6 見送り
青鳥島は和歌山県すさみ町の南西、約25キロメートル沖に浮かぶ小さな島。以前はサバイバルキャンプを売りにした無人島だったが、自治体とNPO法人の支援によって設備が整えられ、前もって物資の準備をしておけば、一週間程度の合宿を行える環境になった。
数年前から近畿圏のフリースクールが夏休みの一定期間を貸切で使用する、合宿施設としての役割も果たすようになった。
俺は一通りネットで下調べを済ませた後、根本遥の母親から受け取ったパンフレットを母親に見せて、簡単な説明と、この合宿に参加する意向を伝えた。
「つまり、瞳ちゃんのお友達の付き添いで合宿に参加するわけね。旅行の保険とかはちゃんとしているみたいだけど、無人島って……本当に大丈夫?」
「まぁ二泊三日だし、島は港から船で50分ほど。ちゃんとした建物や発電機もあるみたいだから、問題ないと思う」
根本遥の親が主催者側と手続きをしてくれるとは言え、保護者の同意と事務的な書類の提出が必要だった。他にも、俺のパーソナリティーに関して記入する書類があったが、見せずに隠しておいた。
今更ながら俺の内向的な性格を、親には知られたくなかった。
そして夏合宿当日。根本遥の要望で、彼女の自宅まで迎えに行った後、集合時間に間に合うように、大阪駅前のバス停留所までエスコートしなければならない。
俺は二日分の下着と筆記用具、水筒をリュックに入れ、黒ジャージの上下で始発の電車に乗った。
白川とは出発前に出来る範囲で宿題を消化し、夏休みの活動計画を話し合った。この合宿に関しては、容易に根本遥の口車に乗らないこと。危険な場所に近寄らないこと。帰った後、合宿の詳しい内容と根本遥の様子をしっかりと報告することを、念入りに約束した。
白川からは他にも様々な注文があったが、今覚えているのはそれくらい。あとは何とかなるだろう……と思う。
日差しが少し眩しくなってきた頃、不動産屋とコンビニに挟まれた細長いマンションを見上げると、四階の窓の遮光カーテンの隙間から黒い双眼鏡が覗いていた。
首に下げていたスマートフォンが鳴った。
『時間通りね。今から下りるから、ちょっと待ってて』
ガラス製のエントランスドアの前でしばらく待っていると、小豆色のジャージを着て、目一杯に膨らんだリュックを背負った根本遥が、母親に付き添われて出てきた。
「一君、遥の事をどうか、くれぐれもよろしくお願いします!」
何度も頭を下げ、まるで花嫁を送り出すような素振りの母親に居心地の悪さを感じながら、俺と根本遥は連れ立って駅へと向かった。
「フフフ、同じジャージね。色は違うけど」
「小豆色が根本さんらしくていいね。それにしても……リュックがぱんぱんなのはどうして?」
「港に着くまでに食べるお菓子よ。島には許可された物しか持っていけないから、それまでにバスの中で食い溜めしておかないとね。
電子機器も持って行けないから、白川瞳とやり取りするなら、スマホを回収される前にやっといた方がいいわよ」
根本遥はニヤリと笑い、早くも明太味の棒状スナックを齧り始めた。
根本遥から受け取った紐付きのがま口を開けると、中に多めの現金が詰まっていた。俺はがま口を首に下げて二人分の切符を買い、電車を乗り継いで、無事時間通りに大阪駅に辿り着いた。
貸切バスの集合場所には、すでに見送りの保護者と参加者たちが集まっていた。俺の後ろを歩く根本遥が小さな声で囁いた。
「一には一緒に来てもらったけど、あたしに気を遣う必要はないわ。あんたはあんたでこの合宿を楽しんで。フフフ――それが友だちってもんでしょ?」




