2 不可解な依頼
「はい……」
俺は名前を告げず、固唾を呑んで電話に出た。
『一? あたしだけど』
スマートフォンのスピーカーから、砕けた口調で返事が返ってきた。心做しか前方から冷気を帯びた圧力が漂ってきた。
「佐藤一です……あの、電話先は白川さんじゃなくて――よかったんですか?」
俺は確認のためそう答えてから、渇いた喉をコーヒーで潤した。
『フフフ。もちろんあんたに用があって電話したのよ。今、白川瞳は側にいるの?』
咄嗟に白川と目を合わせると、戸惑うことなく首を横に振った。
「今は一人だけど、学校の中だから用件は手短に話してくれると助かります」
俺はそう答え、ドアの方へ目を向けた。この教室は職員室の真上で、たまに元担任が見回りに来る。成り行きで『自習同好会』の顧問を任されているのだろう。
『間の悪い時に電話したようね。あんたに折り入って頼みたい事があるの。しっかりと話を聞いてほしいから、少し遠いけど……今度、あたしの部屋に来てくれない?』
「えっと……」
俺は返答に困った。確かに根本遥とは、白川の付き添いで何度か部屋で言葉を交わした事がある。しかしどう考えても独り暮らしの密室で、二人きりで会うような打ち解けた仲ではない。
『スラリとした黒髪美少女の頼みはOKなのに、地味な引き籠もり女子はダメなわけ?
一、あたしはあんたを友だちだと思ってる。助けを求めている友だちを……あんたは見殺しにするって言うの?』
トゲを含んだ言い回しに、しばらく開いた口が塞がらなかった。
「……その頼みっていうのは俺じゃないとダメなのかな? 白川さんの方がよくない?」
俺は白川と目を合わせて言った。一瞬迷惑そうな表情を浮かべたが、すぐに画面に目を落として根本遥の返答を待った。
『依頼の内容を詳しく聞けば分かると思うんだけど、間違いなくあんたが適任なの。この依頼を引き受ければ、きっとあんたにもメリットがあるはずよ』
「メリット?」
どう考えても面倒なことしか思い浮かばなかったが、俺は思わず問い返した。
『あたしの分析だと、一は人見知りで引っ込み思案。先方から話し掛けられないと、人とまともに交流できないんじゃない?』
「…………」
あまりに的を射た指摘に、俺は言葉を失った。
『絶望的なコミュニケーション能力の欠如。あたしの依頼を引き受ければ、あんたにへばり付いている【陰キャ】のレッテルを剥がす切っ掛けになるかも知れない。そういう事柄も含んだ依頼なの』
「…………」
返す言葉が浮かばなかった。白川の前で、知られたくない部分を剥き出しにされた気がした。
沈黙を破ろうとした白川を静止し、俺は机上のスマートフォンに言葉を返した。
「依頼を引き受けるかどうか……まだ分からないけど、とりあえず話だけは聞いてみるっていうのは、どうかな?」
『それでいいわ。元々強制するつもりもなかったからね。あんたの学校はそろそろ夏休みなんでしょ? あまり悩んでる時間は無いから、できるだけ早く会って相談したいの』
「スケジュールを確認してから、また連絡します」
俺は微妙な空気に耐えられず電話を切ろうとしたのだが――。
『フフフ。相談だけなら、あんたの側にいる白川瞳も来ていいわ。ただし、デラックスなお弁当を持って来るのが条件よ』
スピーカーの声はそう捨てゼリフを残して、一方的に電話を切った。




