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偏差値71の妖怪怪異譚  作者: 白背 四枚馬
語り手は僕。故に物語は決して決して始まらない。
2/61

目を覚ますとそこには絶望という名の和室が広がっていた

 忘れることもないだろう。忘れることはできないだろう、一生。生涯をかけて。僕は償わなければいけない。この僕は。すでに僕の一生も生涯も内容ごと書き換えられたのだから、償うのが自然であろう。



 秋と冬の中間、11月22日。曖昧な季節。曖昧な人物像。僕はただ住宅街に囲まれた通学路での学校の帰りと言うごくごく一般的で特に後述するべきでもないシーンで、僕の生命はその命ごと入れ替えられた。

 つまり僕はあそこで世界のどこにいるどんな経験をしてきた人間ですら誰も信じることはできない事件という大事件に遭遇した。社会的大事件ではない。そもそも被害者は誰もいない。けれど僕にとってそれは僕が知っている事件事故の中で最も大事件である事に変わりはない。大事件があった日。11月22日。その日は僕にとっての災厄であり最悪であり物語の出入り口でもあった。ところで今は…今は何日だ。そもそも僕はどこにいてこんなことを思い出しているのだ。


 思考がおさまる。意識が定着する。寝起きのサイクルなのかそれとも何か大事な前触れであろうか。混乱している。なんていったってあの大事件の後の直近の続きなのだ。少し話が長くなるかもしれない。


 けれど僕は長い話が嫌いなはずだから話を変える。いや結果的に続いたままだろうか。けれど、時間は変わる。直近といっても記憶を辿るとおそらく意識が途切れていたのであろうとしか僕には思えないが思い出せる直前の記憶を引っ張り出す。11月22日。カレンダーにはそう書いてあったはずだ。僕は暗闇でうずくまって落下した。男と女二人の声を聞いていたら勝手に地面が揺れて。僕の独り言披露宴は中止させられとことん倒れ続けさせられた。そこからの記憶は…それからは…どうだったっけ…


起きた。やっと起きた。だからまず目を開けた。

僕は仰向けで寝ていたようだった。睡眠状態から再起した脳。思考だけでなくちゃんと現実に戻ったよう。体の感覚も視界も良好。けれど時間感覚というか記憶のつながりがおかしい。暗闇に落ちてからの記憶。寝る前の記憶。消されたのか。意識が鼻からなかったのか。とりあえず僕の眼球は古びた電球がチカチカと小汚い和室を照らしている胡散臭い現実味のある空間を目の当たりにした。小汚いタンスに汚れたシーツ。どこか気持ちが悪い。なぜならこの空間が僕の部屋であったことが一度もないからだ。そう、知らない部屋であった。


 とりあえず何もすることがない。誰もいないのだ。誰も来ないのだ。不安だ。怖い。何が起きているのか、何が起きたのか。意識だけが持ち出されて空間も時間も切り離された檻に繋がれた気分。とりあえず吐き気がするほどには気持ちの悪い状況だった。だからまず思いだそう。あの日のこと大事件のことを。


暗闇でうずくまって、いやそもそも帰り道であった。寒い時期。制服の上に防寒着忘れずに、そんな用意周到で冬の寒気からから己のみを守ろうとした服装で、歩いていたはず。帰路についていたはずであった。どこに帰ろうとしていたのだ。僕は…

「アレ…?オモイダセナイ」

 お前は怪異譚を歌えるか…あの声が僕の脳の中を反芻する。しかし決して僕はそれを口にしない。だから、この空間にその言葉は届かないけれど、僕の脳で何十周も循環しているその言葉は僕の脳を支配する。そう昨日のあの男の最初のセリフである。お前は怪異譚を歌えるか、だ。


「カイイタン…?オニハ、ダマレ」


 そもそも僕が大事件と名付けたあの騒動は一体何だったのであろう。そもそも真っ暗で何も見えなかったし。それて、この部屋の外は一体全体どこに繋がっているのだろう。そもそもいつの時代だ。何を僕はされたんだ。あのおそらく男と女からどんな被害を被ったんだこの僕は。話が進まない。進まないのは僕が無知だから。故に不安は加速する。疑問だけが先走りする。怖い。恐怖。恐れ。そんな僕を現実に戻す声を聞く。聞かされた。聞こえた。渋い低音で、それは確かに小さくても低くてもはっきりと真実明快に鼓膜に響いた。


「死んだ。息子が殺された。あいつに。」


 人の声か。俺は人里に匿ってもらっていたのだろうか。ひとまず安堵する。


「犯人を。殺人犯を。そうだ、和室に休ませていた人間を殺せ。あいつが鬼だから。」


 和室?殺せ?僕のことか?戸が開かれる。引き戸。施錠はなし。すぐに開く。僕はただただ布団に潜ったまま。充血した天狗達が入ってくる、この部屋に。全身が硬直する。喉は痙攣する。耳は耳鳴りを起こす。僕は動けない。


「この世界から数多の絶望を引き受けて、等しく往ね。この神の皮をかぶった妖怪が。」

 

 一柱の天狗に。法衣を着て黒い翼を背負った巨大な天狗に僕は下駄で蹴られたみたいだ。体が跳ねた。壁という壁にぶつかる。ぶつかった。壁は凹んで僕はずり落ちる。床に体は沈んだ。足音は近づいてくる。もう一発、蹴るのか?こいつは。


 僕は一体何をした。僕が何をしたんだ。


(払へ給へ。清め給へ。神ながら守り給へ幸い給へ。)

祈りが、天狗のものではないその祝詞言葉が僕の耳に届いた。体が浮いて、命の息吹を取り戻した。そんな感触を確かに俺様は感じた。

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