桜の下、魔法は舞い降りる
春のチャレンジ企画で書きましたが、少し季節外れです........。
魔法学園卒業式当日の朝。いつもより早い時間に私はクラスの教室を訪れた。右手には朝この時間に教室で話したいことがあるので来てほしい、という呼び出しの手紙がある。
呼び出した相手はまだ来ていないようだ。私は自分の席に着き、誰一人いない空っぽの教室を見渡す。今日の卒業式では講堂の方で行い、教室に入る予定がないので今までの荷物や小物類はすでに撤収されている。もうこの教室に来ることはないのか、という思いが頭をよぎり、自分に似合わず感傷的になっていると自覚してふっと小さく笑う。6年間も同じ教室を使っていれば誰であっても愛着が湧くものなのだな。
それにしても、呼び出したやつ遅いな。告白かいやがらせか。呼び出しの理由は二つに一つだろう。成績優秀、魔法力抜群、顔面偏差値上の上である私は学園でとにかくもてた。それと同時に私に嫉妬する小物らも一定数いたのだ。
廊下から足音が聞こえてきた。複数人の足音だ。
私は大きくため息を吐いた。十中八九いやがらせをしに来た連中だ。卒業式の日までこんなことをするなんて本当にご苦労なことだ。今度は何をするつもりなのやら。この後総代としての卒業式における立ち回りを先生方と打ち合わせる予定があるのでさっさと用事を済ませてほしいのだが。
相手がおしゃべりをしながらガラガラとドアを開く。複数人の入室者たちと私の目が合う。
意外なことに相手も私が教室にいたことに驚いている様子だ。はて、この人らが私を呼び出したのではないのだろうか。余計なことを考えて反応が送れた。
後ろにいた子が杖を取り出した。
「プジャーシスト!」
やられた、と思ったときにはすでに遅かった。私の視界がひっくり返り、瞬きした後には私は教室にいなかった。薄暗い狭い空間にぎちぎちに閉じ込められる。
プジャーシストという呪文は対象を小さな入れ物の中に閉じ込める魔法だ。最終学年で習う。かけるのは簡単な呪文なのだが、魔法を解く方法がない。時間が経つのを待つしかない。あの魔法をかけた時の感じからして、持続時間は12時間くらいだろうか。........卒業式には間に合わないな。
「やった、やった!」
「ざまあみろ!この6年間調子に乗ってたから罰が当たったのよ!」
「あんたが主席で私たちの代表とかそもそもおかしいのよ!」
外からはしゃいだような声が聞こえてくる。ここまでくるとため息しか出てこない。この人たちは本当に........。
「暇なの?子供なの?やってることがお子様すぎて同級生である私の方が恥ずかしくなってくるんだけど。」
「まあ!」
「皆、負け犬の遠吠えよ。どうせもう卒業式には間に合わないんだから。」
最後のは魔法をかけた張本人だろうか。声からして私のクラスメイトの一人だ。
「もう行きましょう。こんなところにいるのが先生方に見つかってはいけないわ。」
ガラガラとドアを開いて教室を出ていく。気配が遠ざかっていき、再び教室が静かになる。私は閉じ込められたままだ。この硬くて冷たい筒状の感触は花瓶だろうか。
「あーあ、どうしよう。」
途方に暮れる。最後の最後に油断した。いつもだったらこんなくだらないいたずらちゃちゃっと杖一本で阻止できるのに。卒業式の雰囲気にのまれてノスタルジックになっちゃったのがダメだったな........。私のバカー。
体育座りして顔をうずめたいけど、窮屈すぎて少しも動けない。
「そもそも!苦労して手に入れた魔法をこんなことに使うなー!」
普通一つの魔法はどんなに簡単なものであっても1週間まるまるそれの練習に費やしてやっと習得できるものなのだ。今回の魔法などは簡単な割に習得するのコツが必要なので結構な時間をかけて習得したはずだ。それをこんなことに使って........。あほすぎるだろ。もっと世のため人のため自分のために使え!こんな嫌がらせ何になる。
その時再び廊下から誰かが近づいてくる音がした。乱暴に教室のドアが開く。
「あれ?誰もいない?」
その聞き覚えのありすぎる間抜けな声に気が抜ける。昨日の先生の話を聞いてなくて集合場所でも間違えたのだろう。
「トータ!」
「あれ?ユナの声だけ聞こえる。」
「ここ!ここだよ!壺の中!」
トータの気配が近づいてくる。壺が持ち上げられて身体がぐわりと傾く。
「ユナ?」
トータが壺を覗き込む。
