富豪の家と娘
「ここが、富豪ハイローの家だ」
街から山を登り、数十分。セキュリティの門を、マクマホンが権限で突破すると、さらに家の中にずかずかと入っていく。
まるで自分の家のように歩くのには、違和感を覚える。捜査用のロボットが徘徊している。
「ところで、ハイローはどこだ?」
「やつか、死んだよ」
「いつだ?」
「いつだったかな、数日前かな」
「え! 待て、じゃあ、誘拐の捜査を依頼したのは、その富豪じゃないのか?」
「そんな事、一言も言ってないぞ」マクマホンは笑いながら答えた。
「検死はしたのか?」
「何で、病気だぞ。もう焼却されてる」
「さすがに早すぎないか?」
「わかっている。だが、どうしようもない」マクマホンはつまらなさそうな顔をして答える。
「それでここが、娘、ノーマの部屋だ。何か、感じないか?」彼は俺の顔色や目線を伺っている。
その部屋の周りを見回すと、頑丈な扉が壊されている。押し入れの床にドッグフードの袋がある……
「いや別に」俺の家にもある普通の犬には食えない餌。
「アンドロイドはどこに?」
「おいおい、富豪の屋敷にそんなものがいるわけないだろ? 嫌がるだろう。警備ロボットくらいだ」
「じゃあ、使用人たちはどこにいる?」
「すでに、次の雇い主のところだ」
「全員その雇い主のところか? 話を聞きたかったんだが?」
「全員だ。新しい雇い主の所有権で面会拒否をされている。なかなか手強い」
『お前の特別捜査権で会えないはずがない』
つまり、第三国か……
「安心しろ、奴らは白だ。行動履歴は全て確認されている。お前の仕事は、娘の保護だけだ」
「基本的なことを聞くが、その娘が誘拐されたのはいつだ?」
「さあ……一週間前かな」
やはり、いけすかない奴だ。
※
昼間から酒を浴び、脳内チップを外すいつもの儀式を終えると、ナノを訪ねた。
事件を整理しよう。マクマホンは信じられない奴だが、嘘は言わない。
だが、言わない権利を使い、情報を誤認させる。
今頃になって、マクマホンから情報が送られてくるが、そこには富豪の犯罪履歴や、クロガミたちが娘を攫っていく動画があった。
ナノの集めた情報には、信心深い慈善家としての富豪の顔があるが、その事はもちろん書かれていない。
どちらも、真実で、嘘だろう。情報社会ほど、真実を見極めるのは難しいが、物事は表裏一体だ。
「報酬だ」高級なステーキを焼いてナノに食わせる。いい匂いと音が、キッチンから聞こえているはずなのに、ナノはなぜか不満げだ。
「お菓子は後だ。食ったらやる」
一瞬、残念そうな顔をしたが、あっという間に美味しそうな顔で平らげた。
俺なら、間違いなく胸焼けするだろう。
「私を太らせてどうするつもり? それとも、太った女が好みかしら?」
「うまそうに飯を食うのを見てるのが好きなんだ」
「変態!」確かに罵られて喜ぶのは変態かもしれない。
料理のバックグラウンドミュージックは、クロガミたちの会話の盗撮データだ。
「つまり、ギャングの誘拐じゃなくて、保護してるってことか?」
「そうね。古くからの顔見知りみたいな感じね」
父親である富豪のことを、娘達も、クロガミたちも悼んでいる様子が映されていた。
「双子だったか?」
「違ったわ‼︎」
クロガミも富豪も、失脚した政治家のグループの一員であることが、ナノの集めた情報で裏が取れている。
「クロガミの噂話は、富豪から聞いたってことだろうな」
ナノの集めた情報から、関係者数人に連絡をして、作戦を固める。死んだハイローはかなり慕われているようで、協力的だった。危ない橋なのだが。
「ナノ、次に、クロガミと繋いでくれ!」
盗撮器を通じて、地下と通話をする。色々と揉めていたが、結論が出たようだ。
「それじゃあ、作戦を開始する。サポートよろしく!」
俺は部屋に戻り、チップをはめると街に出かけた。ロキに細工をしてから連れ出した。 賢い犬はとても嬉しそうに、駆け出した。
街は相変わらず騒がしい。ギャングのボスに面会を申し込んだが、けんもほろろに断られた。
「探偵如きが、何のようだ?」
昨日は、あんなに簡単に会ってくれたのに……仕方なく、マクマホンの名前を出すと、手のひらを返したかのような態度になった。
「要件は何だ?」
「クロガミの捜査を担当している。教えてくれ!」
俺が聞くと、ボスは鼻で笑って答えた。
「地下だよ!」
「一緒に行ってくれないのか?」
「馬鹿なことを言うな、今は手を離せない時期だ。一人の兵隊も惜しい」
仕方なく、マクマホンに電話をかけ、事情を説明する。
「変わってくれってさ」
目の前のギャングのボスが変わると、みるみる顔が青ざめていく。
「はい、わかりました」
「悪いが、全員出してくれる、勿論、ボス貴方もだ」
ギャングが、俺を睨むのがおかしかったが、怖がるふりをしておく。
三大ギャングのもう一つの組織にも声をかける。やり方は同じだ。
地下の入り口は、オーソドックスなマンホールからの突入だ。
哨戒用のドローンや警官ロボットも、マクマホンの指示で、投入するようだ。あれ程、出来ないと言っておきながら。
地下道の散歩だ。ギャングによる大人数のピクニックは、俺も初めてだ。
きっと、この街で珍しい、今夜は静かな夜に
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