7 出発
「出発の時間となりました。お子様方はバスの中へ、お見送りの方は後ろへお下がりください」
二十代半ばくらいの生真面目そうな女性が、バスの乗車口前で指示を出した。醸し出す雰囲気から、彼女がこの合宿の主導的立場のようだ。首に下げた名札に、【職員】秋月令子と書いてあった。
根本遥と俺は最後尾に並び、黙々と乗り込む参加者たちの後に続く。マイクロバスの座席は、ざっと数えて20席。参加者たちは席についた途端、相席を拒むように隣りの座席に手荷物を置き、後続に無言の圧力をかけていた。
根本遥は参加者たちの顔をじろじろと眺めながらゆっくりと進み、一番奥、四人掛けの左の座席に腰を下ろす。俺は右奥に腕を組んで座っていた男性職員(名札は田中忠)に軽い会釈をして、根本遥の隣りに座った。
エンジンが掛かり、秋月令子がガイド席に着席すると、プシュッと音を響かせてドアが閉まった。参加者たちは車窓に額をつけ、ぼんやりと外を眺めている。密室となった車内に、緊張と不安が入り混じった、重苦しい空気が漂い始めていた。
バスが停留所を離れしばらく経っても、参加者たちに弾んだ様子は一切無く、車内はしんと静まり返っている。
ガイド席に座っていた秋月令子が腕時計を確認し、マイクのスイッチを入れた。スナック菓子を貪り食っていた根本遥が袋を丸めて輪ゴムで留めた。窓の外を眺めているが、耳はしっかりと話を聞く態勢に入ったようだ。
「参加者の皆さん、おはようございます。これから和歌山県の青鳥島へ向かいます。
皆さんは団体行動が苦手な人ばかりでしょうから、この合宿は少々きつい試練になるかも知れません。
しかし重度のあがり症で人前に出られなかった私が、このように社会復帰できたのは、人と触れ合う経験を何度も積み重ねたから。
皆さんの中には嫌々参加させられた人もいるでしょうが、人を避けて自分の殻に閉じ籠もっていては、いつまでたっても自立できません。残念ながらこの世の中は、人と人の繋がりで成り立っています。一人で生きていく事なんて出来ないんです――」
「フフフ……合宿の説明かと思ったら、いきなり説教くさい演説が始まったわ」
根本遥は輪ゴムを外して、再びスナック菓子をボリボリと食べ始めた。
「まことに厳しい事を言うようですが、皆さんを養ってくれている人たちが、この先ずっと面倒を見てくれる保証はありません。
この合宿での経験が、少しでも皆さんの成長に繋がるように、誠心誠意、全力でサポートさせていただきます! 以上、指導主任の秋月令子でした」
秋月令子はマイクのスイッチを切り、深々と一礼した。車内は白けた雰囲気が漂い、一つの拍手も起こらなかった。
おもむろに立ち上がった男性職員の田中忠が、申し訳なさそうに手刀を切って前に進み、満足そうな顔をした秋月令子からマイクを受け取った。
「秋月先生の補佐を務める田中忠だ。今日はみんな朝早く起きて、中には目を閉じている者もいるようだが構わず話そうと思う。
和歌山の港に着くまで、あと三時間ほど掛かる。途中、二度サービスエリアに寄るから、そこでトイレや水分補給を済ませておくこと。
港に着いたら昼飯時だが、食後に船に乗ると気分が悪くなるかも知れない。なので、そこで用意された御当地弁当を受け取って船に乗り、島に上陸してからみんなで一緒に昼食を取る。ちなみに港からはチャーター船で約50分。酔い止めが必要な者は前もって教えてくれ。ここまでで、何か質問はあるか?」
田中忠の問いかけに、反応を示す参加者は誰もいない。退屈そうに外の風景を眺めているマスクをした少女、スマホで必死にゲームをしている金髪の少年、窓ガラスにほっぺたを付けたまま鼾をかいている巨漢の男子……。
田中忠はお構い無しに話を続ける。
「それと、保護者には前もって伝えてあるが、島へはスマートフォンやゲーム等の通信機器は繋がらないし持ち込めない。当然、刃物等の危険物もな。合宿に必要なものはすべて島に揃えてあるから、許可できない物は船に乗る前に回収させてもらう。
そして、これが一番大事なことだが――港を出たら無事に戻ってくるまで、自分勝手な行動は厳に慎んでもらう。軽はずみな行動が、命を落とす原因になる場合もあるからだ。
ルールを守れない者には、それなりの厳しい指導をせざるを得ない。肝に銘じておくように。以上だ」