「あちゃあ、やられちゃったね。」
この状況だけで大体のことは察したようだ。
「最後に油断した。」
「この魔力の感じはレネかな。あの子ユナに総合成績で勝てなくてかなりコンプレックス持ってたからね........。」
「だからって私を卒業式から追い出すのは反則でしょう。」
この魔法学園は国が公的に運営する魔法使い育成組織で、卒業した者は皆エリートとして出世していく。卒業式には宮廷魔道師団をはじめ、王国騎士団、近衛騎士団などの機関の関係者、さらには王族までもが参列する。卒業生の中でも総代として壇上に立つものは必然的に国の上層部の覚えがよくなるのだ。
レネの成績で例年であれば十分に総代を狙えた。しかし、最終的な成績は3位という結果に甘んじている。ユナ、トータに続く形だ。
「こんなこと意味がなさすぎる........。」
私の代わりを務めるのは総合成績2位であるトータだ。
意味がない、とブツブツ文句を言いながらも私が総代であることに納得できなかったレネの気持ちは理解できた。魔法学園は座学、実技の二つの総合で順位が決まる。学園内全体では実技の方が重要視されつつも実際の点数配分は同じだ。私の場合は座学の成績ではレネにもトータにも勝っているが魔法実技の方ではレネにも負けている。それに比べてトータは座学の点数が0に近いにも関わらず実技の点数だけで総合2位の座についている。レネにしてみれば私が総代をするよりは誰の目で見ても天才であるトータに総代を務めてほしかったのだろう。(ちなみにレネの周りにいる仲間たちはただのトータ信者だ。それこそ私は完全なるとばっちりである。)
「それなら私に座学で勝てるほどに勉強すればいいだけでしょ!座学なんて頭に教科書を詰め込むだけなんだから努力すれば誰でも成績上げられるじゃん!すればいい努力を怠っておいて私に当たるなんてちゃんちゃらおかしいでしょ!」
ふがー。いくら考えても納得できない!ぽかぽかと壁を叩くがびくともしない。
卒業式、参加したかったなぁ。
「君、もしかして泣いてる?」
「........泣いてない。」
「いや、でも........。」
「泣いてない!」
せっかく泣いていなかったのに、そう聞かれると本当に泣きそうになる。人前で泣くとかかっこ悪すぎる。
ぐっと奥歯をかみしめて涙が零れるのを我慢する。
「これはとてもじゃないけど話せる機会じゃないな........。」
トータがぽつりとつぶやいたが泣くのをこらえるのに必死な私の耳には届かなかった。
「俺がレネに仕返ししてやろうか?今日一日小さな不幸が繰り返されるようにする魔法とか、顔がものすごく不細工になる魔法とか。」
さらりとすごい魔法を使えるのがずるい。
「いい。後で自分でやる。人にやってもらうとかかっこ悪い。」
「さすがユナ。それじゃあ早く壺から出て講堂に行こう。バシッと魔法きめてレネをひっくり返しそう。」
状況が全く分かってなくてかちんと頭にくる。
「だから、壺から出られないんじゃん!私の話聞いてた?!」
するとトータが不思議そうに首をかしげる。
「もしかして君、卒業式に出られないと思って泣いてたの?」
「それ以外に何かある?!」
「その魔法を解くのは簡単だよ。」
「........へ?でも、先生が以前時間が経つのを待つしかないって........。」
「それは正攻法の話。」
「どういうこと?」
「簡単な話。魔力の塊を内側から全力で当てればいい。」
「……そんなことで出れるの?聞いたことないけど。」
「まあ、ユナ以外の人はほとんど使えないからね。術者より圧倒的に魔法力が勝ってるときだけ使えるんだ。ユナはセンスないけど魔法力だけは化け物級だからね。」
「化け物級って何よ、もう!」
「魔法実技魔力でごり押ししてたじゃん。卒業試験の魔法の矢を的に当てる試験で、ぶっとい矢を出して無理やり当ててたこととか、さすがの僕でも唖然としたよ。」
「すぐに忘れてって言ったじゃん!」
「無理だよ。あれは一生記憶に残ってる。」
思い出さないようにしてたのに。あれは私の黒歴史の中のひとつなのだ。
ぎゃーぎゃーと壺の中から騒ぎ立てる。
「すっかり元気になったみたいでよかった。」
私はピタリと動きを止める。
どうやらトータなりに私に気を遣ってくれていたらしい。
「八つ当たりみたいなこと言ってごめん。」
「ん。全然大丈夫。」
「色々ありがと。」
「ん。どういたしまして。」
