるながらも、セレスの言う通り、必死にエーテルを感じ取る。
エーテルはエレナから溢れるようにこぼれ出ている。
濁流のようなエーテルを、エレナは簡単に感じ取った。
周囲の空気が、微かに揺れる。
狼が唸り、低く身構える。
エレナの頭の中に声が響く。
『狼を指さし。エーテルに狼を捕らえたいと願え』
エレナは声に従い指を狼に向け、願う。
その瞬間、エレナの指先から、淡い緑の光が漏れた。
光は細い糸のように伸び、狼の足元に絡みついた。
狼が驚いて逃げようとするが、光の糸はさらに増え、狼の体を縛り、動きを封じる。
『エーテルに狼を殺したいと願え』
エレナの指先の少し先に光が集中し、小さな火の玉が生まれる。
初めての魔法。
火の玉は、狼に向かって飛んでいき命中。
狼は悲鳴を上げ、燃えながら倒れた。
エレナは膝をつき、息を荒げた。
狼の死体から、薄い煙が上がる。
彼女は、ゆっくりと立ち上がり、狼の死体に近づいた。
狼の体毛と肉が焼ける匂いが鼻をつく。
だが、恐怖はなかった。
代わりに、奇妙な充足感があった。
「セレス様。私、やりました……」
声は短く、されど優しく答える。
『よくやった』
「はい」
エレナは、1つうなずき、笑みを浮かべる。
そして、焼けた狼を見る。
「セレス様。信徒として初めての獲物を奉納させてください」
『……受け取ろう』
セレスは、悩んだが、野イチゴの時と同じだと考え、受け取ることを選択した。
そして、受け取る代わりに、返礼を送ることにした。
『恩賜を授けよう』
セレスは葉に包んだ狼の肉と、加工し紐を通した狼の牙のネックレスをエレナに与えた。
「う、受け取らせていただきます」
エレナは、膝をつき両手を組む祈りのポーズをとり、祈った後、宙に浮いていた2つの品を受け取った。
エレナは、早速牙のネックレスを首から下げ、肉を焼くための準備を始める。
育ち盛りには、野イチゴだけでは、やはり物足りなかったから。




