表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/46

A-018.0426.1612 ケイジの外へ


 帰り支度をしてから、用事のため職員室へ。

 中に入ると、普段の明るい雰囲気と打って変わって、真剣な担任の先生がいた。

「いよいよ、今日ですね」

「はい」

「奉仕のためとは立派なことですが……正直に申しまして状況の不明瞭な場所へ送り出すのは、教師としてはあまり推奨できません」

「……はい」

「しかし挑戦は若者の特権でもあります。失敗したなら、危険だと思えば、帰ってくれば良い。けれどそれは命あってのこと。分かりますか?」

「はい」

「相変わらず即答ですね……いいでしょう」

 先生は頷き、書類を手渡してくれた。

「大人として止めさせるべきとのご意見も校長から賜っていますが、わたくしは子どもが選び、進む道を応援したいと考えています。お気をつけて、いってらっしゃい」

「ありがとうございます。先生」

 嘘を言ったつもりはないが、本心の全てでもなかった。心配してくれている先生のことを考えると、少し心苦しかったがわたしには目的があった。

 書類をかばんにしまい、職員室を出ようとした時、慣れ親しんだ笑顔へ戻った先生に呼び止められる。

「魚石さん!言い忘れていました。お誕生日、おめでとうございます」



 校舎を出て、バス停に着くと二人が待っていた。

「駅まで、ご一緒してもよろしいですか?」

「アスカちゃん、見送りだけでもさせて?」

「二人とも……ありがとう」

 会話も少なく三人でバスに乗り、東京駅に到着する。

 普段ならこのまま電車に乗るところだが、今日は違う。


 見上げれば、駅の上に白い塔がそびえ立っている。

 塔は天蓋まで続き、エレベーターの役割を担う。

 この地下東京から出るための唯一の方法。


 出るためには前もって面接や色々と審査が必要で、身分証明書の他に外出目的、外出期間、学生の場合は在籍校の認可書などが挙げられる。場合によって滞在期間中は監視がつくこともあるらしい。

 駅に到着したときはまだ明るかったが、窓口で長い手続きを終えた頃には日が傾き始めていた。

 あとはエレベーターの起動時刻を待つのみ。

 改札の前まで来たが、会話が少ない。

 たくさんの人が行きかう喧騒の中に居ながらも、少し気まずいような、わたしたちだけの静かな時間が過ぎていく。

 腕時計を確認すると、入場しても良い頃合いだ。

「もうすぐですね」

 そら子がぽつりと言った。

「ええ、そろそろ行こうかしら」

 改札に向けて歩き出そうとした時。

「待ってください」

 そら子に引き止められる。

「藤子さん、思うところがあるのなら言っておいた方が良いと思いますよ」

 振り返ると、藤子が暗い表情をしている。

 やがて、絞り出すような声で重く閉ざしていた口を開く。

「あのね、アスカちゃん。私……あんまり賛成出来なくて」

「……うん」

「外のことは調べても分からないから……心配で」

「でもそれって余計なお世話だし、多分アスカちゃんは行っちゃうんだろうなって……」

 次の言葉を待つ。

「アスカちゃん」

 少し声が震えているのが分かった。


「本当に、行かなきゃダメなの?」


 きっとこれが藤子の本音。

 確かに色んな人に言われた気がする。そして、わたしは同じように答えてきた。

 嘘ではないが、少しばかり本音を隠して。

「そうね……」

 でも、今の相手は藤子だ。

 答えには、本心が必要だろう。


「……父は地上に行ったきり、帰ってこなかった」

 わたしが知っているのは、東京基地へ取材に行っていたことと、遺体は見つかっていないこと。それから、東京基地の職員に父の目撃者がいることくらい。

 家に書き残されたメモや書類はたくさんあるが、読めない文字が使われていて、何も分からなかった。

 誰も生きているとは言ってくれなかった。

 けれど、まだ死んだとは決まっていないから。

 可能性があるから。

 地上へ。

 一鳥新聞に掲載されている、東京基地の求人広告を見つけたときは、目の前に道が開けたような感覚だった。


「だから、行きたいの」

「そうなんだ……ありがとう、教えてくれて。うん……私だって邪魔をしたいわけじゃない」

 ゆっくりと、目を閉じた藤子から気迫を感じる。

「ただ、友達が心配ってだけなの」

「ねえ、アスカちゃん」

「……また会える?」

 過去に何かあったのだろうか。どこか、重みのある一言だった。

 これはきっと、覚悟の問題だ。

 藤子と目を合わせる。

「……分かったわ」

「どんなことを知っても?」

「そのつもりよ。必ず帰ってくるわ」

 藤子に見つめられ、心の奥底まで見透かされそうだ。

 たくさんの足音が、声が、ゆっくりと聞こえる中でも藤子の姿はとても鮮明に見えた。

 長い長い一瞬の後、フッと藤子の表情が解ける。

「うん。そうしたらまた、みんなでご飯食べようね」

 その眼はいつもの優しい色をしていた。

 釣られて自分も張っていた糸が緩み、解けていく。

「ええ、そら子も一緒に」

「私もですか??」

「今度は、うちの野菜も食べてもらうからね?」

「贅沢ね!楽しみだわ。ね?そら子」

「私は栄養食品で十分なのですが」

「その頑なな主義の出所もその内聞かせてもらうわよ」

「予定が空いていたら、ご一緒しますね」

「それ行かない時の常套句じゃない!?」


 張り詰めた空気は、もう無い。


「そうだ!渡しておかないと」

 藤子が急にかばんを開き、青のリボンでラッピングされた包みを取り出した。

「はい、アスカちゃん。お誕生日おめでとう!」

「いいの……?」

「もちろん!大事な友達だからね」

 笑顔を向けられ、胸が詰まる思いだ。

「ありがとう……!」

「ほら、そら子ちゃんも!」

「え?」

 虚を突かれ、そら子に目を向ける。

 はぁと息をつき、飾り気のない茶色い厚紙の箱をいつもの能面顔で差し出してきた。

「どうぞ」

「まさか、あなたが用意しているとは思わなかったわ」

「どちらかと言えば餞別です」

「あら、祝ってはくれないの?」

「……おめでとうございます」

「ふふふ、ありがと」

 すっきりした、不思議な気分だ。

「まだ受かっていませんよ。捕らぬ狸の皮算用に」

「もう分かっているわよ。でも自信は持っていた方がきっと受かりやすいの」

「地上から災いがくる都市伝説も多かったですよ」

「そら子も心配性だったのね?」


 駅構内に出発時刻を伝えるアナウンスが流れる。

「じゃあ行くわ。プレゼントはまた後で見るわね」

 歩き出し、改札を超えた。


 振り返れば、二人が手を振っている。


 返す言葉はただ一つ。

 ここに帰ってくるために。

 胸を張って、大きな声で言うんだ。


 行ってきます!と。


ギリギリセーフ!

ということで予定日の日付が変わるギリギリで投稿となりました。

妹曰く、締め切りがキツい!!とのことです。

なので今後もすれすれの時間で投稿することが増えるでしょう。

気長にお待ちいただければ幸いです。

まあ読んでる方がまだ居れば…の話ですが。


次回の投稿予定日は通常通り3日後、11月26日になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