第13章 — 暗き蘇生
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その朝、空はいつもより澄みわたっていた。だが、誰一人としてその光を楽しむことはできなかった。まるで鎧のきらめきや励ましの笑顔の裏に潜む緊張感が、鋭い匂いとなって空気を満たしていた。
タツヤとセリスは再びそこにいた。夢が示した運命の道を、今まさに歩もうとしていた。ただし今回は、いつもの騎士たちに加えて、堂々とした新たな人物が一人加わっていた。
彼は紫の髪を持ち、長すぎず短すぎず絶妙な長さで揺れていた。その眼差しは鋭く、鍛え抜かれた戦士の風格をまとっていた。彼が二人の子供と目を合わせた瞬間、まっすぐに歩み寄ってきた。
「王から全てを聞いている。今日から君たちの命は私が守る。私はカエルス・エイルサー、王国の剣士長だ。」
その声は、幾多の戦いを潜り抜けてきた者の確信に満ちていた。しかし、タツヤとセリスの顔にはまだ恐れの影が残っていた。特にセリスの瞳は、タツヤが語った「自分が兎に食べられる未来」の記憶から逃れられずにいた。
目的地までの道のりは、静かで重苦しかった。セリスはタツヤの袖をしっかりと握りしめていた。まるで、ほんのひとつの息遣いでも彼が消えてしまいそうで不安だったのだ。タツヤもまた、手綱を強く握りしめていた。自分の中の恐怖に負けたくなかった。
やがて、一行は森の入り口に辿り着いた。そこはまさに、タツヤが夢で見た場所だった。輝く葉、まっすぐ伸びる幹、そして…地面を震わせる微かな空気の流れ。
「この中だ…」タツヤは囁くように言った。「最初に現れるのは、風の竜。そして、その後に…あの男が。」
カエルスは無言で頷き、マントをなびかせて一歩前へ進んだ。「安心しろ。何が待っていようと、君たちを守り抜く。」
タツヤは深く息を吸い込んだ。まるで、大地の鼓動と心臓の鼓動を重ねるように。そして、一行は森の奥へと足を踏み入れた。木々の影が、無音の帳のように彼らを包んだ。
中は静かだった。音が吸い込まれていくかのような不気味な静寂。しかしそれは、嵐の前の静けさにすぎなかった。
――ドォン…ドォン…
大地が震えた。光が揺れ、そして薄れた。その瞬間、子どもたちの呼吸までもが凍った。
「後ろだ。」カエルスの声は静かで、だが張り詰めていた。「動くな。」
タツヤの胸は、破裂しそうなほど高鳴っていた。今すぐにでも、肋骨の檻を破って逃げ出しそうだった。だが―― 何も起こらなかった。
紫の光が空間を駆け抜けた。死神の鎌のように、音もなく。
カエルスは微動だにしなかった。だが、それは彼の剣――いや、彼自身の力がすでに動いていた証だった。
次の瞬間、風の竜は崩れ落ちた。真っ二つに、きれいに。
タツヤはその轟音に耳を塞いだ。倒木の音が森を揺らす中、目を開けたときには、全てが終わっていた。
「カエルス、すごい！」セリスが驚きの声を上げた。
「本当に王国一の剣士だ！」タツヤも感嘆の声をあげた。
だが、カエルスはまだ真剣な顔を崩さなかった。 「まだ終わっていない。本当の敵は…これから現れる。」
その一言に、空気が再び重くなった。
森は静寂に包まれていた。かすかな葉擦れの音だけが、先頭を行くカエルスの歩みを伝える。他の者は一歩下がって、緊張と共に進んでいる。彼の手は剣の柄に添えられ、音もなく脅威を見極めていた。
タツヤとセリスの足取りは重く、森の気配が一層不気味さを纏わせているようだった。葉の一枚一枚が息を潜め、幹はじっとその行く先を見つめている。
