13 カレーライス
「では二日後の正午に、また――よろしくお願いします」
田中忠は御当地弁当の船内捜索と帰船の手配を船長に確認した。
秋月令子に続いて、参加者たちが桟橋に降りると、船長は繋いでいたロープを手際よく外して操縦室に戻る。
孤島に残された乗客全員が見守る中、チャーター船はゆっくりと旋回し、白い泡を残して離れて行った。
「それでは皆さん、船旅で疲れているとは思いますが、向こうに見える石積の階段を登るとすぐに宿舎が見えます。
みんなで協力して、美味しいカレーを作って食べましょう!」
秋月令子は沈んだ気持ちを鼓舞するように拳を上げて言ったが、参加者たちの反応は薄い。彼らの性格にも問題はあるだろうが、それ以上に、正論を振りかざす秋月令子の態度が気に入らないようだ。
最後尾の俺の横を歩く田中忠も、参加者たちの様子を眺めながら溜息をついていた。
手狭な砂浜の境目には、コンクリートで固められた護岸が横一線に広がっていて、中央に石積の階段が見えた。護岸の向こうは茂みに覆われ見えなかったが、奥に向かうとパンフレットに載っていた、そこそこ小綺麗な宿舎が見えるはずだ。
秋月令子を先頭に、参加者たちは無言で階段を上り、雑木林の小道を歩いて行く。視界が開けた先には整地された広場があり、バーベキューやキャンプファイヤーが出来るようになっていた。
少し奥まった先に、横長のシンプルなログハウスが見えた。
ウッドデッキで煙草を吸っていた白衣の女性が、慌てて煙草の火を揉み消して立ち上がった。
「やあやあ、秋月先生と田中先生、お疲れさま。それと参加者の皆さん、青鳥島へようこそ! 私は主に医療衛生と総務を担当する津田美子だ。よろしく!」
ざっくばらんに話す津田美子は、二十代後半くらいに見える。名前の通り鼻筋が通った相当な美人で、参加者たちは男女ともにその肉感的な胸の膨らみに釘付けになっていた。
「津田先生、申し訳ないんですが、急いでカレーを作ってお昼ご飯を食べたいんです。食材の用意とご協力をお願いしてもいいですか?」
「あれ? 御当地弁当を食べるんじゃなかったの? ……まぁ詳しい事情はまた後で。準備をするから、先生たちは誰が何を担当するか決めておいてね」
津田美子は白衣を翻し、ログハウスの中へ入っていった。
本来なら炭火を焚き、外で和気あいあいとカレーを作る予定だったのだろう。しかし今回は時間短縮のため、食堂で非常用のカセットコンロを三台用意し、くじ引きで三班に分かれてカレーを作ることになった。
一班は秋月令子、馳久美子、俺。
二班は津田美子、瀬野賢児、布引真子。
三班は田中忠、金田龍人、曽我部太、根本遥。
参加者たちに刃物を持たせるのは危険と判断したのか、食材の下準備は三人の職員が手分けして行った。
その後、それぞれの班に分かれた職員が指示を出し、参加者たちは与えられた仕事をおぼつかないなりにも熟していった。まあ、やる事といえば、食材を運んで鍋に投入し、混ぜたり、食器を並べたりするだけなのだが。
三班は、曽我部太の要領の悪さに金田龍人が罵声を浴びせ、田中忠が何度も窘めていた。根本遥をちらりと見ると、楽しそうにメモを取っていた。
無事に各班のカレーが出来上がった。ちなみにご飯は飯盒炊爨ではなく、非常用の炊飯器で炊いていた。
「大分遅くなりましたが、みんなで協力して作ったカレーです。おかわりをする人は、他の班のカレーも食べてみてくださいね。それではいただきます!」
「いただきまーす!」
ただ一人元気な津田美子の声が響いた。参加者たちは静かに食べる者もいれば、皿をつかんで流し込むように食べている者もいた。
曽我部太が真っ先に食べ終わり、金田龍人と先を争うように炊飯器に向かった。
やはり身軽な金田龍人が先にご飯をよそい、一班と二班のカレーを半々にかけて席に戻った。つづく曽我部太は皿に山盛りのご飯をよそい、スプーンで真ん中に穴を開け、全ての班のカレーを順番にたっぷりとかけて席に戻る。
その傍若無人な食いっぷりに、一同は食事の手を止めて呆気に取られて見ていたのだが――
「うっ! ウグッ……」
曽我部太が次の瞬間、一度口に入れたカレーライスを豪快に吹き出した。
「うわ!」
「どうした?!」
横にいた田中忠が俯いた曽我部太の頭を起こすと、口の中から真っ赤な血と、鈍く光った画鋲が、ボトボトとテーブルに流れ落ちた。




