10 優先事項
根本遥の悪い予感が、どの程度的中するのか分からないが――参加者たちの表情や態度から、不穏な空気が漂っているのは否定できなかった。
俺が黙ってメモ帳をポケットに入れると、根本遥は残りのジュースを飲み干して言った。
「空き缶を捨ててきてあげる。あたしは先にバスに戻って寛いでいるわ」
空になった缶を渡すと、根本遥はリュックを背負い自販機の方へ走って行った。
俺は時計を確認し、急いで白川に電話を掛けた。
『私よ。あれから一時間しか経っていないけど――状況は何か変わった?』
「合宿の参加者は俺と根本遥を含めて七人。他の参加者たちは、今のところ根本遥と繋がりは無いと思う」
『OK。参加者の中に――女子も何人かいるの?』
「えっと……根本遥を入れて三人」
俺はメモ帳のページを捲って確認した。
『一のことだから大丈夫だとは思うけど、私は参加者たちにあまり深入りしてほしくないの。根本遥を含めて』
「触らぬ神に祟りなし――。合宿では出来る限り傍観者に徹しようと思ってる。しばらく連絡は取れないけど、心配しないでほしい。あとで面白い報告が出来るかどうかは分からないけど」
『何事も無く一が帰って来たらそれでいい。何度も言うけど、くれぐれも気をつけてね』
「わかった。そろそろ時間だから、悪いけどこの辺で」
俺は電話を切り、ズボンのポケットから黒表紙の手帳を取り出した。
手帳には根本遥の様子を気ままに書き込んでいた。俺は日時と場所、そして先程交わした根本遥との会話を、短く纏めて書き加えた。
「引っ込み思案の克服なんて……考えてる余裕は無いな」
俺は頭の中で優先事項を決めた後、小走りでバスに戻った。
バスはすさみ南ICを南下し、海岸沿いの国道を走って行く。辛気臭い表情をしていた参加者たちも、車窓から見える美しい海に目を奪われ、身を乗り出すように景色を眺めている。
秋月令子がマイクのスイッチを入れ、手摺をつかんで立ち上がった。
「まもなく見老津港に到着します。チャーター船に乗る前に、男女に分かれて身体検査と手荷物チェックをしますので、現地にいる職員の指示に従ってください。
田中先生が事前にお知らせした通り、許可されたもの以外は島に持ち込めません。過去には服や下着の中に、刃物やスマートフォンを隠していた不届き者もいましたが。
私たちはしっかりと合宿のカリキュラムを遂行し、皆さんを無事に帰すという責務があります。必要な事ですので、悪く思わないでください。
回収したものはリストに記録し、職員が責任を持って保管しておきます。合宿を終えた後、帰りのバスに乗る前にすべて返却しますので、安心して合宿に参加してくださいね。
……それでは港に到着したようですから、忘れ物の無いように。体調が優れない人は、バスを降りた後、我慢せずに身体検査の職員に申し出てください」
バスは徐々に速度を落とし、広い車道に停車した。ドアが開いて、参加者たちは秋月令子の後ろに続き、手摺の付いたスロープを下りて行く。根本遥の背中を見ると、リュックは図ったように萎んでいた。
参加者たちは緑屋根の建物の前で男女に分かれて整列した。女子の先頭には秋月令子、男子の先頭には田中忠が立ち、参加者たちの顔を確認した。
「中に入ったら、持ち物をすべて職員に渡すこと。あとで各自島に持って行きたいものを申告して、許可が出れば持参OKだ。
身体検査は保健の先生が健康チェック、そして不審物を隠し持っていないかをしっかりと調べる。防犯上仕方のない事だから、気を悪くしないように。
女子の方は秋月先生、男子の方はオレが立ち会う。気になる事があれば遠慮なく言ってくれ」
参加者たちは不満気な表情を浮かべながらも引率され、無言で歩き始めた。
「根本さん、このがま口はどうするの?」
俺は前に進む根本遥に慌てて言った。
「そのがま口は、あたしのお気に入りなの。あんたが首に下げて島に持って行って。許可は出るだろうから、中に手帳を入れておいたら便利でしょ」
根本遥は一方的にそう言って、建物の中に入っていった。




