GWのある日、主人公「神無月 航平」はスマホを忘れてしまう。しかし彼はこう考えた。「三ツ境で友達が行きそうな店は限られる。これはそういう『ゲーム』だ!」
本文は、AI:chatGPTの助けを借りて執筆しました。実在する(した?)店名は本当にありますが、貶めることを目的として書いたわけではありません。
■第一幕「三ツ境ダンジョン」
『私は最強』
スマホを忘れた。ポケットの軽さが、嫌な予感を確定に変える。
今日は遅れられない。GW真っ只中の今夜、言うと決めていた。乾杯のあと、最初の間に。逃げ道がないうちに。
航平は時刻表を睨み、三ツ境行きを捨てた。
「鶴ヶ峰行きなら——」そう思った瞬間、足が勝手に走り出していた。
間に合った。はずだった。
バスは来た。最前列、タイヤの上の席。
走り出してすぐ分かる。荒い。ハンドルも、ブレーキも。身体が持っていかれる。
航平は途中で降りた。命より約束を選べるほど、まだ狂ってない。
ここから走る。東根まで、間に合う距離のはずだ。
オープンイヤーイヤホンをセットし、ウォークマンでAdo『私は最強』。
走る。曲に合わせるんじゃない。曲を、追い越す。
途中、時刻確認のために入ったコンビニ。その時計が18:05を示していた。喉が冷える。待ち合わせは18:00。
水だけ掴み、素早く会計して外へ出る。
『ウタカタララバイ』
曲はもう『ウタカタララバイ』になっていた。合ってない。構っていられない。
腕を大きく振る。エイトマンみたいに。
走りやすい。変に走りやすい。——これで合っている。
東根。バス停。間に合った。待っている人が数人いる。
三ツ境行き。乗る。着く。走る。
待ち合わせ場所。
——誰もいない。
航平は息を吸った。
「俺、結婚するわ」
その一言を、今言うはずだった。
でも声にならない。喉の奥で、硬いものに当たって止まる。
航平は笑って誤魔化した。誤魔化せていないのに。息を吸いすぎたのか、空咳が出た。
航平はこう考えた。
「三ツ境で友達が行きそうな店は限られる。入って探せばいい。これはそういう『ゲーム』だ!」
千年の夜
まずは『千年の夜』だ。何回も利用させてもらった店。航平は歩き出した。
十分後、着いた。
——暗い。
看板は消えていて、貼り紙だけが白い。閉店。そう書いてある。
出鼻をくじかれた。だが諦めるわけにはいかない。
次はどうする。歩くしかない。
間違いを選びそうになると、空咳が出る。喉が勝手に鳴る。
使える、じゃない。止められている。
空咳が止むほうへ歩く。
焼肉屋があった。『焼肉南幸園』昔からあるのに、入ったことがない。
店に入ると、男の声が反響した。
「いらっしゃいませ〜」
「一人です。……友達を探してます」
「どうぞ〜」
探す。隅々まで見る。いない。
出る。背中に視線だけが残る。
実行してください
ぐるぐる歩いて、航平は小ぢんまりとした神社に気づいた。
高二のとき毎日通った道だ。なのに、ここだけが初めてみたいに浮いている。
神社は崖の下にあった。高さは一メートル弱。
「カチッ」
時計の秒針みたいな短い音。
航平は笑いそうになって、笑えなかった。
近道だ。飛べば一瞬だ。
——身体が先に動く。
航平は飛んだ。
着地で左足首が潰れた。
「ッ」
声にならない声が漏れる。通行人が怪訝そうに見る。
それでも裏参道に入れた。
航平は、友達と合流できるように祈った。
駅の近くに、灯りの柔らかい店があった。創作料理。うちやま。
ここなら、普通に飲める。普通に待てる。そう思った。
入口に立った瞬間、空咳が出る。喉が勝手に鳴って、止められない。
航平は飲み込んで、扉を開けた。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
声は普通なのに、店内の距離感だけが変だった。皿の音だけが近い。
個室のほうから笑い声がして、なぜか一拍遅れて届く。
航平は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「俺、結婚するわ」
言う相手がいないのに、言葉だけが重い。
ここにいてはいけない気がした。航平は店を出た。
左足が熱い。走り回るのはもう無理だ。
探索を続けるには、まず座るしかなかった。
