2話 人類の黎明 触手の神と少女の冒険の始まり
数千年後、世界は様変わりしていた。
進化の力が降り注ぎ、原始的な人類が生まれた。
彼らは火を使い、道具を作り、集落を形成。剣を鍛え、独自の魔法を生み出した。
私は合間に、人類に対して痕跡を残す。
時代は進む、進化の力によりエルフ、ドワーフなどの種族も現れた。
テンプレ的なファンタジー世界の始まりだ。
私が人類の歴史の合間に残した痕跡を、人類は時折り見つける。
それは古代の遺跡に残る触手の壁画だったり、病を癒し、豊作を与えた記録であったり様々だ。
伝説武器、伝承、記録、一子相伝の口伝でのみ伝わる魔法の呪文、様々な方法で私の痕跡は残り、人類は私を、触手の古神と呼び、畏れ崇めた。
時代は流れていき、人類の文明が花開く。
王国が建ち、冒険者たちの冒険の物語が紡がれる。
私という触手の異形からすべては始まった。
この物語は、どこへ向かっていくのだろうか?
人類の文明が花開き、長い時が流れた。
触手の古神の痕跡が忘れ去られていくくらいの時だ。
辺境にある村、ルミエールは、灰と煙に覆われていた。
魔物の大群が通り過ぎた後、残ったのは焼け落ちた家と、静かな死の匂いだけ。
廃墟の片隅で、12歳の少女エレナは、崩れた梁の下敷きになっていた。
村で生き残っているのは、エレナのみだ。
息が浅くなり、意識は薄れていく。
最後の思いはただ一つだった。
(誰か……そばにいて……)
その瞬間、暗闇の底から、細い無数の触手のようなものが這い寄った。
緑がかった粘液に覆われ、冷たく、しかし、優しく、彼女の傷口に染み込み、血を止め、骨を繋ぎ、命を繋いだ。
『まだ、死にたくないか?』
声は、頭の中に直接響いた。
優しく、深く、どこか懐かしい響き。
エレナの瞼が震え、かすれた唇が動く。
「生きていたい……、独りじゃ……怖い……」
『ならば、私がお前の側にいよう。お前は私の目となり、私の声を聞き、私の意志を体現する。私は……お前の神だ』
光が、エレナの体を包んだ。
傷は塞がり、息が整い、意識が鮮明に戻る。
彼女はゆっくりと目を開けた。
廃墟の隙間から、朝の薄い光が差し込む。
誰もいないはずの場所に、温かくも冷たい何かが、そばにいる。
「私はエレナ、です。……あなたは……誰?」
『名前はない。だが、お前が望むなら……セレスと呼べ』
エレナは、震える手で地面を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
幻痛に体は痛むが、死ぬほどではない。
しばらくすると体の痛みも落ち着いてくる。
落ち着いてくると、エレナのお腹が空腹を主張するように鳴る。
エレナは空腹であることを認識し、近くの川で水を飲み、野イチゴを摘んで口に運ぶ。
その間も、頭の中に優しい声が響く。
『ゆっくり食べなさい。急ぐ必要はない』
エレナは周りを見回した。
誰もいない。
なのに、声は確かに自分の頭の中にいる。
「……セレス様?本当に、私の中にいるの?」
『そうだ。お前の中にいる』
エレナは孤独になった。
家族も友達も、もういない。
でも、この声だけは、そばにいてくれる。
彼女は、膝をつき、両手を組んだ。
誰も教えたことのない祈りの形だった。
それは自然に、彼女の心から溢れ出た。
「セレス様……ありがとうございます。私の命は、あなたのものです」
頭の中の声は、穏やかに答える。
『そんな堅苦しくしなくていい。ただ、生きて、世界を見てくれれば……』
だが、エレナは首を振った。
「いいえ。あなたは神様です。私が生きているのは、あなたの奇跡だから。だから……私は、あなたに仕えます」
声は、少しだけ戸惑ったように沈黙した。
エレナの瞳には、純粋で、狂おしいほどの光が宿っていた。
それは、孤独と絶望の果てに生まれてしまった、絶対的な信頼と献身の誓い。
まだ幼い、しかし確実に芽生えた狂信だ。
祈りの姿から、エレナは立ち上がりる。
遠くで鳥の声。
彼女は、ゆっくり歩き始めた。
「セレス様。一緒に、世界を見に行きましょう」
声は、静かに答える。
『……ああ。ゆっくりとな』
灰と煙の向こうに、少女と神の旅が始まる。
それは、まだ始まったばかりだ。