――グガガッ。
大地に響く轟音。一本、また一本と、木々が連鎖的に倒れ始めた。
カエルスの鋭い視線が空間を切り裂く。その先には、血のように赤い髪を揺らす男。眉間に歪んだ笑みを浮かべ、紅い影のように浮かぶ――
「お待ちかねだ、諸君。ああ、今日は新たな“おもちゃ”が来たようだ！ウチの黒ウサギが喜ぶぞ」
その言葉に呼応し、黒ウサギが男の肩から滑り降りる。鋭い爪、赤く光る瞳――そして全身には血の痕が残されていた。
カエルスは一切の動揺を見せず、声を震わせずに言った。「お前の“前菜”は終わった。次は――お前たちの番だ」
男の口端が割れる。「そうそう、騎士たちはただの前菜さ。今宵はメインの時間だ」
カエルスがぎりぎりと歯を鳴らし、鞘から刃を抜くと、金属が鳴き声を上げた。
「目的は何だ？なぜ血を求める？」
男はくるりと体を傾けて、言い捨てた。「目的？そんな詰まらないもの……俺は“予定調和”ってやつが大嫌いなだけさ」
カエルスの瞳に暗い炎が灯る。「戯言を抜かすな。理由を吐け、さもなくば――斬る」
男の笑みが影を伴って歪んだ。「そんな怖い顔で言うなよ。まだ何もしてないのに…」
カエルスは剣を構え直し、静かに言い放った。「遊びごとは終わりだ。容赦はしない」
男は今度も笑いを止めなかった。「よしよし、その調子。その前の晩餐でウォームアップ完了だ。さぁ…行くぞ」
指を一振りすると、黒ウサギはタツヤとセリスへと駆け出した。
「セリス、慎重！」
タツヤが叫ぶ。だが次の瞬間、彼らの前に立ったセリスは、「緑風の刃！」と叫ぶと同時に腕で弧を描いた。
蒼い刃が風となって走り、黒ウサギを両断した。その切断音がしたはずなのに――男は感嘆した声をあげた。
「素晴らしい！まさに天才だ、娘よ！」
タツヤは歯を食いしばる。「黙れ、この鬼畜め。セリスに触れるな！」
男は冷たく微笑む。「“虫ケラ”め…お前は価値もない小僧さ」
だが――床に転がったはずの兎が、自ら立ち上がっていく。バラバラだった体が、まるで意志を持つかのように再構成されていった。
「再生してる……」セリスの声が震える。
男が手を上げる。「もう一回だ、ウサギちゃん――行け！」
黒ウサギは再びタツヤへと飛びかかろうとした。セリスは身体が固まり、カエルスもまた僅かな動きすらも許されない空気だった。
「あと一歩でも踏み出せば――娘の命はないぞ」男の声は冷酷そのものだった。
時が止まったかのように、そして――タツヤの胸の奥で、何かが壊れた。
「俺は、――お前を……死なせない！」
どこか古く、どこか知らない記憶の中の声が響いた。
タツヤは両手で頭を抱え込み、声を上げて叫んだ。
――そして、爆発が起きた。
緑色の閃光で森が震え、大地が鳴動する。カエルスはセリスを抱え、咄嗟に後ずさる。
塵が収まり…男はそこに立っていた。初めて笑みを消したまま。
タツヤは地に伏し、傷だらけの身体でも――瞳は閉じずに見開いていた。
そして──黒ウサギの姿もなかった。しかし――そこには、黒い断片が蠢き、再び形を成そうとしていた。
カエルスは息を飲んだ。「……あの力は一体何だ？」
セリスはタツヤの傍へと駆け寄り、両手で円を描く。緑の光が彼を包む。「早く癒さないと…！」
カエルスは再び男を睨んだ。不動の剣を構えながら。「名も知らぬ敵よ。これで逃げ場はない。今こそ、正々堂々、決着をつけよう。」
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