第11章: 夢だったのか？
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セリスとタツヤは走っていた。残されたすべての力を振り絞って、ただ前へ。
だが——周囲の空気が震えた。まるで世界そのものが閉ざされたかのように。
そして—— ドン！
見えない壁にぶつかったようだった。二人の体は激しく弾き飛ばされ、風に舞う枯葉のように宙を舞い、数メートル先まで吹き飛ばされた。同時に叫び声が上がる。濡れた土の上を転がりながら、埃まみれで息を切らしていた。
「な、なんだったんだ今のは!?」タツヤは額を押さえながら叫んだ。
セリスは震えながら座り直す。「……魔法のバリア？」
不気味な声が空気を裂く。赤髪の男の声だった。
「ダーメダーメダーメ♪」遊び心に満ちた口調で彼は歌うように言った。その姿は、まるで遊びに来た悪魔のように宙に浮かんでいた。
「おまえたちは、どこへも行けないよ。うちのかわいいウサちゃんのごちそうになってもらうからねぇ♪」
男は狂ったように笑い出した。ゾッとするような、壊れた笑い。黒いうさぎがその背後にぴたりと座り込み、主人の興奮を共有するかのように前足をバタバタさせた。
セリスとタツヤは動けなかった。疲れ果てて、震えていた。全身の筋肉が悲鳴を上げている。
男はゆっくりと降りてくる。一歩ごとに、終わりの時が刻まれていくようだった。
「なにか……しないと……」タツヤがかすれた声でつぶやくが、そこに力はなかった。
セリスがタツヤの前に立つ。必死に腕を持ち上げて、空中に魔法陣を描く。
弱々しくて、今にも消えそうな緑の盾が二人の前に現れる。
「おやおや、まだそんな小細工ができる余力があったとはね」男はにやりと笑った。
そして、手を上げた。まるで優しく撫でるかのように——
だが、それは——衝撃だった。
荒々しい魔力の爆発が盾を襲う。ガラスが砕けるような音が響いた。
セリスは人形のように吹き飛ばされ、地面に激突した。そのまま動かない。
「セリス!?」タツヤは彼女の元へ這って近づく。目を見開き、心臓が喉から飛び出そうだった。
セリスの体は血にまみれていた。目は閉じられ、胸がわずかに上下しているだけ。
返事はなかった。
タツヤの体が震える。息が荒くなり、涙がこぼれる。
黒いうさぎが主人の肩から跳び降りた。標的を見据える。その赤い瞳が妖しく光った。
タツヤは彼女の前に立ちふさがり、両腕を広げた。「彼女をやるなら……俺を先に倒せ！」
「おお、英雄気取りかい？」男は楽しそうに笑った。
「まるで騎士様だねぇ……でも、その足、ゼリーみたいに震えてるけど？」
その通りだった。タツヤの体は恐怖で硬直していた。足は石のように重く、呼吸もままならない。
うさぎは彼を一瞬見た。だが、すぐに無視した。
跳んだ。
タツヤの頭上を超えて——まっすぐセリスへ。
「や……やめろ……やめろおおおおおっ！！！」
タツヤが振り向いたときには、もう遅かった。
おぞましい音が空気を裂く。肉が裂け、骨が砕けるような……濡れた音が響いた。
タツヤは顔を両手で覆った。「やめてくれえええっ！！！」
心臓が早鐘のように鳴る。血の気が引く。
そのとき、声がした。「さて……次はおまえの番だよ、小虫くん」
男はタツヤをじっと見つめていた。血で汚れた唇を舐める。
だがその瞬間――すべてが止まった。世界が…変わった。
タツヤは目を開けた。そして、またあの場所にいた。
あの暗闇。時間のない場所。境界のない世界。
無数の手が彼の周囲を漂っていた。影の中で踊るように動いていたが、それは夢ではなく悪夢の舞だった。
タツヤは黙ったままだった。叫ばなかった。動かなかった。
動けなかった。恐怖に縛られ、痛みすら意味を失うほどに――そして…声が聞こえた。
「無駄だ…」
「哀れな奴…」
「お前なんか、何の役にも立たない…」
「いっそ死ねばいいのに」
言葉は、脳を刺す針のようだった。どれも、タツヤには聞き覚えのある声。
彼の呼吸は乱れはじめた。胸が上下に激しく動く。肩が震える。脚から力が抜けていく。
そして――
バンッ！
一つの手が彼を打った。拳が、顔面に直撃した。その痛みは、確かに「現実」だった。
タツヤは後ろによろめき、目を見開いた。沈黙が破られた。
だが――叫ぶ相手など、どこにもいなかった。
いたのは、彼だけ。彼と…彼の恐怖だけだった。
一閃——
タツヤははっと目を見開いた。呼吸は荒く、胸ドラムのように打ち鳴らされていた。
――ここは…彼の部屋？
見慣れた天井、ほの暗い光、そして薬草の香り。ここは城の医務室だった。
枕元には、心配そうな顔で彼を見つめる二人の姿――横にはセリス、そして看護師が腰に手を当てて立っていた。
「タツヤ！」とセリスが慌てて手を伸ばす。「大丈夫？ さっき寝言で私の名前を叫んでたよ！」
だが、彼は答えない。見開かれた瞳は潤んでいて、セリスをじっ見つめている。まるで、本当にここにいることが信じられないかのようだった。全身が震え、呼吸は荒く、まるで溺れてしまうほどだった。
看護師が彼の横に寄ると、タツヤの額にそっと手を当てた。だがすぐに動きが止まる。
「え…？ 冷たい…氷のように…」彼女は首をかしげて呟いた。「熱はない…じゃ、あれは夢…？」
セリスは黙ったまま、タツヤの隣に寄り添い、その瞳には優しさと不安がともに宿った。そして、タツヤの頬を伝う涙を見て、そっとベッドに腰をかけ、指先で彼の手に触れた。
「タツヤ…」優しく囁く。「何を見たの？」
だが彼はすぐには答えない。震える唇が言葉を拒んでいた。
看護師は慌てて立ち上がると、薬を取りに行こうとした。「落ち着かせるものを持ってくるわ…今は話せないでしょう。」
二人きりの空間になり、タツヤはゆっくりとセリスの方へ振り返った まだ不安げな瞳を揺らしながらも、ようやく、か細い声が漏れた。
「セ…リス？」
彼はその名を呼んだ。セリスはすぐに頷いた。
「うん。私だよ。ここにいる。」
その瞬間、タツヤは耐えきれず両腕を伸ばし、震えながらセリスを抱きしめた。泣いていたのは、わがままな子供ではない――深い闇に迷い込み、ようやく安心できる場所を見つけた者の涙だった。
セリスは驚きながらも、優しく微笑み、髪をそっと撫でた。
「大丈夫。もう終わったよ。私はここにいる。安全だよ、タツヤ。」
小さな慰めの言葉が、静かに二人を包んだ。長い時間、抱き合ったまま。
その後、タツヤはゆっくりとセリスの腕から離れ、震える声で尋ねた。
「セリス…王様…熱があるの？」
セリスは驚いて目を見開き、問い返した。「え？ どうしてそんなこと…誰に聞いたの？」
だが、タツヤは答えず、ぶるぶると歯を震わしながら再び崩れそうになっていた。
セリスは彼をもう一度抱き寄せ、今度はもっと強く抱きしめた。彼を凍える寒さからでなく――心の底から怖がるその気持ちを、そっと守るように。
「しっかりね。怖くないよ、タツヤ。私はここにいるから。」
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