ワーオ
さっき覗いた店に、戻る。
航平は焼肉屋『焼肉南幸園』の暖簾をくぐった。
一人です、と言って席に通される。肉が焼ける音。ここだけは普通だと思った。
水を頼もうとして、口が勝手に別の注文を選ぶ。
「赤ワイン、ください」
——なんで。
グラスが来る。赤が黒に見える。
そのとき、頭の中に文が落ちてきた。
「実行してください」
航平は笑いそうになって、笑えなかった。
「飲んでください」
口をつけずに、勢いだけで流し込め、ということだ。
航平はやった。喉が焼ける。
こぼれた。お気に入りのシャツとジーンズに赤い点が散る。
咳が出そうになる。出したら終わる気がして、喉の奥を噛んで耐える。
「ワーオ」
どこからか、声が聞こえた。店内の誰も見ていないのに。
航平はグラスを置く。手が震えている。
——評価された。
ワインの染みを見て、航平はため息をついた。帰る前に洗うしかない。
焼肉屋を出た航平は、銭湯を探した。
スマホがない。地図がない。足が痛い。
とにかく歩く。歩いて、見つけるしかない。
選ばされた
角を曲がった先に、銭湯があった。
「……こんなとこに?」
入口の灯りが妙に遠い。それでも入る。ありがたいはずなのに。
券売機でレンタルバスタオルと手ぬぐいを買う。
券売機の横に、石けんが二種類並んでいた。小さいのと、普通の。
航平は普通の方に手を伸ばした。喉が勝手に鳴る。空咳だ。
仕方なく小さい方を取る。
レシートを見る。値段が同じだった。
損した、というより、選ばされた感じがした。
洗濯機の並ぶ音が聞こえた。今日の俺には都合が良すぎる。
併設されたコインランドリーで、シャツとジーンズを回す。機械の回る音が、やけに大きい。
目を離したくないのに、足が痛くて立っていられない。航平は脱衣所へ急いだ。
次の方〜
「次の方〜」
遠くで番頭のおばちゃんの声がする。普通の呼びかけのはずなのに、胸の奥だけが冷える。
脱衣所に入って、床が妙に素っ気ないことに気づいた。いつもの足拭きマットがない。
みんな、手ぬぐいを一枚だけ足元に敷いて、踏む位置を交互にずらしていた。黙々と。
航平も真似をする。妙に“正解”に寄せられていく感じがして、気持ち悪い。
服を脱いでロッカーに押し込む。鍵を回す指が、少し震えていた。
浴室。湯気の向こうに人がいる。人数は多くないのに、距離が詰まって見える。
航平は刺激しないよう端に寄る。
髪を洗い、身体を洗う。サウナが目に入る。別料金。——今夜はいい。
湯船の水面が、照明のせいで不自然に光って見えた。入りたくない、というより、近づきたくない。
航平はシャワーだけで済ませて出る。
手ぬぐいを敷いて、足を交互に動かす。みんなと同じように。
洗濯機の前に戻ると、ちょうど止まるところだった。
胸騒ぎがして、髪を拭くのも適当にコインランドリーに急ぐ。
……良かった。ちゃんとある。
隣では、乾燥が終わったのに扉を開けない人がいた。立ったまま、動かない。
目が合いそうになって、空咳が出る。
「ピピーっ!ピピーっ!!」航平の洗濯機が鳴った。
普通なら乾燥だ。でも時間がない。終バスが早いのは知っている。
びしょびしょのシャツとジーンズを着て、外へ出る。
番頭のおばちゃんが言う。「乾かしていったら!?」
「急いでるんで」
航平は銭湯を後にした。
——良かった、じゃない。もう、戻れない気がした。
ワインの冷たさが肌に戻ってきた。
第二幕:カントリー・ロード(Take Me Home)
白線ゲーム
濡れたシャツが肌に貼りつく。水を吸ったジーンズが重い。航平は、ジーンズを普通には履かず、腰に巻き付くようにして歩いた。夜風が刺さる。
左足が重い。痛い。
航平は歩く。バスはもうない。節約のため、タクシーも使わない。
信号で止まった。赤が長い。
「カチッ」
短く乾いた音。秒針みたいな音。
指示は来ない。
それでも青になった瞬間、航平の足が勝手に前へ出た。
——Take me home。
西部病院前。
そこで急に、胸の奥に言葉が沈んだ。
“早く帰れ”。根拠はない。なのに確信だけがある。
しばらく歩いて、母校・瀬谷高が近いことを思い出す。
曲がれば近道のはずだ。そう思って角へ向かった。
角が、知らない角に見える。
航平は足を止める。空咳が出る。喉が勝手に鳴って止められない。
