第15章: 恐怖の重み
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かすかに揺れる木漏れ日の中、葉は運命の重みを知らぬままそよぎ、王国の未来を決する戦いを静かに待っていた。
カエルス（Kael）は一歩前へ進み、その視線は赤い髪の男に一点で注がれていた。木々の隙間から差す光が彼の姿を荘厳な影として映し出す。
――「王国を守るために…そして民を守るために…自らの命さえ惜しまず差し出そう。」
その言葉は静謐な覚悟とともに放たれ、赤髪の男の頬に、満足げな微笑が浮かんだ。彼の肩には、黒い兎が優雅に佇む。
――「聞いたかい、坊や？」――と彼はささやくような声で語りかけた。その響きは不気味な愛情に満ちていた。――「騎士というものは、命を捧げるものらしいね。詩的で素敵だ。」
そして手招きひとつで、兎は木々の陰へと消えていった。――「さあ、休みにおいで……このつまらない玩具は、もう私が相手になるよ。」
その笑い声は、森に呪詛のように深く響いた。
カエルスは一瞬の迷いも見せず、身構えた。その兎という障害が消えた今、彼の視線は赤髪の男だけへ集中する。まるで、戦いの準備が整ったように。
そして、雷のような速さで彼は消え、数瞬後には敵の目前に現れた。
刃が放たれる。最初の一閃。
しかし、相手も油断していなかった。軽やかに身をかわし、代わりに鋭い一撃をカエルスの脇腹に叩き込む──突如、彼の背を無慈悲に切り裂く血が噴き出した。
――「うっ…！」――カエルスはひるんだ、だが倒れはしない。彼の瞳はなおも燃えるような意志でぎらついていた。
やがて、彼は地面に剣を突き立てた。
――「見たか？ この程度の一撃で俺が死ぬとでも思ったのか？」
剣が刺さった地面から、紫色の光が波紋のように拡散していく。漆黒の花が咲くかのように、そこからは次々と飛び出す斬撃の波動。
数え切れぬ光の刃が、赤髪の男へと襲いかかる。
だが彼は笑っていた。軽やかに左右に避け、華麗に身をくねらせて身を翻す。
――「本気かい？ そんな火の雨で俺を怯えさせるつもりかい？」
斬撃の轟きは続く。否、もはや大嵐のように降り注いでいた。
――「いつまでその茶番を続ける？ そろそろ終わりにしなよ」
カエルスは一瞬、ほほえんだ。――「もう疲れたか？ だがな…始まったばかりだぜ？」
赤髪の男は首をかしげるように傾け、落ち着いて返す。――「無礼なやつだな…俺がそんなに殺す価値のない奴隷に見えるのか？」
カエルスは黙って手を動かした。まるで、見えない弦を引くかのように。
――「頼む、本気で言ってるのか？ 俺にはもっと興味深いことがある。」
それはまるで、曲の転調であった。攻撃の旋律は一気に変貌する。
無数の刃が収束し、一つの巨なる波動となった。それは紫色の溶岩の如き圧を帯び、赤髪の男へと突き進む。
彼は避けようとしたが、そのとき――。背後からカエルスが現れた。鬼のような速さで。
一閃。刃が赤髪の敵の胸を突き刺した。鋼が貫いたその軌跡は深く、敵を波動の中へと押し込んでいく。
その瞬間、時が止まったかのように、光が炸裂し、森は一瞬にして蒼く燃え上がった。
カエルス は鈍い音を立てて地面に倒れ込んだ。呼吸は荒く、肺は焼けつくように熱い。握りしめた剣の柄には、まだ彼の意思が残っていた。立ち昇る煙の向こう、見えない敵の気配を感じながら、彼はただ静かに空を見上げた。
──まだ生きている。
だが、それがいつまで続くのかは分からない。ただ一つ、彼にできることは祈ること。あの悪夢のような存在が、今だけでも退いていてくれるように。
一方、セリスとタツヤは必死に走っていた。心臓の鼓動が耳に響き、踏みしめるたびに大地が軋むように思えた。
そして、彼らは立ち止まった。そこに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
戦場の跡──いや、それはまるで地獄そのものだった。
死体。血。すべてが非現実的な静寂に包まれているにもかかわらず、まだ空中に響いているような悲鳴。
倒れた騎士たち。血に染まった甲冑。天を見つめたまま動かぬ目。体を切り裂かれ、引き裂かれ、惨たらしい姿になった彼らを見て、タツヤの足が止まった。
そして、それがあった。傷跡。あの噛み跡、あの傷。誰がやったのか疑う必要はない。
黒ウサギだ。
「これは… うそだ…」足が震え、胃がひっくり返りそうになりながら、タツヤは地面に膝をついた。彼の瞳には、恐怖しか映っていなかった。
「タツヤ、しっかりして！」セリスは彼の手を強く握りしめ、震える声で呼びかけた。
「私たちは行かなきゃ。カエルス のために… 王国のために…！」
彼女は彼を抱きしめ、震える腕でしっかりと支えた。「一緒に行こう… 必ず帰ろう。」
その言葉が、タツヤの心に灯をともした。小さな、けれど確かな光。
「……うん。」
二人は再び走り出した。まるで、二つの心が一つの意志で動いているかのように。
しばらく進むと、風が戦場の臭いを遠ざけた。
そこに見えたのは──馬たちだった。二十頭ほどの馬が、まるで何事もなかったかのように静かに佇んでいた。
「馬たち… 生きてるの？」セリスが信じられないというように呟く。
タツヤは一頭に近づき、そっと手を伸ばした。温もりが、指先に確かに伝わった。「……生かされたのか？」
「今なら… 城へ戻れる。急ごう！」セリスの目に浮かんでいたのは、わずかな希望の光だった。
タツヤは馬にまたがり、セリスも後に乗る。
その背後、遠くに昇る黒煙を見つめながら、セリスは静かに目を閉じた。
「カエルス … 生きていて…」彼女の願いは風に乗り、空へと消えていった。
そして、タツヤは手綱を強く握りしめた。恐怖を抱えながら、それでも心に宿った小さな炎が、未来への決意を灯していた。
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