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偏差値71の妖怪怪異譚  作者: 白背 四枚馬
語り手は僕。故に物語は決して決して始まらない。
4/61

本格始動

「お前が体験したであろう時空間同時転移と記憶の欠如について話そう。」


影がそう言った後、その黒い影は鎮まることもなく、すぐさま続けて切り出した。


「そもそも世界は複数ある。今お前がいるこの世界も、11月22日の世界も天狗の世界もそれぞれ違う世界だ。そこは理解してほしい。そこから物語が始まる。」


別世界ということか…だから住宅街に和室、そして8月8日の教室。どれも違う世界だったのか。僕は噛み締める。影の言葉を一つ一つ咀嚼する。

「これはあくまで俺の考えだ。鵜呑みにはするな。まずお前はただの人間ではない。お前はそもそも人間ですらない。お前は生まれた時から不死鳥の子だった。」

生まれた時からだと…それは僕が11月22日の前の頃からすでに不死鳥だったということか。不死鳥って一体何者だ。影はゆらゆらと揺れ太陽が見えなくなった教室には宵闇と同時に寒気が到来する。白いカーテンはカサカサとなびき、陸上部の掛け声も気付けばすでに消失していた。

「不死鳥は人間の家庭に子を産み落とす。カッコウと同じ原理だと思えばわかりやすいだろう。要は托卵だ。人間の女に不死鳥は自分の子を残す。超常的な力で。だからお前は人間の子でも不死鳥の子でもある。そして不死鳥は絶滅種だ。ここまで意味がわかるか?」


不死鳥とは概念的な存在なのだろう。あくまでも見た目は人型だもんな現に俺もそうだし。


「不死鳥は絶滅種。絶滅危惧種ではない。絶滅種だ。そう、絶滅した種である。したはずの種である。だから生存することは許されない。この世界を包む悪鬼がそれを許さない。だからお前は何度も殺されそうになった。」

11月22日も、天狗の襲撃も俺を殺そうとしていたのだろう。絶滅種である不死鳥が生きていたから。そういうことを影は言っているようだ。ゆらゆらと靡いていたカーテンは次第に静まっていく。風がとまったのだ。窓は開きっぱなしなのに風が入ってこない。太陽の代わりに月が登り始め本格的に深夜を助長していた。


「彼らは不死鳥は死期を悟ると自ら燃える。燃えてその身は灰と化す。その灰から再び蘇る。蘇るんだ。故に不死。一度生まれれば死ぬことはない。それに彼らは死期を悟る前に托卵をする。つまり不死鳥自体は死なずに増え続けるんだ。蘇りと托卵によって。でもそれが江戸時代中期、疫病の流行によって、彼らに托卵された母体が不運にも亡くなり続けた。だから数が増えなかった。それともう一つ。彼らの無限増殖の危険性を訴えた伊吹山の天狗たちの抗争も重なって絶滅種へと転じた。だからお前はその不死鳥の生き残り。托卵されて一回目の存在だから幼く弱い。」

僕は無言で聴き込む。どうやら大変なことが起きていたようだ。まさに授業で習わないようなこと。陰謀論でもない宗教的でもない。不思議な感じ。

「で、だ。時空間移動をお前がなぜしたか。実はお前の体が時空間移動したわけではない。お前の意識が世界を渡って行き来しているだけなんだよ。お前は不死鳥で体は本体ではない。死んでもその死骸は勝手に燃えて灰と化す。その灰から蘇る。その灰が別の世界に渡っても不思議ではない。托卵じゃなく蘇りだからお前の姿はそのままだ。だからお前はいろんな世界に移動したように感じた。これが俺の推理、参考資料は俺の過去といったところだ。」

僕は素直に感嘆した。荒唐無稽で奇想天外な過去を浴びてきて脳はとっくにキャパオーバーで過労死している。影の言葉を信じようと思えた。けれど二つ疑問があった。

「なぁ、影。その場合問題が二つほど生じる。一つは僕が襲われた時に聞こえた祝詞言葉。その説明がない。」


僕の純真無垢な疑問に先ほどまで流暢に話していたもう一人の語り手が止まった。暗い教室で無風なくせして寒気が足元を撫でる。制服姿とはいえ、8月8日の夏真っ盛りとはいえ十分に寒いといえた。


「祝詞言葉か…悪いが俺はそんなもの聞いたことがない。」


その返答に僕は口を開けて反応した。開きっぱなしの口のまま僕は影の話を聞く。


「俺は天狗に襲われた時、己の体を燃焼させて灰にして風に乗って逃げたんだ。11月22日の悪鬼に襲われた時も同じように。まさか、お前は違うのか。」

影は僕に上下抑揚激しく聞いてくる。もはや問い詰めるようだった。


「悪鬼?11月22日は男女の声を暗闇で聞いて、その後地震で倒れて意識が途切れてしまったし、天狗の時は祝詞言葉を聞いてからの意識はなかった。微妙に僕と影で過去が違うのか。」


その言葉を覆うように影が言葉を重ねてくる。


「微妙なんて話じゃない。その話だと君が不死鳥である可能性も根拠も皆無だろう。祝詞言葉は秩序を重んじ、穢れから自己を守っていただくときに使う言葉だろう。そんなもの生命論理に逆らうカオスの派閥の長である不死鳥が聞き取ることなんてない。天敵でしかない。」


そうであるならば…そういうことだったら…


「俺とお前は…」


「僕と影は…」


「赤の他人だということ。」


綺麗なユニゾンは広い教室を羽ばたいてそのまま喉元まで帰還する。誰の耳にも届かない。独白。失念して絶望して恐怖した影は心細い声で尋ねてきた。


「あなたの言った二つ目の疑問点を教えて…」


影の急な言葉遣いの変化に僕は驚きながらも取り繕わず言葉にする。影はすでに僕の靴のサイズほどに小さく弱々しいサイズにまで縮小していた。

「もう一つは天狗の言葉だ。彼らは僕を襲うとき鬼だの言っていた。影が不死鳥なら僕は鬼ということではないのか。どう思う。僕は鬼なのか。」


「…」

影の返答はなかった。足元で揺れていた影は跡形もなく消えていた。仕方ないと思い教室を出ようと頭を上げたその刹那。僕は文字を見た。日本語を。

(さようなら)

赤い文字がデカデカと黒板に。赤いチョークだろうか。影の仕業か。でも影は物理的干渉はできないはず。影は嘘をついていたのかもしれない。僕を騙そうとしていたのかもしれない。でも…でも…


「なぜ僕はまだこの世界にいるままなのだ。なぜ違う世界に行けないのだ。」


月が登り切った夜空を教室の窓は映す。その月は欠けていた。正しくはくり抜かれていた。あらかたドーナツのように。そんな空洞の月の光を浴びて。一匹の猫又は壁を伝って校舎を登る。尻尾が二つに分かれた猫又が窓を超えて。そのまま襲いかかる。背後から。音もなく。気づいた時、意識が戻った時、僕は血を流して横たわっていた。四肢半壊。各所中身は飛び散っていた。猫又は毛繕いをしながら教室を飛び回る。それを無念に眺めて僕は思う。


それでもまだ僕は教室にいたままだ、と。

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