表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/61

さようなら

悪鬼となった僕が選ぶ地、最期の地はここだ。上位種悪鬼が場を指定する。さすれば死の灰は僕を囲み転送を開始する。


僕は着いた、8月8日のあの廃教室に。


自我を備えた悪鬼のまま、僕は燃え盛る業火を拳に潜め鬼のような巨躯で歩み出る。あの男が教卓にいるのを見つける。髭男が僕を待っていた。


「語りは終わらない。俺が納得するまで円環は終わらせない。」


男は言う。だから僕も言うしかない。目を閉じて…それから開いた。


「お前は世界か?」


しばしの沈黙の後に男は言う。


「俺がこの世界だ。お前が猫又のために円環を閉じたいならば俺を納得させろ。俺の願いを聴け。」


僕は遥か右下の教室の隅の埃を睨んで言う。


「お前がこの世界そのものなら、目の前のお前は一体何者だ。」


沈黙が教室を支配する。先ほどの威圧は消え失せたよう。髭男の歯軋りが聞こえた。


「辻褄の合わない要素は正される、だったな。お前は世界なのに…どうして個人としての体があるんだ。」


僕はニヤリと笑って言う。尋ねるではなく言う。男は黙ったまま。教室は止まっている。僕は生き生きしている。


「お前が世界なら…個人としてのお前はもう死んでいるはずだろうが。その身と共に。けれど生きている。消え失せるべきでないだろうか、お前のようなクズは。」


髭男は口を開いて、滅亡の悲壮さで糾弾した。巻き起こる嵐のように大きく、大海で流転する大荒れのような轟音。


「俺が死ねばまた円環が始まる。たとえ俺を殺しても今度、俺がお前を殺す。永遠の地獄でお前を苦しませる。今度の世界で俺はお前を痛めつけて苦しませて原型の無い肉塊にしてやる。それでもお前は俺を殺すか。殺す勇気はお前にはない。俺を殺すことはお前にできない、永遠に。」


僕は右拳に力を入れる。全てを決める最後の一撃に心を震わせる。僕は心の底から心を燃やして言葉を生み出す。そしてぶつける。


「僕は円環を壊す。生憎この世界が最後の世界だ、次の世界などない。憐れめ、懐かしめよ。僕は世界を認めさせた。お前では無い、世界として存在してきた世界に認めてもらった。お前みたいな怪異のなれの果てには分からないことだろうけどよ。」


そのまま跳躍する。この両足は鬼の力のままに一飛びで教卓まで届く。巨躯が、この巨体が目標を捉える。


「そんなことは出来ない。これまでそんなこと無かったから、不可能だ。お前は嘘を語るのか。」


力で握り潰す拳に炎を吹き込む。不死鳥の炎、決して消えない炎。怪異の炎。怪異の拳で怪異の体で、怪異の炎でお前を殺す。男の頬に一撃。ど真ん中の、中央の、中心の核を貫き払った。


男は夥しい断末魔と、煮え繰り返る憎しみと共に死ぬ。四肢が四散して肉塊が飛び散る。最後まで呪いの呪文を唱え印を組んだソイツは死ぬ。苦しみながら叫びながら嘆きながら怒りながらその身を砕かれて死んだ。