航平は黙って直進した。
後ろからバイクが追ってきた。
「プップー」
びくっとして振り向くと、柔和な表情の兄ちゃんがいた。二人乗りだ。
「お兄さん、そのままで帰るつもり?」
「……はい」
「悪いこた言わないから、ズボンくらいはちゃんと履きなよ」
「ありがとうございます!」
二人は走り去った。
航平はジーンズを履き直す。指がもたつく。左足が言うことを聞かない。
「カチッ」
追尾の音。音だけが、ついてくる。
野境道路。
“夜は通るな”と、霊感ある親友が笑いながら言っていた。
なのに今夜は、そこがいちばん近いみたいに見える。
「カチッ」
誘導の音。指示は来ない。来ないのに、足がそっちへ向かう。
気づいた時には、野境道路に入っていた。
歩道の端に、白い線が伸びている。やけに明るい。
歩道の白が、“ゲームのスタートライン”に見えた。
「カチッ」
指示は来ない。
なのに航平は、その白線の上に足を置いた。
——外したら、まずい。根拠のない確信がある。
次の一歩で、白線を外した。
足裏に電流みたいな痛みが走る。声が出ない。膝が崩れる。
罰だ。死じゃない。でも、走り続けられない痛みだ。
『スーパーマリオ』のテーマ
そして、プレイリストにない音が頭の中で鳴り始める。
あの地上BGM。明るすぎるやつ。
航平は白線の上だけを踏んで進む。
Take Me Home。帰れ。帰れ。
信号が赤で、航平は止まる。
白線の上に片足を残したまま、動けない。
「カチッ」
いつもの音。開始の音。
——まだ青じゃない。
「カチッ、カチッ」
もう一回。開始だけが、先に進んでいく。
胸が冷える。
ようやく信号が青になる。途端、航平は白線の上を弾けるように走り出した。
その瞬間、頭の中のBGMが一拍だけ途切れた。無音が、喉の奥に沈む。
東根のバス停まであと少し、というところで、道の脇に空箱が捨てられているのが目に入る。
近づいて覗くと、パズルの箱だ。パッケージに『はする』と書いてある。裏に小さくスタンプで「ハズレ」の文字。
縁起でもない。なのに、手が勝手に動く。
航平は空箱を自慢の襷掛けのショルダーバッグに押し込んだ。
もうすぐ東根だ。野境道路が終わる。
航平は安堵しかけて、やめた。
終わる、はずがない。そんな根拠のない確信だけがある。
東根のバス停を過ぎると、白線がない。かすれて消えてしまっている。
匍匐前進
その瞬間、足裏がひやりとした。
そのとき、頭の中に文が落ちてきた。
「匍匐前進で、水道管を渡れ」
どういうことだ。
でも白線がない今、従うしかない気がした。
匍匐前進なんか、やったことない。
四つん這いになって、腹を落とす。肘と膝で進む。
——身体が、勝手に“正しい”形を選ぶ。
地面すれすれの水道管の上に体重を乗せる。落ちるはずなのに、落ちない。
進める。進んでしまう。
渡り切った先で、誰かが見ていた気がして、決めポーズを取った。
その余裕が、気持ち悪い。
(今の俺、なんでもできるんじゃ——)
いや、危ない。俺は人間だ。できることとできないことがある。
野境道路の終わりを抜けて、大通りに出る。旧16号。
不意にタクシーの気配がして、航平は手を挙げていた。
——違う。タクシーは使わないはずだ。
なのに止まる。ドアが開く。
乗ってしまう。
「……若葉台南のあたりまで」
自分の声が、遠い。
すぐに着いた。支払いをして降りる。
もはや邪魔するものは何もいない、はずだった。
カチッ
「カチッ」
音だけが、まだついてくる。
中野酒店の前を通り、今はなき母校・若葉台東小学校の裏門に続く坂を登る。ここを登れば安全だ。車道が終わる。
無事坂を登り、車止めを避けて“若葉台”に入る。そう、この車歩分離がこの街の好きなところだ。
ここまで来ればウチが見える。見上げても、当然のごとく電気は点いていない。
(いま何時なんだろう……)
母は隣室で寝ているはずだ。音を立てるな。
ふたつ並んでいる棟のうちのひとつに入り、エレベーターに乗る。
ひとつ上で降りて、階段で下りる。この階段は音が響く。慎重に一段ずつ。
ポール・スミスの襷掛けショルダーバッグから、預かっていた鍵を取り出す。
(ラルクのキーホルダー、いいな)
鍵をゆっくり回して、ドアを開ける。
