9 胸騒ぎ
バスは【印南サービスエリア】に入っていく。車内の重苦しい雰囲気に辟易したのか運転手が速度を上げ、予定より早く到着したようだ。
「皆さん、お疲れ様でした。二度目の休憩です。この後船に乗る港まで、また四十五分ほど掛かります。しっかりと体調管理をしておくこと。青鳥島に上陸したらお弁当を戴きますので、お腹が空いていても我慢すること。
それでは二十分後に、またここで点呼を取りますので、遅れないように元の座席に戻って来てくださいね!」
ドアが開き、秋月令子が降りると、さっきと同じように参加者たちは無言でバスを降りていった。
少し遅れて根本遥が立ち上がり、俺と目を合わせた。俺は通路を譲り、彼女に続いて無言でバスを降りる。
乗車口で見送る秋月令子から少し離れると、根本遥が囁き声で言った。
「トイレの後、あんたに少し話しておきたい事があるんだけど、いい?」
「え? ……まぁ、聞くだけなら」
「フフフ。告白だったらどうする? なんてね」
根本遥は無邪気な笑顔を浮かべて言った。
トイレを済ませた後、側で待っていた根本遥と一緒に、人気の無い日陰の縁石に腰を下ろした。前回と同じように、目的のバスは目に見える範囲にある。
「とりあえず飲む?」
根本遥は横に置いたリュックから果汁100%のオレンジジュースを取り出した。
「ありがとう」
俺がプルトップを開けると、根本遥もグレープの缶を開け、目についた参加者たちを眺めながらゴクリと喉を鳴らした。
「一見すると、この合宿に参加している面々はアクが強そうな奴ばかり。気づかない間に相手の地雷を踏んで、下手をすると余計な恨みを買ってしまうかも。せいぜい気をつけてね」
「まぁ、自分の殻に閉じ籠もってる人たちだから、他人に触れてほしくない事も沢山あると思う。参加者たちと関わる時は、慎重に接した方がいいってこと?」
俺が確認するように言うと、根本遥はジャージの右ポケットから掌に収まるくらいのメモ帳を取り出した。
渡された小さなメモ帳を開くと、一ページ目に【金田龍人】の名前と似顔絵、簡単な特徴が小さな文字で書き込まれていた。二ページ目には【曽我部太】、三ページ目には【馳久美子】――と、俺と根本遥以外の参加者たち、さらに職員の名前と顔と特徴が書き込まれていた。
「さすがに似顔絵が上手いね。単純な線なのに、誰が誰なのかすぐに分かる」
驚きを隠せずにいる俺を見て、根本遥は嬉しそうに笑った。
「そのメモ帳をあんたにあげるから、合宿中に気になった事をどんどん書き込んでほしいの。参加者たちの事でもいいし、島や施設、グループワークなんかについて。もちろん、あたしに内緒にしたい事は書かなくてもいいわ。
フフフ――どのみち白川瞳に事後報告しないといけないなら、情報は記録しておいた方がいいんじゃない?」
「参加者たちの情報を集めれば、地雷を踏む確率が減るってことかな? ……根本さんの狙いはそれ以外にも、何かありそうな感じがするんだけど」
俺が訝しげな目を向けて探りを入れると、根本遥は打って変わって硬い表情を浮かべた。
「あんたもバスの中でピリついた空気を感じていたんじゃない? この胸騒ぎは以前にも感じたことがあるの。あたしの悪い予感は結構当たるのよ。
正直今からでも逃げ出したい気分だけど、そういうわけにもいかないから予防線は張っておきたいの。
あたしもあんたと同じメモ帳を持ってるから、気づいた事を書き込んでいく。合宿中、お互いに手に入れた情報を共有するの。役に立つかどうか分からないけど、参加者の中で誰がヤバい奴なのか――把握しておいて損はないわ」




