第16章: 最後の抵抗
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煙がゆっくりと晴れ、まるで壊れた舞台の幕が上がるかのようだった。剣を握りしめたまま、カエルスゆっくりと立ち上がる。疲労で足元は揺らいでいるが、その瞳には揺るがぬ意志が宿っていた。
戦場の中央には、大きな穴。その底に、不死と思える男が横たわっている。
赤髪の男は再び息を吹き返し、傷がゆっくりと癒えていく。流れたはずの血さえ、まるで最初から存在しなかったかのように戻っていく。
カエルス無言で彼を見据え、足元の大地を踏み締めながら息を整える。
彼の身体は限界に近く、体力は瀕死の状態だった。
それでも、その眼差しは揺るがない。
赤髪の男がゆっくりと頭を傾け、嘲るかのように笑う。
「いったい何度言えばわかる、マスター？俺は死なない。無駄な抵抗だ」その声は甘く、まるで茶番の幕間劇を楽しむかのようだった。
カエルス深い息を吸い込み、声を発した。それは自分のためではない、自分が守ろうとしているすべてのための言葉だった。
「そんなことを言うのはあんただ。永遠なんて幻想だ。お前にも――弱点はある。そのときが来れば、誰と同じように、死ぬだろう。」
赤髪の男は拍手しながら笑い続ける。「実に素晴らしいな。まるで悲劇の英雄の台詞みたいだ。…そうだ、確かに弱点はあるさ。でもな、誰にも辿り着けない場所に――だから俺は絶対に負けない！」
彼はゆっくりと手を掲げ、その手のひらには緋色の光が揺らめき始める。
鼓動のように脈打つ無秩序なエネルギーだった。
「この一撃で、マスター・剣士を永久に眠らせてやる。認めよう――お前は俺が思ったより粘り強かった。でも、もう時期は来たんだ。お前など…俺の前では、小物でしかない。」
カエルス重心を定め、凛と立つ。それは彼が誓った王国を守るために最後の盾となる覚悟そのものだった。
「違う…お前が俺を甘く見ている。俺は不死ではない。だが、その代わりに――もっと強大な敵にも立ち向かってきた。それでも俺はここにいる。」
紫髪が軽く風に揺れる。彼の声には、涙と血、そして失ったものすべてが込められていた。
「俺はこの称号を、血と苦痛と喪失で得た。俺の傷はすべて――もう戦えない誰かへの誓いだ。お前は…影に過ぎない。勝利に酔った偽物、無力な怪物だ！」
その言葉が、赤髪の男の顔を歪ませる。「黙れ！お前の過去なんてどうでもいい！重要なのは――お前は…今――“死ぬ”ということだ！！」
彼の咆哮が大気を揺らし、緋色の魔力が拳から炸裂する。まるで破壊神の咆哮のように、無数の衝撃波がフィールドをえぐり取る。
地は裂け、空気は燃え、世界が震える。
それでもカエルス一歩も退かずに踏みとどまった。
視線は前方。その姿は揺るがず、毅然としていた。
王国と人々を守る――最後の砦。
彼は立っていた。
その爆発音は、国の城壁の中にまで響き渡った。セリスとタツヤは顔を上げ、息を呑んで立ち止まった。
空には一本の光柱がまっすぐに伸びていた。まるで神剣のように。しかしそれは救いではなく、痛みをもたらす光だった。
セリスの顔が青ざめる。「カ、カエルス…」
膝から崩れ落ち、涙が止めどなく頬を伝った。「カエルス！！ カエルス！！ 死なないで！お願い！」
胸をたたきながら叫ぶセリス。タツヤは呆然と見つめるしかなかった。どうすればいいかわからない。全てが重すぎた。
だが、彼女が絶望の中へ沈んでいく姿を見て、タツヤの中で何かが動き出した。そっと手を伸ばし、彼女の頭を抱えて、自分の胸に引き寄せる。震える髪を撫で、胸がぎゅっと締めつけられた。
「きっと、カエルスは大丈夫だよ…」囁く声は震えていたが、確信を込めていた。
しかし、セリスは首を横に振る。涙と拳は止まらない。「そんなの嘘…カエルスだって不死身じゃない！彼は…辛い思いをしてきたんだ…そして、こんな風に…」
身体を抱きしめ、嵐のような心の中にしがみついていた。「不公平だ…卑怯だ…あの化け物…！」
タツヤは目を閉じ、涙をこらえた。声には出さず、彼女の苦しみに寄り添うしかなかった。
その時、王国の大門が金属音を響かせて開いた。王とタケダ、数人の騎士が駆け込んでくる。戦いを覚悟している彼らの空気が、現場の緊張をさらに強めた。
「セリス！タツヤ！」王が心配そうに声をかける。
騎士たちは即座に防御の構えを取る。
王はセリスに優しく手を伸ばし、その頭を撫でながら尋ねる。
しかし彼女は言葉を失ったまま、タツヤにしがみつくように震えている。
泣き声の合間から、タツヤがふるえる声で口を開いた。「み…みんな、騎士たちが…死んだ。で…カエルスも…」
王の眉が深く刺さる。タケダがすぐに近づく。「な…何て…カエルスも…？」
タツヤはゆっくり頷いた。
「あの化け物…不死身なんだ。カエルスが俺たちを逃した。彼は一人残って、それでも…俺たちを守ろうとしてくれたんだ。」
そして、声が崩れた。声にならない叫びが、身体を震わせた。王は深呼吸し、静かに口を開く。「我々は…彼を助けに行けない。」
セリスの身体が強ばり、振り返る。「な…ぜ？」
王は少し間を置いてから、重く言葉を選ぶ。「カエルスこそが、我々の中で最強だったのだ。もし彼が倒されるような相手なら…他の誰にも無理なのだ。」
タツヤは拳を握りしめ、悲しみと怒りに目を潤ませた。「何ですって？！三対一じゃないですか！陛下もタケダさんも強いはずだ！」
王はゆっくりと頭を振った。「タツヤ…お前にはわからぬ。カエルスはただの強者ではなかった。彼は最強だった。我々二人が束になっても、力の半分にも及ばない。もし彼が敗れたのなら…我らには為す術はないのだ。」
その言葉は鋼のように重い。
セリスは顔を覆い、タツヤは視線を落とした。「お、おかしい…」ぽつり。
王はタツヤの肩に手を乗せ、優しく促す。
「戻りなさい。国へ入れ。国境に見張りを立てよう。あの者が現れたら…すぐに報告があるだろう。」
もはや、反論の余地はなかった。二人は泣きながら、沈黙の重い足取りで城へと戻っていく。
空は鉛色に曇ったままだった。まるで、世界自身が…カエルスを嘆いているかのように。
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