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偏差値71の妖怪怪異譚  作者: 白背 四枚馬
語り手は僕。故に物語は決して決して始まらない。
3/61

一筋の灯り

 起きれば見知らぬ和室。引き戸から襲いかかる天狗達。絶対絶命の僕の耳に届いたのは祝詞言葉の一節。

体が浮き、命の息吹を感じる。それが過去のこと。今僕は天狗も和室も存在しない場所にいた。あの日、天狗に殺されたのか、それとも返り討ちにしたのか。その重大な部分を語ることは、今は、できない。なぜなら記憶にないから。欠如しているから。もしくはそもそも僕ではない違う存在の過去だからなのかもしれない。どちらにせよ今を、僕にとっての真実を語るしかないだろう。


 起き上がって、ふたたび目が開いたのは、太陽が沈んでいく様子が窓から見える教室の中だった。


「僕は一体…」


そこに広がっていたのは和室でもなく天狗もいなく、ましてや祝詞言葉も罵声も存在しない。誰かの日常そのもの。放課後の教室にいた。そこで僕は席に座って頭を突っ伏していた。教室の外から窓を潜って陸上部の掛け声が聞こえてきた。


「よかった、人がいた。」

その喧騒に言葉を返す。対話ができているであろうか。僕と陸上部の。僕は胸を手で撫で下ろした。首元を伝っていた冷や汗は蒸発していき恒温動物さながらの体温維持機能を全うしているようであった。


「人間でいいんだな。僕は今は。」

無意識に頭に浮かんだ言葉を吐き出した。まだ聞こえる陸上部の練習の声。ガラリとひらけた放課後の教室。黒板に書かれた今日の日付。自然と眼球が光景を捉え僕の脳が処理していく。日付。え、日付…?


「8月8日…だって…」


頭が機能を停止する…否すでに止まっていた。そして再起動する。ゆっくりと時間をかけて、人間であるこの脳みそは仕事を始める。8月は明確に夏。夏休み真っ盛りであろう。そんな時期に教室にいるのは吹奏楽部の練習場としてくらいであろう。今日は吹奏楽部の楽器の音は聞こえないようだった。


「嘘だろ…おい。昼寝でもないよな。記憶喪失でも8月8日は流石におかしい…どうして俺はここに…」


僕だけの記憶が封入してある全ての脳みその引き出しを僕はアクセスした。急げ。そう、まずは11月22日。大事件の日付。これは覚えている。その日確か僕は男女の声を聞き、新月の夜のような闇に倒れた。

 そしてまたもう一つ。和室で天狗におそわれたことも覚えている。けれどそれ以外は。それ以外は…以外は…


「ワスレタ」


思い…出せない…11月22日の朝も、それ以前のことも、天狗に襲われてからのことも…一切…

そもそも僕の家族の顔も…わからない。


「ワスレタンダ。シカタナイコトダッタ。」


僕自身の自分の顔すら…思い出せない…


僕が誰だったか。何をしていたのか。ここが何処なのかさえ。


「8月8日?なんで8月。誰か教えて。」


嘆きにも似ず、叫びでも無い、どちらかといえば切実な祈り。ただしその祈りを聞くものはいない。ただその言葉は見知らぬ教室を飛び交って再び僕の口を伝って喉へ戻るのみ。声に出しているのに、ただの独白。教室には誰もいない。

 陸上部の掛け声は僕に届いても僕の声が陸上部に届くことはない。吹奏楽部もいなければ一般生徒もいない。先生も見当たらない。おそらく夏休み真っ盛りの教室で、太陽が沈みかけた夕方で、一人机に頭を沈み込ませているだけ。だから僕を見る観測者はいない。


「どうして…僕は一体…教えてくれ、誰でもいいから。なんでもいいから。教えてくれよ…」


 __対話失敗__環境最悪__テレポート成功


「俺。泣くなよ。起き上がれよ。早く立ち上がれよ俺。」


僕が口に出したのではない。誰かが僕に話しかけ、それが僕の耳に届いたのだ。言われた通りにまず起き上がる。椅子を使って状態を起こす。制服を着ていたこの体はゆっくりと持ち上がった。沈んでいた顔も今だけは上げられた。その見上げた顔についた二つの目には一柱の影が見えていた。そう影だけが見えていた。


「よぉ。おそらく俺とお前は、はじめましてだな。なあお前さん。今までのこと知りたいか?」


影は声を出して僕に言った。影は影。そのまま。本体がいない。それはなぜ?


「俺は影でしかこの世界に顕現できない。でもそれは仕方のないこと。ここは少し容量が少ない世界でな。いわば妖怪に捨てられた世界だよ。」


その影は続けて言う。


「俺はお前の未来だ。厳密にはお前の裏。だから影。未来で俺は生まれた。お前から。お前からすると俺はなんでも知っている未来人というところか。」


窓から見えていた太陽は徐々に傾いていく。だんだん暗く、赤く染められていく教室で僕はこう返した。


「僕の未来の姿か。信じていいのか。」


影は応える。

「今まで意味不明で荒唐無稽な出来事を急激にそして大量に体験してきたはずだお前は。やむを得ない。だから信じることを強要しない。けれど俺は俺を信じてる。今から話すことは俺の過去だ。お前さんの過去ではないかもしれない。けれど俺が体験した過去だ。聞きたいか?」



「ん…?お前の過去なら俺の過去では。でもまあ…聞かせてくれ。」


「まずお前が感じたであろう、時空間同時転移と記憶の欠如について話そう。」


窓から見えていた太陽はようやく完全に沈み切った。

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