実家だ。実家の匂いだ。帰ってきた。
玄関を開けてすぐ右手の母の部屋から、寝息が聴こえる。
航平は息を吐いた。
服だけ脱いで、畳んである布団に横になる。負傷したはずの左足も、なんともない。
(今日は色んなことがあったなぁ……)
「カチッ」
どこからか、短く乾いた音がした気がした。
航平は考えるのをやめて、目を閉じた。
■最終第三幕『Here Comes The Sun』
『JAM』
目が開いている。天井は暗く、窓の外だけが薄く明るい。十一階の夜は、街灯じゃなく空そのものが光る。寝たはずだ。そう思った瞬間に、喉が乾いて空咳が出た。
ここは実家の自分の部屋だ。隣で母が寝ているはずなのに、気配が遠い。
左足首が痛い。神社の裏参道で落ちたときのやつだ。思い出しただけで、痛みが戻る。
そのとき、頭の中に文が落ちてきた。
「実行してください」
音はない。方向もない。ただ理解だけが先に来る。
アーチ
「アーチを作ってください。保持、10秒」
航平の腰が勝手に浮く。背中が弓なりになって震える。五秒を越えたあたりから、腕が裏切りはじめた。九秒。息が漏れそうになる。十秒。
「評価:可」
拍手が起きる。間が揃いすぎていて気持ち悪い。航平は床に落ちた。終わったと思った。
「次」
インターバル
「インターバル、60秒。給水してください」
給水?と思った瞬間、そこに水の入ったコップがあった。置いた記憶はない。
「三口」文が頭の中に響く。指示通り、水を口に含む。冷たい。味がない。飲んだのに喉の渇きが残る。
60秒って言ってたよな。航平は途中からカウントする。
11。背中が床に張りついている。
27。汗が冷えて、皮膚が粟立つ。
45。回復なんてしていない。
60。
「次」
「起立してください」
起きろ、という命令だ。航平は肘をつき、身体を起こした。
両足に力を入れた瞬間、左だけ沈む。重い。裏参道で痛めた足首が、今になって鎖になったみたいだ。
それでも立たなければならない。航平は歯を食いしばり、なんとか起立した。
拍手がない。無音だ。
——良いのか悪いのか、分からない。分からないのに心臓だけが早い。
刹那、どこかで「カチッ」と鳴った。秒針みたいな音。合図だ。
「実行してください」
航平は息を吸う。次の芸が浮かばない。浮かばないのに、時間だけが進む。
文が落ちてきた。
「その場で跳んでください。着地後、静止。制限時間、3秒」
「咳き込みは不可」
航平は笑いそうになって、笑えなかった。跳ぶだけ?そんなの——と思った瞬間、左足がずしりと沈む。
跳ぶ。
空中は一瞬だ。着地のほうが長い。
左足が遅れて落ちてくる。床が近い。
航平は両足で受けた。痛みが左足首に刺さる。
それでも決めポーズを作る。腕を広げる。胸を張る。止まれ。
——止まれなかった。
評価:不可
「評価:不可」
部屋が、結果だけを落として黙った。
航平は息を吐いた。終わらない。でも、不可でも何もない……?
そう思った時、左足の重みが一段階増した。
「ッ」
これが、“ペナルティ”か。
「インターバル、60秒。給水してください」
まただ。
水の入ったコップが、いつの間にか足元にある。
航平はしゃがんでそれを取り、三口だけ口に含む。喉は潤わない。屈んだ瞬間、二段階増した左足がずきりと痛んだ。
次の芸を考えなければならない。足を使わず、なるべく映えるやつ。
「カチッ」
合図。心臓が跳ねる。
文が落ちてくる。
「実行してください」
航平は四つん這いになり、腕立ての姿勢を取る。普通じゃだめだ。変形。
片手を胸の前で重ねる。片腕腕立て“もどき”。
1、2、3。腕が震える。
5。肘が笑いはじめる。
10。最後に顔を上げて、笑った“形”だけ作る。決めポーズ。
「評価:可」
拍手が鳴った。可だ。
「次」
「実行してください」
文が落ちてくる。
「倒立を試行してください。保持、3秒」
ふざけるな、と思った。思ったのに、身体が壁へ向かう。
航平は手を床につき、足を振り上げる。
左足が遅い。重い。壁に届かない。
一度失敗。二度目。爪先が壁に当たって跳ね返る。
なんとか形だけ作る。腕が裂けそうだ。
視界が逆さまになる。胃が浮く。
1。肩が沈む。
2。左足が落ちる。
3。
拍手が起きかけて、止んだ。
「評価:不可」
