第12章: 傷跡と決断
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数時間後、タツヤの体はようやく落ち着きを取り戻していた。呼吸は穏やかで、額も冷たく、彼を震わせていた緊張も和らいでいた。しかし突然、背中の傷が再び血を流し始めた。
セリスは彼のそばを片時も離れずにいたが、その様子に驚き、ベッドから飛び降りて医者を呼びに走った。
数秒後、医者の女性が部屋に飛び込んできた。彼女は真剣な表情でセリスに王を呼ぶように指示した。
そして作業を始めた。棚から酸っぱい匂いと濃い気配を放つ青い液体の入っ 小瓶を取り出した。瓶の蓋を開けると、かすかな灰色の煙が立ちのぼった。 彼女はスポイトで液体を吸い取り、ベッドへと向かった。
慎重にタツヤの体を仰向けにし、長く深い背中の傷を露わにする。 一滴ずつ、その液体を傷口に垂らしていくと、ジリジリと音 立てながらゆっくりと癒えていった。 最終的に傷は塞がったが、そこには濃い紫色の大きな痕が残った。
医者は安堵の息をつき、疲れた様子でそばの椅子に腰を下ろした。
そのとき、王が部屋に入ってきた。
「彼の容態は？」と王が近づきながら尋ねた。
「大丈夫です。ずっと眠っていて、一度も目を覚ましませんでした」と医者は落ち着いた口調で答えた。
王はタツヤの背中の傷跡を見つめた。 「この傷が原因か…」
医者は静かにうなずいた。
セリスはそっと王に近づき、先ほど起きたことを小さな声で話し始めた。
「彼は目を覚まして…震えていて、すごく怯えていました…うまく言葉も出せなくて……でも私の顔を見た瞬間、すごく強く抱きしめてきて……まるで、何かの化け物を夢に見たみたいでした」
王は目を閉じて深く息を吐いた。そして優しくセリスの頭に手を置いた。 「そばにいてくれてよかった。君はとても勇敢だったね」
セリスは小さくうなずき、控えめに微笑んだ。そのとき、タツヤが体を動かし始めた。
部屋の会話が、彼を目覚めさせたのだった。
彼はゆっくりと目を開け、戸惑った様子で辺りを見回した。そして、自分の手を見つめた後、視線を王に向けた。
「気分はどうだ？」と王が近づいて尋ねた。
「何か夢を見たのか？話せるか？」
タツヤはすぐには答えなかった。目線を落とし、やがてゆっくりとうなずいた。
王はそばの椅子に腰を下ろし、落ち着いた口調で言った。「急がなくていい。話せる時でかまわない」
タツヤは唾をのみ込んだ。再び、あの恐怖が冷たく体の中を這い回るのを感じていた。
「…二つ目の試練を受けたんです」彼は低い声で話し始めた。「でも…そこにはあなたもタケダさんもいませんでした。騎士たちだけがいて、僕とセリスは森の中にいました……」
セリスは目を見開いたが、口を挟まずに彼の話を聞いた。
「すぐに風のドラゴンに出会って…僕たちはすぐ追い詰められました。セリスは傷ついて…僕には何もできなかった…… それで…もうだめかと思った時…誰かがそのドラゴンを倒したんです」
話しながらタツヤは震え、シーツを強く握りしめた。
「森の木々が全部倒れて…一人の男が現れた。でも顔は思い出せません。ただ、彼が…悪い人だってことだけは分かりました。その人は……ウサギ 連れていて……そのウサギに、セリスを食べさせたんです。 僕は……助けられませんでした……」
部屋の中に、冷たい沈黙が流れた。
王は唇を引き結び、静かに口を開いた。
「…だから彼女の名前を叫んでいたのか。恐ろしい夢だったな……」
そしてゆっくりとタツヤに身を寄せて言った。
「赤髪の男を知っているか？」
タツヤは強く首を振り、目は虚空を見つめていた。「……知らない。見たことないです……」
王は突然身を強張らせた。まるで冷たい悪寒が背筋を走ったかのようだった。目が急に潤み、どこか遠くを見つめるような表情になった。だが、強い意志でゆっくりとベッドから身を起こす。その動きは重々しく、だが、彼の身体は何かに突き動かされていた。
「行かねばならぬ」と低く、しかし確かな声で呟き、冷たい石の床に足を下ろす。「急ぎだ。タケダと話さねばならぬ。」
ゆっくりと、しかし迷いなく彼は部屋の出口へと歩き出した。深紅の王衣が床を滑るように揺れ、彼の荒い息遣いだけが緊張の沈黙を破った。
女医は彼の背を目で追い、白衣の裾を握りしめながら不安そうに言った。「陛下、まだ熱があるのです！今動くべきではありません！」
