19 提案
「その黒いのはボイスレコーダー? 何でそんなものを持って来たの?」
イヤホンを外して返すと、根本遥は巻き取ったコードを手際よく纏めて、靴の中の窪みに押し込んだ。
「あんたもどうせ白川瞳に合宿の事後報告をするんでしょ? あたしは親に出来るだけ詳しく報告しないといけないから、念の為に持って来たの。ま、今回は多少例外的な使い方をしたけどね」
根本遥はインソールを元に戻して右足の靴を履いた。
「一班の鍋の中に画鋲が入っていたという事は、俺以外の二人……秋月令子か馳久美子のどちらかが画鋲を入れたって事になるのかな?」
「真っ当に考えればね。だけど、あたしたちが遊戯室に向かっている間、食堂には田中忠だけが残っていた。もし田中忠が犯人だとすると、残っていた画鋲を他の鍋に移し替える事だって出来たはず」
「動機は? 田中忠にしても秋月令子にしても、騒動を起こして参加者に怪我をさせたら職員の責任問題になる。……やっぱり犯人は馳久美子、なのかな」
俺は馳久美子の事をほとんど何も知らない。知らないくせに、状況証拠だけで彼女を犯人だと決めつけてよいものかどうか。
思い悩んでいると、根本遥が桟橋に寝転がって語り始めた。
「一は代理ミュンヒハウゼン症候群っていうのを知ってる? 世話をする相手にわざと怪我をさせて、健気な看病者を演じて欲を満たすっていう精神疾患よ。もし職員の秋月令子に、その傾向があったとしたら?
仕事の下手な秋月令子に主任の座を奪われ、補佐の地位に甘んじている田中忠が、嫉妬に駆られて合宿を無茶苦茶にしてやろうと企んでいたとしたら? 動機なんて、考えだしたら切りがないわ」
根本遥の話を聞いていると、ますます頭の中が混乱してきた。
「傍観者に徹するつもりだったのに。面倒な事になったな」
思わず愚痴を吐くと、根本遥は俺の脇腹を肘で小突いた。
「あんたが疑われたら、あたしまで芋づる式に巻き添えを食うかも知れないわ。……そこでちょっと提案があるんだけど」
「提案?」
何となく根本遥のペースに乗せられているような気がしたが、俺は素直に耳を傾けた。
「今日の面談は一が最初で、あたしが最後。あんたがコレを面談する部屋のどこかに仕込む。そして最後にあたしが回収するの。
さっきみたいに録音の内容を共有して参加者たちの情報を分析していけば、陰に潜んでいるヤバい奴を炙り出せるかも知れない」
根本遥は狡賢い笑みを浮かべて言った。
「……ちょっと楽しんでない?」
「フフフ。あたしの思考は単純よ。降りかかってくる火の粉を振り払いたいだけ。あんたに強制するつもりはないけど、どうする?」
根本遥は上空の曇り空に顔を向けたまま、腕時計の時刻を確認した。
根本遥に疑いが飛び火するのは気後れするし、この合宿に限っては、正直者が馬鹿を見る――そんな嫌な気配が蔓延している。
たとえ無実を訴えたところで、この不利な状況は何も変わらない。根本遥の提案に乗った方が、見えない敵を炙り出すためにも利があるように思えた。
「やってみる。でも、俺は誰かみたいに――根本さんの捨て駒になるつもりはない」
根本遥の横顔を見ると、少し驚いたような顔をした後、僅かに口角を上げた。
俺は根本遥の差し出したボイスレコーダーをズボンのポケットに忍ばせた。
「側面に電源のスライドボタンがあるから仕込む前にオンにするのを忘れないで。粘着ゴムを裏にくっ付けてあるから、できるだけバレずに回収しやすい場所に貼り付けてね」