拍手の気配だけが立って、消えた。左足がもう一段重くなる。
航平は笑えない。息だけが荒い。
「インターバル、60秒。給水してください」
無償の「5億年ボタン」
三度、コップが現れる。だが足元ではなく、布団のそばだ。
航平は関節が固まった左足を引きずって向かう。たった数歩なのに、膝が笑いそうになる。
とにかく水だ。水を飲んで、次に備えるしかない。
「三口」
文が滲んできた。航平は指示通り、三口だけ飲む。飲んでも喉の渇きが残る。
ふと、「5億年ボタン」という思考実験を思い出した。違いは……この地獄は無料なのに、支払っている。時間と、身体で。
コップを足元に置く。置いた瞬間、胸が嫌な予感で詰まる。
「カチッ」
「実行してください」
「漫才のツッコミを入れてください。相手役は不要。5秒。」
ツッコミ? 息だけが先に詰まる。航平は笑えないまま、話しはじめる。
「なんでやねん!」
しまった、イントネーションが――
そこで音が途切れた。部屋が音を拒んでいる。
「評価:不可」
左足が、もう一段重くなる。
左足が重い、じゃない。膝がもう曲がらない。
5度目のコップの出現。航平はもう驚かない。
水を三口飲み、コップを足元に置く。置く場所まで、決まってしまっている。
次の指示はなんだ。航平は、いつの間にか“指示”を待つようになっていた。
「実行してください」
「左右へ移動してください。10秒」
航平は横に踏み出す。戻る。切り返す。
左が遅れる。戻れない。膝が曲がらない。
心臓の音がうるさい。
「評価:不可」
腿から下が、他人の足みたいになる。
「インターバル、60秒。給水してください」
コップが現れる。航平は三口だけ飲む。もう味もしない。
「次」
「実行してください」
「膝を上げてください。10秒」
航平は足を上げようとする。上がらない。
耳だけが、拍手の来る位置を探して空振りする。
「評価:不可」
——次が来ない。
評価:
代わりに、「カチッ」だけが鳴った。開始の音だ。いつも通りだ。
なのに文が落ちてこない。
何をすればいい。何をすれば“可”になる。
航平は息を吸う。足が動かない。
「カチッ、カチッ」
いつも通りの開始合図。
なのに文が落ちてこない。
「カチッ、カチッ、カチッ」
三回。余計だ。
余計なのに、時間だけが始まっている気がする。
航平は息を吸う。何をすればいい。足が動かない。
——「ドン」
床が鳴ったのか、壁が鳴ったのか分からない。
でも身体だけが、罰が確定したと理解する。
今までのを思い返せ。起きて、動いて、決めポーズ——それだけだ。
航平は無我夢中で身体をひねり、腕を振り回す。指を鳴らそうとして鳴らない。息だけが荒い。
左足は動かない。重い。遅れる。
バランスを崩し、頭が壁に当たった。
「コーン……」乾いた音が部屋に残る。
痛みで顔が歪む。変顔みたいになる。
その瞬間、万雷の拍手。指笛のような音。
——成立した、のか。
どこかで嘲るような声。拍手の中に混じる。
だがそれでも、拍手が心地よく感じてしまった。
「評価:可」
文が、脳に刺さる。
でも左足はまだ、自分のものじゃない。
あれほどの勢いでぶつけたのに、頭が痛くない。
痛くないことのほうが、怖かった。
「カチッ」
また合図が来る。しかし指示は来ない。
「カチッ、カチッ」
再開だ。航平は次を考え始めた。起きて、動いて、決めポーズ——それしかない。
だが感覚を失った左足に力が入らない。航平はその場で転んだ。
まずい。とにかく決めポーズだ。床に這いつくばったまま腕を広げる。笑った形だけ作る。
「評価:」
進行を優先してください。
そこで、ドアの向こうから声がした。
「航平、何してんの。早朝だよ。近所迷惑」
航平は息を吸った。声にならない。
「……おかん」
刹那、気配が消える。舌打ちみたいな音が、遠くで鳴った気がした。
左足の重みも、嘘みたいになくなっていた。喉の渇きだけは、変わらない。
航平は床に座り込み、窓のほうを見た。空の色が、少しだけ変わっている。
「おかん……ありがとう」
……いかがでしたでしょうか?私、「こんこん航平」の処女作、最後まで読んでいただけたでしょうか?よろしければ、本当によろしければ周りのご友人達などにも奨めてもらえれば幸いです。




