12 トラブル
「御当地弁当が――消えている」
田中忠の発した言葉を聞き、一同は金縛りにあったように動きを止めた。息を呑むような緊迫感とは裏腹に、船のエンジン音がポンポンと長閑に流れていた。
「消えているって……お弁当が自然に消滅するなんて事、ありえないですよね?」
秋月令子の問いに、やや落ち着きを取り戻した田中忠が大きく息を吐いた後、参加者たちに目を合わせて答えた。
「御当地弁当は船に乗った際、職員二人と参加者七名分、合計九人分をしっかりと数えて確認している。大きめのレジ袋に積み重ねて入れ、傷まないように屋内の涼しい所に保管していた」
「確かに私も確認しています。トイレに行く途中の、狭い通路の棚に無造作に置かれていて、美味しそうな香りが漂っていましたね」
秋月令子が腕を組んで頷いた。
何とも言えない息の詰まるような沈黙が続き、参加者たちの視線が一斉に巨漢の曽我部太に集中した。
「……ち、ちがう」
曽我部太はブルブルと顔を震わせながら、無実を訴えるように小さな声を漏らした。声変わりしていないのか、一オクターブ高い声に少し驚いた。
「あの数の弁当を全部平らげて、痕跡を残さずに処分するのは難しい。この中の誰かが……気づかれないように皆の目を盗んで、弁当の入った袋をまるごと海の中へ捨てた。そう考えるのが、真っ当だろう」
田中忠はそう言って腕を組み、船縁の手摺にもたれた。
「いったい誰が何のために?! そんな事をして――誰も得をしないし、良い事なんて一つも無いじゃないですか!」
期待していた弁当が失くなって怒りが爆発したのか、秋月令子は唾を飛ばして田中忠に詰め寄った。
田中忠は興奮する秋月令子を宥め、参加者たちに向き直って言った。
「残念な事だが、この参加者の中に愉快犯がいるようだな。人が困っているのを見て喜ぶような卑劣な人間だ。予定されているカリキュラムを引き伸ばすわけにはいかないから、犯人探しは一旦保留する。
だがこの件は放置できないし、列記とした犯罪行為だ。合宿終了後にしっかりと検証して、必要があれば警察にも通報する。
心当たりのある者は、事の重大さをしっかりと受け止めておけ」
俺は息を潜めて参加者たちの表情を窺った。
馳久美子と布引真子のふたりは、マスクのせいではっきりとした表情がつかめない。
瀬野賢児は銀縁眼鏡のズレを直し、険しい顔を浮かべている。
金田龍人は苛ついた表情で拳をぎゅっと握り締めていた。
曽我部太は暑さか冷や汗か分からないが、肌に張り付いたピチピチのTシャツを湿らせて、ふうふうと苦しそうに息を吐いていた。
根本遥は甲板に寝転んだまま目を閉じていたが――恐らく起きていて、聞き耳を立てているのが見て取れた。
俺がうたた寝をしている間に、早くも面倒な事件が発生したようだ。九人分の弁当が入ったレジ袋は、操縦室の後ろにある狭い通路の棚にあり、誰もがすぐ手に取れる場所に保管されていた。
職員の田中忠は、レジ袋ごと海に捨てた愉快犯の仕業だと言った。その言葉で、俺の頭に最初に浮かんだのは茶封筒……の疑いがある根本遥。
だが他の参加者たち、そして捻くれた見方をすれば、船長や職員の二人にも犯行は可能だと言える。紛れも無くこの中に、悪意を持った犯罪者がいるはずだ。
この事件が、何か大きな災いが起こる前触れだとしたら――。
俺の漠然とした不安をよそに、船は徐々に速度を落として、古ぼけた木製の桟橋に接岸した。
田中忠が、心ここにあらずといった秋月令子の様子を見て、しっかりと言い聞かせるように参加者たちに告げた。
「よく聞いてくれ。本来なら夜にみんなで作る予定だったカレーの食材が宿舎に用意されている。それを前倒しで作ろうと思う。みんなお腹も減ってるし、疲れてもいるだろうがこの際仕方がない。宿舎に着いたら荷物を置いて、とにかく飯の支度を始める事にしよう」




