番外編 あなたに、会いたくて2
地上への誘い。
どこかへ行きたがってるのは察していたけれど、地上と聞くと返事に困ってしまう。私は彼女ほど興味もなければ勇気もない。
そんな私の心のうちが読めたのか、表情に出てしまっていたのか、彼女は背を向けて深呼吸した。
「ふーちゃんちの畑はとっても良い匂いがするね。羨ましい」
「う、うん……このプチトマトもうすぐ食べごろだから」
「やっぱり、私はホンモノがすき」
以降、彼女はその話をしなかった。
唯一、意見が合わなかったことかもしれない。
遊ぶようになって一年ほど経ったある日。普段は中庭の前で待っているのに、教室までやってきた彼女は、暗い顔でこう告げた。
「もう、遊べないんだって」
「えっ?」
「明日には引っ越すって、とーちゃんとかーちゃんが」
「そんな、急に。どこへ?」
「地上」
教室から出ていくクラスメイトたち。喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
「いつ?」
「帰ったらすぐ準備して出る」
「……」
「だから、ごめんね!」
駆けだす背中を悄然と見送る。一人残された教室で、ただ立ち尽くしていた。
トボトボと家に帰り、両親に理由を訊ねた。
父はむずかしい顔をするばかりで、新しい友達を探せと言った。
さあ?と言う母の声色は冷たかった。
「やっぱり、行かなきゃ」
衝動に駆られおばあちゃんに相談すると、付き添ってくれることになった。はらはらしながら電車を乗り継ぎ、東京駅へ向かう。
迷いながらもエレベーターの改札までたどり着いたが、彼女の姿は見えず。
間に合わなかったと落胆しかけたそのとき、後ろから声をかけられた。
「ふーちゃん?」
そこにはランドセルを背負い、両手に荷物をたくさん抱えたあの子が居た。
「来てくれたんだね」
せっかく会えたのに、言葉がでない。
打開策なんて思いつかないし、励ます言葉もなにか違う気がした。
沈黙が流れる。
「私、ホンモノを見てくるよ」
「うん」
「写真、撮れたら送る」
「……うん」
「だから、そんな顔しないで」
「うん……」
涙をこらえて頷く。
「来てくれて、ありがと」
終始、彼女の声はやさしく。
「またね」
最後に見た笑顔が忘れられない。
お疲れ様です。
あの子とは改札でお別れ。
笑顔は人の記憶にもっとも残りやすい表情だそうです。
次回更新も一週間後、9月26日の予定です。
よろしくお願いします。
小学生編は終わりです。