死んだ。


髭男が死んだ。


元凶は死んで消えた。


これで…全てが終わる。


「ふぅ。」


廃教室…血生臭いその教室を僕は見渡した。8月8日。廃教室。猫又にであった時の地。猫又に会えるとしたらここしか無い。会えるはずがないけれど。


風は入ってこない。窓が閉まっているから。髭男は動かない。肉片として散っているから。


あとは世界を納得させるのだ。全ての全てを、隅々までムラなく。


封開…あの僕…母。


あの女の陰陽師は初めにメシアと名乗った。僕を救うためにやって来た。ならばもう僕は今ここで生きている時点でその願いは叶っている。しがらみは解放されている。


あの僕という語り手も母親の元へ既に送ってある。これで彼らは幸せに生きるはずだ。後悔の渦中からは抜け出している。あぁ、拘束は説かれているのだ。


もう…全ては納得したのだ。


「僕は人間だ。」


独り言を言う。


世界は一段と冷え込んでいた。教室の窓から見える夜空の星々は一つ、二つと消え失せていく。見下ろすと見える都市の明かりも同じように消えていく。


あぁもう…物語として語る内容がない。


全てが終わった今、僕の心は妙に落ち着いていた。大いなる使命が終わったかのよう。長い夢から覚めるかのように。


教室には一人思い出を懐かしみながら涙する影があった。そしてそれだけではなかった。教室の壁を伝う別の影もあったのだ。信じれないことだが。


音もなく侵入する。


そして背中に立ち回って飛びつく。背中に飛びついた。


「何だ。まだ敵がこの世界に残っていたのか。」


両足が切り離される。背中はズタズタに穴が開けられ、陥没する。赤黒い血と共に内臓が露出する。右手も左手も、肩も首も切り離される。その小さい爪で。


これは、本当なのか…まさか。


その小さな影は言う。


「お主様どうしたんにゃ、自殺でもしてるのかにゃ。」


それに対する返事の声は出なかった、物理的にも、驚きのせいでもある。喜びのままに僕は答える。


「猫又。本当に約束を守ってくれたんだな。」


小さな影は言う。


「盟約だからにゃ。当たり前にゃ。盟約の意味はワシにはわからないけど、にゃ。」


僕の自殺を手伝うこと。


僕でもよく分からないよ、と愚痴をこぼす。


「意味は…まぁ円環の復元が起きないようにするためだよ。」


小さな影はこそばゆく爪を舐める。僕は言う。最大限笑って。


「でも、どうして生きていたんだ、てっきり地獄で殺されたのかと。」


小さな影は言う。


「馬鹿かにゃ。あれは地獄じゃないにゃ。確かに悪魔は多かったし炎が燃え盛っていたけれど違うにゃ。ふふ案外、お主様と近い場所にいたのかもしれないにゃ。」


流血に体が耐えきれず意識は眠りにつこうとする。あまりにも容赦のなかった猫又の襲撃に僕は再び笑みを重ねながら猫又を捉える。霞がかった灰色の瞳がぼんやりと猫又を捉える。


「ありがとう…猫又。大好きだよ。」


…本当に


…愛している


彼はそうして目を閉じる。ようやく目を閉じた。


静寂が教室を覆う。


私は涙を拭きながら彼に近づいた。動くことはもうない彼。そんな彼の影を掴んだ。そして右指の爪で影を引き裂いた。


「これで、円環は閉じたようにゃ。彼はちゃんと戻されずに浄土に行けたかにゃ。」


最後までこの世界を見届けたいと言ったけれど、本当に最後をこの目で見ることになるなんて。


つくづく面白い物だと思う。


私はもう一度、彼の額を見やった。彼の額には涙の跡が残っていた。こぼれ落ちる私の涙が彼の頬を汚さないように気をつけながら、彼のそばの血溜まりを触る。彼の血。彼の命の名残だ。


「偏差*血*71かにゃ、どんな味がするだろうにゃ。」


私は舌を出してそれを舐める。味はなんとも甘くて優しい味がした。


その血溜まりにもう一度指を浸けた。


それから私は歩いて、そうして教卓にたどり着いた。


「あくまでも念、にゃ。」


教卓に座って黒板を撫でた。深緑の硬い黒板に私は文字を書いた。チョークではない、この指に付いた彼の血でだ。


描き終わってから私は印を結んだ。


私ももうすぐ成仏する。それまでに念を込めておきたかった。


これで…本当の完成にゃ。


私はある言葉をこの黒板に刻んだ。語りは必要ないことをそこに刻んだ。誰がどう見てもわかる言葉。もう終わったことなのだと教えてくれる言葉。


言霊だけでは不十分。だからモニュメントが必要だった。物理的で世界に直接その言葉を刻印することが必要だった。


彼は覚えていなかったようだけれど。


でも私が覚えていたから。


それで成功だ。


世界は救え物語は完結を遂げ、呪いの円環は機能を破壊される。


私は初めての事に心を震わせる。


夜空の星は消え、家屋の明かりは消えた。それはつまり1日の始まりを予期した物であった。


ふぅ、本当にすごいな。


浄土で待つ彼に会いに行く前に私は目の前の彼に言う。それは成仏する前の最期の言葉だった。





ワシはお主様を愛してるにゃ


大好き、にゃ










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