第31章：進軍する竜たち
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ヴェラミール王国の屋根を優しく撫でる風のように、時間は穏やかに流れていた。
タツヤとカー家の家族がこの王国に定住してからというもの、日々はまるで新しい色彩に満ちているようだった。かつての緊張や痛み、不安は遠い過去のものとなり、シルナも――彼女なりに――新しい生活に馴染んでいるようだった。
その午後、空は澄み渡り、陽光が庭園の緑に反射してまるで絵画のような美しさを醸し出していた。空気には花の香りが漂い、小鳥たちのさえずりは、草むらを駆け回る三人の子どもたちの笑い声と混ざり合っていた。
「セリス、僕は捕まらないよーっ！」タツヤは小さな木々の間を駆け抜け、笑い声を響かせた。
「待ってよー！絶対捕まえるんだからっ！」セリスが元気に返す。髪に結んだリボンが、彼女の動きに合わせて揺れていた。
「ちょっと！私もいるんだけどっ！」少し後ろから、シルナが口を尖らせて追いかけてくる。その目は、競争心に輝いていた。
三人の声は風に乗って広がり、王城の庭園に命を吹き込んでいた。少し離れたベンチでは、ユリコとアルバート、そして王が静かに談笑していた。どの顔にも、子どもたちを見つめる優しい眼差しが浮かんでいた。
やがて、タツヤが立ち止まり、腰に手を当てて大声で提案した。
「ねえ、かくれんぼしない？」
「かくれんぼ…？何それ？」セリスが小首をかしげる。
「えっ！？知らないの！？すごく楽しい遊びだよ！」タツヤは驚きながらも、楽しげに説明を始めた。
「一人がハンターとなり、残りの二人は隠れる。ハンターが全員を見つければ勝ち。しかし、1人でも『安全な場所』にたどり着いたら、隠れた者の勝ちだ！」。
「わぁ〜面白そうっ！」セリスがぱちぱちと手を叩く。
シルナも、興味がないフリをしながら小さくうなずいた。
「まぁ…一回だけなら、いいわよ。」
「よし、それなら私が最初に探そう！安全な場所は...城門だ！」。
「了解っ！」
「じゃあ、20秒あげるから、隠れてきて！」
セリスとシルナは笑いながら走り出し、タツヤは木の影に顔を伏せて数え始めた。
「17...18...19...20 行くぞ」
勢いよく駆け出す。目は鋭く輝き、体はすでにゲームに夢中だった。
王城の庭園は広く、植え込みや彫像、花車など、隠れる場所には事欠かない。
数歩進んだところで、茂みの間から気配を感じた。
「…セリス？」
城門のすぐ近く、小さな茂みの陰から、金髪の頭がひょこりと覗いた。
「あははっ、見つかっちゃった～！」
「セリス…さすがに近すぎだよ、セーフ地点のすぐそばだったじゃん！」
タツヤは笑いながら彼女に近づいた。
「だって…最後に飛び出して勝とうと思ったのに～！」
「作戦失敗だね！あとはシルナだけか…」
セリスがぴょんと跳ねる。
「一緒に探そっか！」
「え？いいの？…まぁ、たまにはアリかな！」
二人は茂みの中を探し、彫像の後ろを覗き、古びた花車の影まで確認した。10分、15分…それでもシルナは見つからない。
「おかしいな…」 セリスが足を止め、眉をひそめる。
「一体どこに隠れてるんだろう…」
タツヤは周囲を見渡した。目は真剣そのものだったが、シルナの姿は影も形もなかった。
まるで…最初から存在しなかったかのように。
胸の奥に、かすかな不安が芽生えた。
――シルナ、どこに行ったんだ？
夕暮れどき、ヴェラミール王国の屋根は穏やかなオレンジ色に染まり始めていた。庭園はさっきまでの子どもたちの笑い声で溢れていたが、いまや静寂が支配していた。
タツヤとセリスは歩みを揃え、城門へと向かっていた。地面を見つめ、時折ため息をつく二人。