…………。
外から登校してきた学生達の笑い声が聞こえる。
よく分からないけど、むず痒い気持ちになった。
「そ、それじゃあ、早く壺から出て卒業式の方に向かおうかな。」
「あ、ちょっと待って!」
トータがストップをかける。
「レネを魔法でひっくり返そうって言ったじゃん。どうせならレネだけじゃなくて卒業式の出席者皆ひっくり返してやろう。」
トータの顔がニヤリと不適に笑った。
そこからトータの行動は早かった。待てという間もなく私が入った壺に透明化魔法をかけ、職員室に向かった。
職員室は時間になっても現れない私に何かあったのではないか、とざわついていた。(私は優等生で理由もなく時間に遅れる生徒ではないのだ。)現れたトータに先生が何か知らないか、と質問する。トータは私の入った壺を持っているのに白々しく、
「やむ負えない事情があり、遅れると聞きました。卒業式には間に合うそうです。」
と答えた。私は一体何を言うのか、と壺の中から声をあげるが、外には届かない。
「卒業式での流れを教えてください。私からユナさんに伝えます。」
先生はトータの嘘にころっと騙され、卒業式の打ち合わせを始めてしまった。普通なら透明になっていても魔法の気配で壺に気づくはずなのだが、先生たちは一向に気づく様子もない。きっと、それもトータが何かをしたのだろう。あきれるほどの天才ぶりだ。
トータ達はさっさと打ち合わせを終え、私を持ったまま講堂の方に移動する。どうやって講堂にいる人たち全員を驚かせようとしているのかさっぱり分からない。
卒業式が始まるが、トータは私の魔法を解く様子がない。会場には王族も来ているのだ。さすがにそろそろ壺から出た方がいい。私が魔力を込めて壺を割ろうとすると、それを遮るようにトータがトントン、と指で壺を叩く。
「答辞、」
司会の先生が私がいないのに戸惑いながらも、名前を呼ぶ。
そのタイミングでトータが席を立つ。先生が驚いておろおろしている。
トータは気にせず階段を上がって壇上に上がる。壺に入っている私からは会場の様子がよく確認できない。ざわざわとした雰囲気だけ伝わってくる。
「今だよ。」
トータが私にささやいた。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。俺が保証する。」
いまいち信用できない保証だ。
迷いながらも思い切って魔力を全力で外に出す。
パリン、と音を立てて壺が割れる。
大勢の視線が私に集まっていた。一番後ろにきらびやかな服をまとった王族がまず目に入る。その周りをたくさんの近衛騎士たちが囲んでいる。その手前には様々な形の制服を着た賓客達。さらにその手前には卒業生の保護者達。そして、一番手前に私と同学年の卒業生たちがずらりと並んでいる。レネとその仲間の姿も見とめる。皆一様に驚いた表情をしている。
「ほら君の出番。」
トータの声にはっと我に返る。
「卒業式の後、外の桜の樹のところに来てくれるとうれしい。話があるんだ。」
そうささやいてトータは自分の席に戻っていった。
私はぐちゃぐちゃのまま、小さく頷いて前を見る。
「暖かい春の光が降り注ぎ........。」
その後は緊張しすぎてあまり覚えていない。ただ、言葉に詰まることもなく上手く話せていたと思う。大きな拍手の中で、頭が真っ白のまま壇上を降りた。
この卒業式での答辞は後にずっと語り継がれるほどの伝説となった。何もないところから、まばゆい光に包まれながら大きな真っ白い羽の生えた少女が舞い降り、言葉を紡いだ。何かを言うたびに空気がやさしく震え、世界が少女の羽ばたきを祝福していた。その様はさながら天使のようであり、神々しい姿であった。
この大げさすぎる舞台演出をトータがしでかしていたことを後から知り、頭を抱えた。ただ、いろんな組織からの勧誘で引っ張りだこになった私を見て、キーっとハンカチを噛んで悔しそうにしていたレネ達はいい気味だと思った。それだけでは腹の虫がおさまらなかったので、その日一日は虫に追いかけられ続ける魔法をかけておいたのはついでの話。
ちなみに学園では卒業式からもう一つの伝説が語り継がれるようになる。
曰く、学校の外にある桜の樹の下で告白するとその二人は結ばれる、と。
もうちょっと、トータのユナのこと好き好きエピソード入れたかった........。
最後まで読んでくれてありがとうございます!