第34章：竜の神格
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戦いの後の静けさは、むしろ戦闘中の喧騒よりも耳に響いた。
夕日がゆっくりと地平線に沈み、空が橙と紫に染まっていく中、王とその仲間たちは、まだ煙を上げる戦場の廃墟を歩いていた。地面は裂け目や焦げ跡で覆われていたが、竜の姿は…もうどこにもなかった。咆哮も影もなく、ただ静寂が広がっていた。
「…全部終わったようだな」と武田がつぶやき、破壊された大地を見渡した。
アルバートは体を伸ばし、空を見上げて息を吐いた。「それにしても、味方に犠牲者が一人も出ていないとは…奇跡だな。」
「奇跡じゃないよ。あの子のおかげだよ」とユリコが静かに言った。「タツヤ…あの子は本当に特別だ。」
王は無言でうなずいた。まるで、あの少年が解き放ったあの巨大な光の柱の残像をまだ心に描いているようだった。
「まったく…あの力は常識を超えていた。未だに信じられん。」
「まあ、俺の訓練のおかげってことにしとこうか？」とアルバートが軽く笑いながら冗談を言った。
「はいはい、自惚れないようにね」と武田が笑いながら返す。
だが、笑い声が止んだのはすぐだった。
王国への帰路、空の色が急速に変わっていくのに誰もが気づいた。それは単なる夕暮れではなかった。あまりにも突然で、どこか不自然だった。
「待って…なんでこんなに急に暗く…？」とユリコが不安そうに言ったその瞬間、巨大な影が彼らの頭上を覆った。
空を揺るがすような翼の音。暗い紫色の鱗に覆われた巨大な竜が、地上に向かって降りてきた。目は燃えるように輝き、息をするたびに大地が震えた。
それは、ただの竜ではなかった。
「…あれは！」武田が反射的に剣を抜いた。
王は手を挙げ、全員の動きを止めた。
「動くな。誰も動くんじゃない。」
全員が息を呑んだ。
「あの存在は…竜の神だ。今回の襲撃を仕掛けた張本人。たとえ攻撃しても、奴にはかすり傷一つ与えられん。我々の力を遥かに超えている。」
兵たちの身体が震えた。「じゃあ…どうすればいいんですか？！」と一人の騎士が叫んだ。
「お前たちは逃げろ。家族の元へ戻れ。お前たちの命を守ることが先決だ。ここは我々が引き受ける。」
「し、しかし陛下…！」
「命令だ。さあ、行け。」
王の厳しい声に、兵たちは渋々従い、次々と森の奥へ姿を消していった。
その場に残ったのは四人だけだった。王、アルバート、武田、そしてユリコ。
四人は背中合わせに輪を作り、武器を構えた。彼らの目に宿るのは、覚悟だった。これは戦いではない。――犠牲だ。
そして―― 予想外のことが起きた。
巨大な竜が空から急降下し、風と塵を巻き上げながら地面に降り立った。大地が震え、石が跳ね、心臓が大きく打った。
だが、攻撃はしてこなかった。それどころか――話しかけてきた。その声は深く、皮肉めいて、どこか愉快そうだった。
「殺す？アハハ…そんなに残酷そうに見えるか？」
四人は唖然としたまま固まった。
「ま、まさか…喋った…？」アルバートが呆然とつぶやいた。
「当然だろう。神だぞ？ガオーって吠えるだけの存在だと思ったか？」と竜は翼をたたみながら笑った。
王が一歩前に出て、静かに剣を抜いた。「ならば聞こう、神よ。お前の望みは何だ？」
竜は首を傾げた。「別に大したことじゃない。ただ…少しの平穏が欲しかっただけだ。安全な国を探していてな。その安全性を確かめるために、少しばかり兵を送ってみたのだ。」
「少し！？百体以上送り込んだくせに！」武田が叫んだ。
「細かいことは気にするな。ただ、お前たちが強いかどうかを見たかっただけだ。」
「こっちは瀕死だぞ…」
「それでも、お前たちは見事だった。特に…あの少年。あれは面白い存在だ。」
王は眉をひそめた。「それで今度は、何を望む？まさか、受け入れてくれと言うのか？」
「その通り。だが、この姿では少々不都合があるかもしれないな。」
竜の身体が紫の光に包まれた。まばゆい光が全てを覆い尽くし――
光が消えた時、そこにいたのは一人の青年だった。
透き通るような肌。薄紫の乱れた髪。シンプルなタンクトップと破れたズボンを身に着け、どこか気の抜けた笑みを浮かべていた。
「よろしくな」と彼は言いながら手を後ろに組んだ。「今日から…お前たちと一緒に暮らすよ。」
沈黙が、まるで霧のように辺りを包んだ。誰も口を開かず、誰一人として動こうとはしなかった。
ついさっきまで神々しい気配を纏い、空を舞っていた巨大な竜は、今や目の前に一人の少年の姿で立っていた。
最初にその呪縛のような静けさを破ったのは、王だった。 ゆっくりと一歩前に出ると、少年を頭の先からつま先まで見つめながら、驚きと敬意が入り混じった声でつぶやいた。
「お…お前、ずいぶん若く見えるな…」
元竜の少年はくすりと笑い、頭の後ろに手を回した。
「いや〜、お褒めにあずかり光栄です。人間の姿ってのは、見た目にも得するものなんですよ。」
そう言って一息おくと、彼は軽く首をかしげた。
「とはいえ…私はすでに872歳です。」
その言葉に、一同は凍りついたように沈黙した。
「は、八百…な、何だって？！」アルバートが目を見開きながら叫んだ。
少年はまばたきをし、不思議そうな表情を浮かべた。
「え？何か変かな？僕らの種族じゃ、それくらいでようやく成人なんだよ。」
「い、いや…べ、別に…」ユリコは伝説そのものを前にしたかのような目で、言葉を濁した。まあ、実際に伝説の存在ではあったのだが。
少年はのびをしながら、まるで先ほどまでの戦争や混乱が、ただの退屈な出来事だったかのようにあくびをした。
「さて、と。そろそろ王都に戻ろうか？早く住民たちとも会ってみたいなぁ。あれだけ僕の分身と戦えたんだ、きっと面白い人たちばかりだろうね。」
武田が眉をひそめた。「本気で…俺たちと一緒に暮らすつもりか？」
「もちろん。少しの間だけでもいい。静かな場所が必要なんだよ。この国なら…まあ、合格点かな。」
彼の笑顔は柔らかかったが、その瞳には計り知れない深さがあった。
それは善悪を超えた、神そのものの眼差しだった。
王は未だに現実を受け入れきれずにいたが、ゆっくりと頷いた。
「…では、共に帰ろう。」
まるで夢の中を歩くように、彼らは歩き出した。解放されたばかりの大地に、彼らの足音だけが静かに響いていた。
一国を治める王。彼を支える忠義の仲間たち。そして――竜の神。
伝説の存在。軍を一振りで滅ぼす力を持つ者。今、その神が裸足で、口笛を吹きながら、まるで何事もなかったかのように、彼らの隣を歩いていた。
旅路に、新たな仲間が加わった。それは、善かれ悪しかれ――すべてを変えてしまう存在だった。
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