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言霊

灰の大地、月の地表、宇宙と月の間に僕は居た。僕と言う個体がそこには居て、どうやら頭を悩ませているようだった。


「何故だ。何故…」


意味がわからない。


灰の瓦礫に腰を下ろして、頭を抱えて絶望する。望みは絶たれていた。


「どうして過去はやって来ない。」


意味がわからない。


世界はいつだって順序に従うはずだ。僕一人でここまでの過程を作ったのに…


過去は来ない。


過去もそれと同じように死んでいる。


過去は朽ちている。


だから過去は来ない。


「そんなことが許されるのか。」


読みが外れた。的から見当外れの方向に矢を射てしまった。不正解を、失敗を導いてしまった。


つまり二択に外れた。


銀の風が僕を襲う。黒鉄の焦燥は溶けてなくなり、僕の心は歪んで朽ちる。


過去は死んだまま。死骸は死んだまま動けない。


動かないのではなく、動けない。


「死骸は、死骸で、そういう怪異なのだろうか。」


僕は手を頬にピタリとつけて考える。手は悴んで冷えていた。考える時間は無限にある。僕は思う。


「怪異を信じればそれになるだっけか。死骸が怪異であるならば、彼らを成り上がらせることで…別の怪異に。死骸という怪異として今もここに眠っているなら不可能では無い。」


死んで死にきっている訳でないなら、打つ手はある。過去が来なくても、過去に行けなくても…今度は過去を引き込めばいいのだから。


怪異を扱う熟練者たち。つまりは陰陽師で、そして彼らの式神。


僕は陰陽師では無い。だからここで何が正解か知らない。


けれど僕は二人の陰陽師に出会っている。


陰陽師ならば…怪異のプロならば、何をする…否、何をしてきた。


銀の風が荒れる中、僕は必死に思考を駆け巡らせる。風も、僕も、急いでいた。


「怪異を強制的に、半ば無理やり成り上がらせる方法…もしくはそんな言葉…」


方法か、言葉か。


語り手の僕が選ぶ方は決まっている。


あとは、在りかだ。


灰の大地は依然として静謐だ。生命を絶たれたこの大地に眠るのは祟りと死骸。納得していない祟りこそが死骸に憑いているのだ。


死骸を怪異にして…祟っているのだ、この月を。


あぁ、そうか。


簡単ではないか…僕が苦しめられた言葉、そして僕を助けた言葉。最後くらい本来の使い方で使ってあげようでないか。


僕は顔を上げて、腰を上げる。灰の大地に立ち、黒い塊を踏みつける。そして銀の風が通り過ぎたのを見て、僕は言う。


「払へ給へ清め給へ、神ながら守り給へ幸い給へ。」


祟りを望むものよ。許しを乞うものよ、僕が許そう。


大地が揺れる。正しくは月の表面を覆う死骸が動き出す。祟られた死骸は怪異の苦しみによって動き出す。悶え苦しむ。詳しくはわからない、けれどあの時と同じ手法だ。


「言葉から逃れるように苦しみもがけ。」


揺れる大地は灰を宇宙高く噴き上げる。吹き上がった灰は月を覆う。僕の視界は灰一色で閉ざされる。しだいに声が聞こえてくる。亡者の嘆き声は低く、蛇が床を這いずり回るように僕の耳に侵入してくる。耳が縦に裂ける。血が垂れる。


痛い…痛すぎる。


亡者の嘆き声は怪異の叫びに更新される。低かった嘆きは耳をつんざく高さで僕を襲う。耳が横に裂け内部が顕になる。けれどヤメナイ。やめては、イケナイ。


「払へ給へ清め給へ、神ながら守り給へ幸い給へ。」


亡者ノ叫びはよりオオキクなる。低い嘆きモ高い叫びも入り乱レテ嵐を呼ぶ。粉塵は変わらず舞い上がり目を侵す。耳たぶは取レテ大地に沈む。血液ガ灰を色取る。赤黒く染め上げラれて月は血塗られる。ソレデモ終わらない、決してオワラセナイ、コノ言葉は。


「払へ給へ清め給へ、神ながら守り給へ幸い給へ。」


モウ聞コエない。今度ハ、耳ガ死ンデシマッタ。粉塵だケガ見エル。


「払へ給へ清メ給へ、神ながら守り給へ幸い給へ。」


目ヲ閉ジて口ダケを動カス。


「払へ給へ清メ給へ、神ナガラ守リ給へ幸い給へ。」


ソレヲ繰り返す。繰り返シテ続ケル。言葉ガ魂ヲ持つヨウニ、言霊トシテ機能すルヨウニ。浄化シテ浄化スル。ココが正念場ダロウ。



…僕はマタ、孤独ニナッタ。

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