ギャングシティ・オンザオンザドラム
数時間、徘徊して、ギャングたちもへとへとのご様子だ。
「おい、どこにいるんだ、奴らは?」
既に、大人数のピクニックはばらばらになりつつある。
ロキの目が暗闇に光った。
「オンザドラム」俺の指示を受けてロキは走り出した。
やがて、地下道の電源がすべて落ち、完全な暗闇に包まれた。時を同じくして、空中を飛行していた警備ドローンが、意識が切れたように水中に墜落する音がする。
壁から何かが噴き出す音もした。しかし、それはダミーだ。
さっき、ロキの尻穴に詰めた精神系のガスを、あいつがそこら中に吐いて回っている。
ナノにこの作業を見られたら、間違いなく変態呼ばわりされるだろう。
(きっと、俺の部屋を盗撮しているに違いないが……)
「まずいぞ、毒ガスだ」
「おまえ、誰だ? ぶつかってくるな!」
「親分を守れ!」
ばたり、ばたりと倒れていく。楽しいピクニックは大混乱に陥った。撃ち合いをする音もする。
俺も、安全地帯に退避したが、意識が刈り取られた。
次に目が覚めたとき、俺は救急車に乗せられるところだった。
目の前には、警察車両、消防車、警備ロボット、人だかりの野次馬。
上空を監視するドローンの一つが、俺を見つけて点滅した。
俺は安心して、眠りについた。
再び目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。
「全く、派手な事してくれるな!」マクマホンは真っ赤な顔で俺を睨みつけた。
「よく睨まれる日だな」
「揉み消すのが大変だったぞ」
今時珍しい紙の新聞を俺に投げつけた。
地下大火災、ギャング抗争勃発、贔屓チームのワールドシリーズ優勝の文字が並んでいる。
「良かったよ。昨日は勝てたみたいだな。なんだ、記念に紙新聞を買ったのか?」
「ふざけるな、自作自演だろう! 他のやつはもっと病状が悪いぞ!」
「普段から鍛えてないからじゃないか。俺は犬の散歩をたまにするからな」
しまったな、薬が効きすぎたようだ。まあ、証拠の無い嫌疑者になる予定だから、成功ではある。
マクマホンはカーテンを閉め、全ての人間と警備ロボットを下がらせると「交渉だ」と叫んだ。
どこから現れたのか、ロキが俺の前に現れ、静かに座った。
俺は首を振った。
「おいおい、録音録画はお断りだ。それと拷問もな」
「わかっている。お前にそんな事をすると、どんな反撃があるかわからんからな」
彼が時計をはめている手を挙げると、全ての機器が止まったように感じたし、実際、電源が落ちていた。
ロキは頭を下げて寛いだ。
「だいたい、交渉相手は俺じゃ無い。俺はお前の仕事の契約者だからな。契約は果たすよ」
気に入らない奴への嫌がらせは終わりにしよう。
「それはありがたい。そろそろ、上層部が痺れを切らしそうでな」余裕の無い事態であることが伝わってきた。
「じゃあ、富豪の家に行こう。彼女を保護しよう」俺は答えた。
疑いの目で俺を見たが、富豪の家のシステムにアクセスできないのを確認すると、考えが変わったようだ。
「警備は連れてって、構わないか?」
「もちろん。この街は危ないからな。地下に毒ガスが溜まっていたりする」
また睨まれた……
スマートカーに乗せられて目的地についた。家のセキュリティは全て落ちているし、門は開いていた。
「じゃあ、娘の部屋に行こう」俺が先導して、部屋に入った。
「そこにいるよ!」
そこには、娘そっくりのアンドロイドが立っていた。
「初めまして、マクマホンさん」機械特有のぎこちない声と笑顔だ。
「いつのまに!」
「さあね、俺はさっきまでベッドで寝てたからね。第六感だけだよ、俺が唯一お前に勝てるのは」
「本物の娘は?」
「だから、そこにいるよ。保護した。あとはこの娘と交渉してくれ」
「何だと‼︎ ふざけるな‼︎」
「いや、マクマホンが探し求めていたものは、この娘じゃないのかな。本物の娘と交替しても良いけど」
マクマホンは、警備ロボットたちと警備隊員ら、数台のドローンを呼び寄せた。
「ドール、マクマホンが、お前の主人と敵対行動するんだって!」
「それは許しませんよ」ドールは、ぎこちない怒った表情をする。
警備ロボットが警備隊員を押し倒して無力化し、ドローンがマクマホンを取り囲んでアラートを出している。
「俺の特別権限にアクセスするとは……」
「このドールは、最高指導者の記憶チップを積んでるからかな」
俺の言葉に、完全に騙されたようだ。ナノの仕業だ。さすがにそんな危険な真似は出来ない。
「助けてくれ、アシュ。降参だ」
「俺は仲介役だ。ドールと交渉したらどうだ?」
「わかった。条件は?」俺が、完全に敵では無いとわかり、少し落ち着いたらしい。
「ノーマの自由と私の解放。クロガミファミリーの庇護。その代わり、安全が確認でき次第、支配者の記憶データを渡す」
「コピーされては、意味がないのだが」
「マクマホン、お前の追っているデータは、ワンタイムコピーだ。他にはどこにも無いよ。彼女の中だけだ。つまり、世界に一つしかないデータなんだよ」
「あああ」合点がいったように、絶叫して、やがて頷いた。
「司法取引だ」
マクマホンは優秀な判事らしく、書類をあっという間に作成し、即座に決裁を終えた。
「書類を確認してくれ!」冷たい視線が突き刺さる。今日何度目だ。
「ああ、問題ない。お前から見ても問題ないんだな?」
「馬鹿にするな。念のためサインが欲しいだけだ」
「それなら、俺の後ろを見ろよ」
クロガミとノーマが中庭から姿を現した。
※
湖のほとり、小高い丘に建つ富豪の邸宅。そこからは共和国と民主国の間を行き交う船が見える。表向きは平和だ。
庭にはひまわりが満開だった。その一角に、ハイローの墓が建てられた。
「じゃあ、行くよ。アシュ……いや、エンリコ。世話になったな」
「ああ、気をつけて。まさか外国に行くとはな」
「引退を考えていたんだ。たった1時間のドライブさ」
「良い旅を」
「あいつらの事、よろしく頼むよ」
「悪いが、それは無理だな。ただ、他のギャングたちは病院送りだ。しばらくは静かになるだろう。しかも、後ろ盾があるから誰も手出しできない」
「確かにそうだな。ところで、この後、追われたりしないか?」
「マクマホンは約束を守るよ。この件で彼は結果的に出世だ。文句はないさ」
「おじさん、ありがとう!」
ノーマが明るい笑顔を見せた。無邪気で可愛い子だ。
なぜこの子を出生申請しなかったのだろう?
ハイローの一人娘で、母親は移民の子だった――隠れた事情があったのかもしれない。
クロガミとノーマ達は、今時珍しいクラシックなガソリン車に乗り込むと、丘を下っていった。車はすぐに見えなくなった。
※
「アシュの指示通り、記憶データは改竄しておいたわ。でも、影響が出るのはずっと先のことよ」
「それでいい。それが最善だ」
「で、報酬は?」
「ホットドッグとビーフサンドイッチを買ってきた」
「えー、ポップコーンは?」
「欲しかったら、一緒に出かけよう!」
「たまにはいいか。準備するね、変態さん」
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