第19章: 王国への帰還
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森の静けさは、裸の枝をすり抜ける冷たい風の音だけに破られていた。タツヤ は地面に座り込み、膝を抱え込むようにして震えていた。目は見開かれ、潤んだ瞳が不安げに闇を彷徨っている。枝がきしむ音、葉が揺れる音――すべてが脅威に思えた。怖かった。それでも…耐えなければならなかった。
歯を食いしばり、地面を拳で叩く。「…前に進まなきゃ」その声はかすれ、弱く震えていた。
ふらつきながら立ち上がる。目の前には、城へと続く長く暗い道が伸びていた。
一歩一歩が、肌を刺すような冷気との戦いだった。破れた服では寒さ 防ぎきれず、歯がカチカチと鳴る。それでも、彼は歩き続けた。止まるわけにはいかなかった。
――その時、蹄の音が静寂を切り裂いた。
タツヤは体を強張らせ、胸の鼓動が早まる。
「だ、誰かいるのか！？」風にかき消されそうな声で叫ぶ。
木々の間から一人の騎士が馬に乗って現れた。そのマントは冷たい空気に優雅に揺れていた。
「君は…タツヤだな？」優しい声でそう言いながら、騎士は馬から降りた。
「君の勇気が命を救った。迎えに来たんだ。」
その言葉に、タツヤの緊張は一気に解けた。肩を落とし、安堵の息をつく。ゆっくりと馬に乗り込み、帰路についた。
道中、騎士が口を開く。「セリスはちょうど間に合ったよ。お前のことを心配して、すぐに知らせてくれたんだ。」
タツヤは静かに聞きながら、うつむいて微笑んだ。「そうか…ちゃんとお礼を言わなきゃな。」
城の姿が徐々に近づいてくる。空にそびえる塔は、不思議と懐かしく、温かく思えた。
門をくぐった瞬間、タツヤは馬から降り、一直線に医務室へと駆け出す。その場所はもう何度も訪れていた――道に迷うことはない。扉を迷いなく開いた。
中に広がった光景は、胸に雷のような衝撃を与えた。王、タケダ、二人の看護師、そしてセリス――皆が一つのベッドの周りに集まっていた。
そのベッドには、包帯で覆われたカエルス が横たわっていた。
扉の音に皆が振り返る。セリスが真っ先に反応した。目が見開かれ、彼女は言葉よりも早くタツヤへ駆け寄った。
「タツヤっ！」叫ぶと同時に彼を抱きしめた。「本当に生きてたんだ…心配で…たまらなかったのに…！」
タツヤはしばらくそのまま動けなかった。だがやがて、そっと目を閉じてその抱擁に応える。涙が、静かに頬を伝った。
「セリス…ありがとう。本当に…ありがとう。大好きだよ…」
その言葉は、そっと彼女の腕の中に溶けていった。その瞬間だけは――痛みも、悲しみもなかった。そこにあったのは、感謝と温もり。そして光だけだった。
抱擁は、まるで冬の終わりに溶けていく雪のように、ゆっくりと解けていった。
タツヤ とセリス は、しばし互いの目を見つめ合い、やがて少女はゆっくりとベッドへと視線を戻した。
「カエルス は…安定してるみたい…」包帯に包まれた身体を見つめながら、彼女は小さく呟いた。「傷は深いけど…助かった。間に合ったんだよ。」
タツヤは俯いた。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられるようだった。命を救った――自分たちが。今まで何もできないと思っていた自分が。あの声。自分を惑わせ、恐怖を与えてきた声が、今回は…希望を与えてくれた。もしかしたら、全部が無駄じゃなかったのかもしれない。
「う…嬉しい…」震える声で、そう口にした。「カエルスが早く元気になりますように…」
その時、王 が静かに近づいてきた。 「タツヤ…」
その声は厳しさではなく、力強さに満ちていた。「君が…いや、君たち二人がしたことは、立派だった。英雄的な行動だ。だが、次は…私に相談してくれ。いいな？」
タツヤは小さく頷いた。視線は床に落ちたまま。「…はい、ごめんなさい。」
セリスが再び彼のそばに来て、心配そうに額に手を当てた。「大丈夫？ なんだか様子が変よ…」
だが、タツヤは返事をしなかった。彼の瞳は…ゆっくりと閉じられていく。
「タ、タツヤ！？ ねぇ、返事してよ！」セリスの声は震え、恐怖に満ちていた。
次の瞬間、彼の身体は彼女の腕の中に崩れ落ちた。セリスは慌てて彼を抱きとめ、その頬にはすぐに涙が流れ出した。
「お願い…話して…お願いだから…置いていかないで…！」
王と看護師の一人がすぐに駆け寄ってきた。王はそっとセリスの肩に手を置き、優しく語りかけた。
「安心しなさい。彼はまだ息をしている。冷えと疲労、そして極限の緊張――限界を超えていたんだ。今はただ、休ませてあげよう。」
タツヤはカエルスの隣のベッドへと運ばれた。セリスはその場に立ち尽くし、手を胸元で握りしめていた。
「…本当に、回復するんでしょうか…」その声はか細く、壊れそうだった。
王は彼女の頭に手を乗せ、穏やかに微笑んだ。「大丈夫。必ず元気になる。そして、きっと…今よりも強くなって戻ってくるさ。」
セリスは静かに頷いたが、心の奥にはまだ罪悪感が残っていた。「…置いてくるべきじゃなかった。ひとりで、あんな寒いところに…ごめんね、タツヤ…」
それは彼女が自分に向けた懺悔。誰にも聞かれたくない、けれど聞いてほしい声。
――その時だった。微かに、しかし確かに聞こえた。「…だ、だいじょうぶ…セリス…キミのせいじゃないよ…」
セリスは目を見開いた。「…タツヤ！？」
彼はまだ横たわったまま、目はほとんど閉じられていたが――たしかに、話した。言葉を紡いだ。
セリスはもう我慢できなかった。ベッドのそばに身を寄せ、彼の手をしっかりと握りしめた。
「ありがとう…本当に…ありがとう…」
そしてその時、彼女の胸に重くのしかかっていた想いが、少しだけ…軽くなった気がした。
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