だが、王はすでに扉の向こうへと姿を消していた。答えはない。ただ、遠ざかる疲れた足音だけが静かに響いていた。
女医は目を伏せ、小さく呟いた。まるで誰にでもない独り言のように。
「すべきことを知っている者は……苦しくとも、それを選ぶのですね。」
タツヤはその間、椅子に座ったまま微動だにせず、目は虚ろだった。しかし、体の震えはおさまっていた。彼の心は、静かな嵐のように渦巻いていた。
やがて彼はゆっくりと立ち上がり、ベッドの縁に腰掛けた。まるで、ようやく力が戻ってきたかのように。セリスはそっと近づき、その横に膝をつく。
「タツヤ……大丈夫？」と、かすれた声で尋ねる。
「夢が……あまりにも現実的だった。死ぬと思った……本気で」と、彼は囁いた。あまりにも小さな声だったので、セリスは顔を近づけてようやく聞き取れた。
女医はそっと彼の髪を撫でた。母が子にするような、温かく、包み込むような手つきだった。
「それが心の奥にある“真実”だから……夢も現実のように感じるのよ。」
タツヤはゆっくりとうなずいたが、その瞳の奥にはまだ暗闇の名残が宿っていた。
だが、突如として、彼は立ち上がった。その目に宿る光は、決意そのものだった。
「二つ目の試練を受けたい」と、力強く言い放った。「今度は……王とタケダ将軍も立ち会ってもらいたい。」
セリスは驚いて目を見開いた。「タツヤ……本気なの？ あの夢のあとで……」
女医は何も言わず、ただ静かに彼を見つめていた。しかし、その目は何かを語っていた。それでもタツヤの意志は揺るがなかった。
「二人がいなければ……意味がない。」
セリスは戸惑いながらも、やがて静かにうなずいた。「……分かった。王に話してみよう。」
王宮の巨大な金の扉は威厳に満ち、両脇で燃える松明の灯が壁に揺れる影を映していた。タツヤは拳を握りしめ、緊張しながらも迷わず扉を叩いた。
ゆっくりと軋む音とともに扉が開く。その中では、王とタケダ将軍が低い机を挟んで向かい合っていた。温かい湯気の立つ茶器が置かれ、壁には古戦場を描いたタペストリーと王家の紋章が並んでいた。
王はすぐに二人に気づき、穏やかだが興味深げに手を挙げた。
「タツヤ、セリス。この朝に何の用かね？」
タツヤが口を開こうとしたその時、セリスが一歩前に出て話し始めた。
「タツヤは……あの悪夢にもかかわらず、第二の試練を受けたいと言っています。ただし、条件があります。陛下と将軍が同席してくださらなければ、受けないと。」
王は静かに湯呑みに口をつけ、一口だけ飲むと、タツヤをまっすぐ見つめた。
「本当か？」
タツヤは一瞬ためらったが、すぐに力強くうなずいた。「はい。僕はやります。でも、お二人がいないなら意味がない。」
王は長く彼を見つめ、沈黙が室内を包んだ。タケダの椅子がきしむ音が唯一の響きだった。二人は短く視線を交わし、無言で何かを確認し合った。
「そうか……」と王は呟き、顎に手を当てて考え込んだ。「運命がこの試練を早めているのかもしれん。」
セリスは驚愕の表情で声を上げた。「陛下！ まだ無理です！ 彼は……まだ不安定です！」
王はしばらく黙ってから、低く重い声で言った。「時に……夢は“啓示”である。聞き流してはならぬ。」
セリスはタツヤを振り返り、潤んだ目で訴えた。「早すぎるよ……準備がまだ……！」
タツヤは拳を握りしめ、体に力を込めて言った。「……あの男が再び現れたら、この王国は簡単に壊されてしまう。今、備えなければ……！」
王はその言葉に表情を変えた。声が一段低くなる。「あの男……？どんな姿だった？」
タツヤは目を伏せ、必死に思い出そうとした。「よく見えなかったけど……」
王は湯呑みを机に静かに置いた。その音がやけに大きく響いた。
「信じよう」と、重々しい声で言った。「だが、我らは同行せぬ。代わりに……王国一の剣士をそなたに付けよう。」
タツヤは驚いたように王を見たが、やがて笑みがこぼれた。「信頼できる人……ですか？」
王はここ数日で初めて、心からの笑い声をあげた。「彼以上に信頼できる者がこの国にいるなら、見てみたいものだ。」
タツヤは拳を空に突き上げ、叫んだ。「よし！ やろう！」
セリスは驚きのあまり、言葉を失った。「試練は……延期されるはずだったのに……！」
だが、王はすでに背を向け、衛兵に命じていた。「運命に……任せよう。」
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