A-018.0426.1612 ケイジの外へ
帰り支度をしてから、用事のため職員室へ。
中に入ると、普段の明るい雰囲気と打って変わって、真剣な担任の先生がいた。
「いよいよ、今日ですね」
「はい」
「奉仕のためとは立派なことですが……正直に申しまして状況の不明瞭な場所へ送り出すのは、教師としてはあまり推奨できません」
「……はい」
「しかし挑戦は若者の特権でもあります。失敗したなら、危険だと思えば、帰ってくれば良い。けれどそれは命あってのこと。分かりますか?」
「はい」
「相変わらず即答ですね……いいでしょう」
先生は頷き、書類を手渡してくれた。
「大人として止めさせるべきとのご意見も校長から賜っていますが、わたくしは子どもが選び、進む道を応援したいと考えています。お気をつけて、いってらっしゃい」
「ありがとうございます。先生」
嘘を言ったつもりはないが、本心の全てでもなかった。心配してくれている先生のことを考えると、少し心苦しかったがわたしには目的があった。
書類をかばんにしまい、職員室を出ようとした時、慣れ親しんだ笑顔へ戻った先生に呼び止められる。
「魚石さん!言い忘れていました。お誕生日、おめでとうございます」
校舎を出て、バス停に着くと二人が待っていた。
「駅まで、ご一緒してもよろしいですか?」
「アスカちゃん、見送りだけでもさせて?」
「二人とも……ありがとう」
会話も少なく三人でバスに乗り、東京駅に到着する。
普段ならこのまま電車に乗るところだが、今日は違う。
見上げれば、駅の上に白い塔がそびえ立っている。
塔は天蓋まで続き、エレベーターの役割を担う。
この地下東京から出るための唯一の方法。
出るためには前もって面接や色々と審査が必要で、身分証明書の他に外出目的、外出期間、学生の場合は在籍校の認可書などが挙げられる。場合によって滞在期間中は監視がつくこともあるらしい。
駅に到着したときはまだ明るかったが、窓口で長い手続きを終えた頃には日が傾き始めていた。
あとはエレベーターの起動時刻を待つのみ。
改札の前まで来たが、会話が少ない。
たくさんの人が行きかう喧騒の中に居ながらも、少し気まずいような、わたしたちだけの静かな時間が過ぎていく。
腕時計を確認すると、入場しても良い頃合いだ。
「もうすぐですね」
そら子がぽつりと言った。
「ええ、そろそろ行こうかしら」
改札に向けて歩き出そうとした時。
「待ってください」
そら子に引き止められる。
「藤子さん、思うところがあるのなら言っておいた方が良いと思いますよ」
振り返ると、藤子が暗い表情をしている。
やがて、絞り出すような声で重く閉ざしていた口を開く。
「あのね、アスカちゃん。私……あんまり賛成出来なくて」
「……うん」
「外のことは調べても分からないから……心配で」
「でもそれって余計なお世話だし、多分アスカちゃんは行っちゃうんだろうなって……」
次の言葉を待つ。
「アスカちゃん」
少し声が震えているのが分かった。
「本当に、行かなきゃダメなの?」
きっとこれが藤子の本音。
確かに色んな人に言われた気がする。そして、わたしは同じように答えてきた。
嘘ではないが、少しばかり本音を隠して。
「そうね……」
でも、今の相手は藤子だ。
答えには、本心が必要だろう。
「……父は地上に行ったきり、帰ってこなかった」
わたしが知っているのは、東京基地へ取材に行っていたことと、遺体は見つかっていないこと。それから、東京基地の職員に父の目撃者がいることくらい。
家に書き残されたメモや書類はたくさんあるが、読めない文字が使われていて、何も分からなかった。
誰も生きているとは言ってくれなかった。
けれど、まだ死んだとは決まっていないから。
可能性があるから。
地上へ。
一鳥新聞に掲載されている、東京基地の求人広告を見つけたときは、目の前に道が開けたような感覚だった。
「だから、行きたいの」
「そうなんだ……ありがとう、教えてくれて。うん……私だって邪魔をしたいわけじゃない」
ゆっくりと、目を閉じた藤子から気迫を感じる。
「ただ、友達が心配ってだけなの」
「ねえ、アスカちゃん」
「……また会える?」
過去に何かあったのだろうか。どこか、重みのある一言だった。
これはきっと、覚悟の問題だ。
藤子と目を合わせる。
「……分かったわ」
「どんなことを知っても?」
「そのつもりよ。必ず帰ってくるわ」
藤子に見つめられ、心の奥底まで見透かされそうだ。
たくさんの足音が、声が、ゆっくりと聞こえる中でも藤子の姿はとても鮮明に見えた。
長い長い一瞬の後、フッと藤子の表情が解ける。
「うん。そうしたらまた、みんなでご飯食べようね」
その眼はいつもの優しい色をしていた。
釣られて自分も張っていた糸が緩み、解けていく。
「ええ、そら子も一緒に」
「私もですか??」
「今度は、うちの野菜も食べてもらうからね?」
「贅沢ね!楽しみだわ。ね?そら子」
「私は栄養食品で十分なのですが」
「その頑なな主義の出所もその内聞かせてもらうわよ」
「予定が空いていたら、ご一緒しますね」
「それ行かない時の常套句じゃない!?」
張り詰めた空気は、もう無い。
「そうだ!渡しておかないと」
藤子が急にかばんを開き、青のリボンでラッピングされた包みを取り出した。
「はい、アスカちゃん。お誕生日おめでとう!」
「いいの……?」
「もちろん!大事な友達だからね」
笑顔を向けられ、胸が詰まる思いだ。
「ありがとう……!」
「ほら、そら子ちゃんも!」
「え?」
虚を突かれ、そら子に目を向ける。
はぁと息をつき、飾り気のない茶色い厚紙の箱をいつもの能面顔で差し出してきた。
「どうぞ」
「まさか、あなたが用意しているとは思わなかったわ」
「どちらかと言えば餞別です」
「あら、祝ってはくれないの?」
「……おめでとうございます」
「ふふふ、ありがと」
すっきりした、不思議な気分だ。
「まだ受かっていませんよ。捕らぬ狸の皮算用に」
「もう分かっているわよ。でも自信は持っていた方がきっと受かりやすいの」
「地上から災いがくる都市伝説も多かったですよ」
「そら子も心配性だったのね?」
駅構内に出発時刻を伝えるアナウンスが流れる。
「じゃあ行くわ。プレゼントはまた後で見るわね」
歩き出し、改札を超えた。
振り返れば、二人が手を振っている。
返す言葉はただ一つ。
ここに帰ってくるために。
胸を張って、大きな声で言うんだ。
行ってきます!と。
ギリギリセーフ!
ということで予定日の日付が変わるギリギリで投稿となりました。
妹曰く、締め切りがキツい!!とのことです。
なので今後もすれすれの時間で投稿することが増えるでしょう。
気長にお待ちいただければ幸いです。
まあ読んでる方がまだ居れば…の話ですが。
次回の投稿予定日は通常通り3日後、11月26日になります。