A-018.0525.1824 ドミナンス戦3
「藤子」
聞こえた声は幻ではなかった。この危機迫る状況にも関わらず、藤子は笑っていた。こちらへ駆け寄り、わたしの手を取って走り出す。
「ほら!逃げるよ!」
山羊が周囲の瓦礫と人を蹴散らし、向かってくる。
「うわあああ!!!」
叫ぶ藤子に手を引かれ、山羊に背を向け、広場を脱する。どこへ続くのかも分からない路地へと駆け込んだ。
分かれ道を何度も曲がり、走った。涙で視界が揺らいでいる。
気づくと、追手は居なかった。
手を繋いだまま二人して地べたに座り込み、肩で息をした。
「はぁ……!はぁ……!はあっ……!」
息を吸おうとするたび、情景がフラッシュバックした。生気を失った肌と瞳孔。風穴が開いたヒカリの身体。山羊の周りにできていた血の池。
上手く空気を肺に取り込めなかった。手足がしびれ、内臓が痙攣する。視界にだんだん砂嵐のようなノイズが走る。座っていることも辛くなり、ついには倒れ込む。
しかしわたしの身体が地面を打つことはなかった。
「アスカちゃん!」
「は、う?」
不意の温かさに不整な息遣いが引っ込む。
「会えて良かった!!」
抱きしめる藤子の腕は、痛いくらいに強く。
「……」
藤子の身体が震えていることに気付いた。お互い髪も乱れて、汗でぐっしょりなことにも。思えばここは地上で、藤子にとってはなにもかも知らない場所で。
恐怖を抱えてなお、彼女は会いに来た。
苦しいくらいの抱擁が温かい理由。わたしはきっと、それを知っている。
ペンダントも、淡い光を放っていた。
身体を巡るリズムが元に戻り始め、視界が晴れていく。
「生きてて良かった!」
顔をくしゃくしゃにして言う藤子。頬を伝う涙は彼女の内面を映しているようで、生きているんだと実感した。
「藤子……ありがとう」
まだ少ししびれていたけれど、彼女の背中に手をまわし、抱きしめ返した。
みんな生きていたのだ。喜んで、悲しんで、時には怒って、明日を夢見て。
そして、わたしはまだなにも守れていない。
元より、全てをなんて驕りも甚だしいけれど。
責任を果たそう。
お疲れ様です。
アスカは心に生と死を刻みます。
怖いものは怖い。それでもいいとわたしは思います。
次回も一週間後、9月12日の更新予定です。
よろしくお願いします。
次回から長めの番外編に入ります。
彼女は、なにを思ってここまで来たのか。




