3 相合い傘
俺はスマートフォンを制服のポケットに仕舞い、温くなったコーヒーを口に含んだ。
「あんな無神経な挑発に乗らなくてもいいのに」
白川は背もたれに体を預けて腕を組んだ。
「根本さんの部屋に、一緒に付いて来てほしい……んだけど、ダメかな?」
恐る恐る目を向けると、白川はふうっと息を吐き出して俺に言った。
「夏休みのスケジュールは……根本遥の依頼の内容を聞いてからで、どう?」
ぼっちな俺の夏休みの予定は、当然ながらほぼ真っ白だった。白川も、八月の半ば頃に家族の用事があること以外は未定らしい。
簡単な打ち合わせをした後、俺は根本遥に電話を掛け、二日後の正午に、白川と一緒に訪問するということで話が纏まった。
そして翌々日。俺と白川は根本遥の自宅に程近い、小鳩駅のホームに降り立った。
「またこの町に舞い戻って来るとは思わなかったわ」
白川は髪を後ろで束ね、沈んだ気持ちを切り替えているように見えた。
「面倒に付き合わせてごめん」
「気にしないで。一はとばっちりを受けただけ。根本遥を呼び寄せたのは私の所為だから」
ホームの階段を降りると、強い日差しが照りつけていた。白川は畳んでいた黒い日傘を広げた。
「根本さんの依頼がどんなものか分からないけど、頼ってきた相手を門前払いするのはちょっと……」
ぼそりと俺が言うと、白川は日傘を差したまま俺の隣りに並んだ。
「私は今でも根本遥が茶封筒じゃないかと思ってる。人を駒のように動かして、高みの見物を楽しむような人物よ。
この間の電話でも、一にムチとアメを使って言葉巧みに依頼を引き受けるように誘導していた。私が今日一と一緒に来たのは、あの子の依頼に疑わしい点がないかを見極めるためなの」
正午前。不動産屋とコンビニに挟まれた細長いマンションを見上げると、四階の窓の遮光カーテンの隙間から黒い双眼鏡が覗いていた。
白川の首に下げていたスマートフォンが鳴った。
「私よ。ちゃんとお弁当を持って来たから上がっていい?」
『相合い傘で来るなんて、あんたも中々やるじゃない。……前と同じ。インターホンを鳴らしたら鍵を開けるから、すぐに入って施錠する事。わかった?』
「OK」
白川は日傘を畳んで、ちらりと俺を見た。
「ありがとう。帰りの傘は俺が持つから」
小声で礼を言うと、白川は静かに笑った。
ダイニングで昼食を終え、根本遥は俺と白川を自室に招いた。以前と同じようにリビングのテーブルを部屋に持ち込んで、俺と白川は絨毯に座り、根本遥は壁際のゲーミングチェアに深々と腰を下ろした。
根本遥はあどけない容姿をしているが、中学時代からイラスト業で身を立て、ずっと独り暮らしを続けている。
何の目的も持たずフラフラと日々を過ごしている俺とは違い、彼女はすでに人生の酸いも甘いも知りつくしている感すらあった。
どう考えても力不足な俺に、一体どんな頼み事をするのだろうか。俺は期待と不安を胸に秘め、固唾を呑んで耳を傾ける。隣りに座る白川は、鋭い眼差しで根本遥を見据えていた。
「フフフ。何だかあんたたち周辺の空気がピリついているようだけど、取り越し苦労だから。あたしの頼みっていうのは、コレよ」
根本遥はパソコン机の上にあった色鮮やかなパンフレットをテーブルの上に載せた。