「うーん…本当に消えちゃったのかな…」とタツヤが腕を組んでつぶやく。
セリスも肩をすくめながら頷いた。「探したけど、まるでそこにいなかったみたい…どこへ行ったんだろう？」
その瞬間、大きな声が響いた。
「タツヤ！ セリス！」ユリコやアルバート、そして王の声が、突然聞こえてきた。三人が慌てて駆け寄ってくる。目の奥には、明らかな緊張が宿っていた。
「準備してくれ！」と王が息を切らしながら言葉を続ける。「大変な事態だ。大地の竜が百匹近く、王国へ向かっている！」
「えっ、本当？」とセリスの目が見開いた。
「そんなに…？」とタツヤも息を飲む。
アルバートは頷きながら眉間にしわを寄せた。「彼らの住処が壊されたらしい。怒りが収まらないんだろう。」
タツヤがワッと声を上げた。「待って、シルナはどうなったの？」
ユリコが少し微笑みながら答える。「シルナはもう準備してるわ。危機を察して、自分で動いたから。」
ふたりは胸を撫でおろし、深く頷いた。
「じゃあ、君たちの出番だ。」王の声が再び響く。
「了解しました！」と二人は声を合わせた。
数分後、城門が重々しく開き、夕陽とともに鮮やかな外の景色が飛び込んできた。長い隊列が整い、鎧の兵、魔導師、騎士たちが列をなしていた。その中央にいるのは、タツヤ、セリス、そしてシルナだった。
「全員集まってる？」隊列の中にいる声が響いた。
「うん。カエルスはまだだけど、兵と比べればこれで十分だよね。」
「よし。」王が風にたなびくマントを押さえながら一歩前へ。「いざ、行こう。」
タツヤは誕生日に贈られた剣をしっかり握り締めていた。指先に力がこもるが、不安はない。
彼の成長と覚悟の証だ。
シルナは静かに自分の刀を抜き、遠くを見つめたままだ。
セリスは脇に立ち、緑色の魔球を持っている。剣は持たないが、その瞳には確かな決意が光っていた。
三人は行進を始めた。枯れた丘を越え、荒れた道を進む。
そして──視界が広がった。
目の前に立ちはだかるのは、一群の巨大な竜たち。 二体は燃える鱗と炎に包まれた“火の竜”。 一体は翼が風そのもののように舞う“風の竜”。 二体は水の輝きを帯びた“水の竜”。
「分担しよう！」と誰かが叫んだ。「各隊で一体ずつ倒すんだ！」
整然と隊列が分かれていく中、タツヤは火の竜の前面へ引き出された。迫り来る灼熱を感じながら、彼は息を整えた。
──今がその時だ。俺が訓練してきた日々は、すべてこの瞬間のためにあった。
彼は前を見据え、一歩を踏み出す。
「……いくぞ！」
剣が陽光を受けて輝き、反らせた体勢からの一閃。竜が咆哮し、炎の幕が割れるように揺れる。
ギシャッ！
刃が風を切り、竜の動きが止まった。そして──竜は膝をつき、静かに崩れ落ちる。
戦場に一瞬の静寂が訪れた。「すごい……一撃で倒したぞ？」と、兵たちが驚きの声を上げる。
「カエルスしかできなかったのに……」別の者が呟いた。
タツヤは剣を下ろし、頬を火照らせながら一息。「この剣、すごいな……」
しかし胸の奥で、彼は気づいていた。剣だけじゃない。自分自身が変わったことを――。
遠くを見ると、セリスもシルナも各々の竜を打ち倒していた。
三人は気づかず笑顔を交わす。
「早かったね！ 楽しすぎた！」とタツヤが笑えば、
「私たちも終わった！」とセリスが手を挙げる。
その瞬間、風と光と魔力が一斉に爆発し、五体の竜が一気に倒れた。
「簡単すぎたかな？」と誰かが呟く。
しかし、予兆もなく──地面が振動し始めた。左右から、前方から。砂塵を巻き上げて、竜の影が襲い来る。
数え切れないほどの――上陸軍が迫っている。タツヤは剣の柄を握り直した。
──戦いは、まだはじまったばかりだ。
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