1 意外な発信者
高校二年生の一学期が終わり、明日から夏休みが始まる。終業式の後のショートホームルームが終わると、クラスメイトたちは気の知れた仲間同士で集い、和気あいあいと教室を出ていった。俺は机の中のものを整理するフリをしながら彼らを横目で見送る。
去年は入学当初から友だちづくりの波に乗り遅れ、二学期に至るまで、まともに会話を交わすような友人は一人もいなかった。
前回の反省を活かし、同じ轍を踏まないように心積もりをしていたのだが――陰キャでぼっちな俺に、心優しく声を掛けてくるような殊勝なクラスメイトは一人もいなかった。
生まれ持った引っ込み思案な性格は、おいそれと克服できるようなものではないのだ。
溜息を大きく吐き出して立ち上がると、廊下の窓からスラリとした黒髪の美少女が顔を覗かせた。目が合うと、相変わらず心臓のあたりがむず痒く騒ぎ出す。
「今から部室に集合。お弁当を食べながらミーティングよ」
咄嗟に視線を外した俺を気にも留めず、白川瞳は廊下を歩いて行った。彼女の登場で、さっきまでの居心地の悪さが一瞬で消え去った。俺は教室を飛び出して、離されないように急いで彼女の背中を追った。
白川は部室の鍵を受け取り、職員室の入り口間近の階段を上る。階上の右側の空き教室が、優等生の白川に特別に与えられた『自習同好会』の部室である。
持ち寄った電気ケトルやインスタントコーヒー、ティーバッグなどを据え付けていて、飾り気はないがカフェのような空間が出来上がっている。
窓辺のパイプ椅子に向かい合わせに座ると、白川はテーブルの上に大小ふたつの弁当箱を並べ、大きい方を俺に差し出した。
礼を言って弁当箱の蓋を開けると、檜の心地良い香りに混ざって、食欲をそそる唐揚げや出汁巻き卵、プチトマトやブロッコリーの瑞々しい香りが押し寄せてきた。
ゴクリと喉を鳴らした俺に漆塗りの箸を渡して、白川は自分の弁当箱を開けた。
「一学期ももう終わりだけど……新しい友だちはできたの?」
白川は心配そうな素振りを見せるわけでもなく俺に言った。
「『来る者は拒まず』ってところかな……」
自然と苦笑いになった俺の顔を見て、白川は箸を止め僅かに頬を緩めた。
「早速だけど、夏休み――何か予定はあるの?」
「まぁ……あると言えばあるけど」
俺は訝しげな目で見つめる白川の視線から目を外して、コップに注いだ麦茶をがぶりと飲んだ。
「夏休みの宿題は早めに終わらせて、休み中は自由な時間を増やしたいの。無理にとは言わないけど、私と一緒にスケジュールを立ててみない?」
「宿題のアドバイスをしてくれると助かるし、むしろありがたい。でもその提案、瞳に何かメリットはあるのかな?」
俺はペットボトルの天然水を電気ケトルに注いでスイッチを押した。
白川は一瞬ムッとした表情を浮かべた後、溜息を吐いて言った。
「一と一緒にいると、なぜだか気持ちが弾んでくるの――それが私のメリットよ」
「俺も同じような感じかな? 瞳の役に立っているなら良かった」
抽象的な答えに要領を得ないまま、俺は言葉を返した。
カチッと音がなり、電気ケトルのお湯が沸いた。インスタントコーヒーの蓋を開けようとした時、鞄の中のスマートフォンが振動した。
俺は白川と目を合わせてコーヒーの瓶を渡した。白川は紙コップをテーブルに並べ、支度を始めた。俺は鞄を開け、画面に表示された発信者の名前を確認した。
【根本遥】――予想外の人物からの着信だった。俺は無言でスマートフォンをテーブルの上に置いた。
画面を覗いた白川は『なぜ一に?』と問いたげな表情を浮かべて睨んできた。
「初めて俺に電話を掛けてきた。何か差し迫った理由があるかも知れない。通話をスピーカーにするから一緒に聞いてほしい」
俺がしっかりと目を合わせて言うと、白川は無言で頷いた。
俺は大きく息を吐き出した後、応答ボタンを押した。




