17 不穏な空気
「まずは調べた結果から報告しようと思う。三つのカレーの鍋の中から、画鋲を発見することは出来なかった。そして、炊飯器や全員の食べかけのカレーにも、画鋲は紛れ込んでいなかった」
田中忠が言葉を切ると、参加者たちは驚きや困惑の表情を浮かべて押し黙った。
「一つ間違えば、おれが画鋲を飲み込むところだったんだ! 死に物狂いでちゃんと探したのかよ!」
一瞬の沈黙を破り、金田龍人が吐き捨てるように言った。
「曽我部氏の自作自演という線もあり得る」
銀縁眼鏡をクイッと上げて瀬野賢児が言った。
「……不本意ながらみんなのバッグの中も調べさせてもらったが、怪しい物は何も見つからなかった。とにかく現状では、誰がやったか判断できないということだ」
田中忠は言い終わると、再び長い息を吐き出した。
「本来なら今日はこの後、参加者の皆さんで遊びや共同作業を通して、少しずつ交流を図る予定でしたが。
参加者の一人が怪我をして、ましてや食べ物の中に凶器が入っていたという心理的なショックは、ずっと皆さんの心の中に留まっているでしょう。
私たちはそんな心理状態で、通常のカリキュラムを行うことは無理だと判断しました」
秋月令子はペットボトルの緑茶を飲んで、ゴクリと喉を鳴らした。
「当ったり前だ! メシの中に画鋲を入れるようなキモい奴らと関わりたくもねぇ!」
金田龍人は参加者たち一人ひとりの顔を蔑むように睨みつけた。
馳久美子と根本遥は目も合わさず、どこ吹く風といった感じ。瀬野賢児も意に介さず眼鏡のレンズを拭いていた。
秋月令子は咳払いをして話を続ける。
「予想外の事が起こり、やむを得ず予定を変更しますが、皆さんが主体的に社会に参加できるようサポートする気持ちに変わりはありません。
そこで私たちは、ひとまずカウンセリングという形で、皆さん一人ひとりと個人面談を行う事にしました。
日頃思っている不安や悩み、自分に出来る事と出来ない事。アンケートの資料である程度は把握していますので、解決の糸口が見つかるかも知れません。
合宿はたった三日間しかありませんから、私たち職員を最大限に利用してください。皆さんがもっともっと飛躍できるようなキッカケを、しっかりとつかんでほしいんです!」
秋月令子はグッと拳を握ってポーズを取った。明らかに自分に酔いしれている彼女の表情を眺め、参加者たちに白けたムードが漂う。
そんな参加者たちの様子を見守っていた田中忠が補足するように言った。
「こんな不快な事件が起こり、管理が行き届いてなかった事は、職員として本当に申し訳なく思っている。今後用意する食事は、しっかりと点検して安全を確認した上で出すようにするから安心してほしい。
この後、みんなには一時間ほど自由に休んでもらって、一人ずつ順番に面談を始めたいと思う」
そろっと根本遥が右手を上げた。彼女は今まで陰に隠れるような態度をとっていたので、正直意外だった。
「休み時間は海を見に行ってもいい? それと、面談の順番も知りたいんだけど」
根本遥の質問を聞いて、職員たちは少しだけ確認を取り合い、田中忠が答えた。
「海へは上陸した砂浜に限り許可するが、危険な行為はしないこと。それと、決めた時間通りに宿舎に戻ること。その約束が守られないと許可できない。
面談は、今休んでいる曽我部と布引の体調にもよるが、食事の時に決めた班の順番で行おうと思う。今日はみんな疲れているだろうから、そこまで踏み込んだカウンセリングはしないから安心してくれ。
この後、午後三時半から①佐藤一、②馳久美子、③瀬野賢児、④金田龍人、⑤根本遥、⑥布引真子、⑦曽我部太の順で行う。布引と曽我部は明日以降に持ち越す予定だから、今日のところは五人だな。面談時間は多少前後するから、前の者が終わった時点で次の者を呼びに行くようにする。
それでは今から自由時間とする。遊戯室は開放するし、寝室や他の部屋を確認したい者はオレが案内する。
食事を取りたい者と砂浜へ行きたい者は秋月先生の許可を得ること。体調が思わしくない者は、津田先生に申し出てくれ。
佐藤は面談の開始五分前には宿舎に戻っておくこと。わかったな?」
鋭い視線を向ける田中忠に、俺は心做しか不穏な空気を感じた。




