R-027.0426.1824 面接開始
履歴書とにらめっこして、はや十分。
「珍しいすね。黎次センパイが履歴書を読み込むなんて。いつもは大して読まずに落とすのに。興味あるんスか?」
同じく面接官として座る、後援班の沖喜助がにやにやしながら顔を覗き込んできた。
「話が聞きたいだけだ。入れるつもりはない」
「確かに、今回はいくらなんでも若すぎるっスよね。前線部隊に志望となるとなおさら」
履歴書を片手にコーヒーをすする喜助の気楽さに温度差を感じるが、居ないと雰囲気がお通夜になる可能性があるので居てもらうのには意味がある。
「そろそろ時間だ。既に外に待機してもらっている。沖、声をかけてきてくれ」
継目が隣の部屋から入って真ん中の席に着く。
うス!と喜助が返事をして扉を開ける。
「魚石アスカさんスね、入ってくださいっス~」
「はい」
澄んだ声の返事と共に彼女は部屋へ入ってきた。
その立ち姿に思わず目を引かれる。俺よりもタッパが高い。肩まで伸びた亜麻色の髪、珍しい鮮緑の瞳。所作の端々に気品が漂う。セーラー服も安物では無さそうだ。よくできた人間もいるもんだな。
てかマジで背高くね?百七十あるか。
しかし体形は細身。腕っぷしが強そうには見えない。
「こちらへどうぞ~」
「失礼します」
「それでは、面接を始めさせていただきます。私が魔石特務部隊の隊長、千葉継目と言います。まずは遠いところ、ご足労いただきありがとうございます。案内人が少々遅れたと聞いています。申し訳ない」
「とんでもありません。六郎面さんには丁重に対応していただきました」
大人と話すのに慣れているのか、受け答えも物怖じしていない。
「継目、あんまり時間を取っても悪い。さっさと始めよう」
くくと喜助が横で笑いを噛みころしている。
「お前な……では早速ですが、応募していただいた動機を伺ってもよろしいでしょうか?」
継目が苦い顔をしつつも進める。
「はい。履歴書の通り、わたしは地下で育ちました。中学三年生までは地上を意識したことは無かったです。でも三年前、父と連絡が取れなくなったんです」
継目が眉間にしわを寄せた。
「父はジャーナリストで、その日も地上へ取材に出かけました」
やっぱりそうか。
あの人が地下出身だったとはな。
思わずため息が漏れる。
「失礼ですが、お父さまのお名前は魚石御月さんではありませんか?」
割り込むように継目が訊ねた。目を見開きながらも彼女は静かに答える。
「はい、ご存じでしたか。ということは……」
「そうですね。三年前、魚石御月さんは魔石特務部隊に取材に来られていました。ですが六・八に巻き込まれ、捜索の尽力虚しく行方不明となっています」
彼女がぱちぱちと目を瞬かせる。首をかしげたあと、彼女は訊ねてきた。
「六・八とはなんでしょうか?なにかあったんですか?」
継目と顔を見合わせる。知らないのか?
地上では大きく報じられたはずだが。
「六・八は多数の魔石獣群によって引き起こされた災害を指します。討伐に当たろうとした前任の前線部隊が全滅し、たくさんの被害が出ました」
「……そうでしたか」
目を閉じ、耐えるように押し黙った魚石アスカはゆっくりと顔を上げる。
「地上の方が父の捜索に協力してくださったと聞いています。それ以来、地上で働きたいと思うようになりました」
父親の話はショックだっただろう。しかし、
「ここである必要はないと思うが?」
「黎次センパイ、言い方工夫してくださいね」
喜助が窘めてきたが、聞く必要があった。
「わたしが力になれる分野だと思いましたので、こちらに応募しました」
「そりゃどういうい」
「分かりました。次に、魚石さんは聖ヘレナ女学院にご在学ですが、学業はいかがなさるおつもりでしょうか?」
曖昧な返答だったので問いただそうと思ったが継目に遮られてしまった。
後にしろということらしい。
「退学しようと考えています」
「退学っスか?!」
喜助が驚きの声を上げる。
この娘、とんでもないことを言っている自覚はあるんだろうか。
「ふむ……これは確認ですが、魚石さんは魔石特務部隊の業務をどのくらいご存じでしょうか?」
「広告紙面上の情報のみです」
「おいおい、なにをやってるかも分からない仕事に就くために、名門女子校を辞めるって?あまりにも急過ぎないか?それとも魚石嬢はもしやなにか勘違」
改めて問いただそうと身を乗り出したが、服の裾を掴まれていた。
「なにすんだ喜助」
「黎次センパイ?ステイっス」
「おい俺は犬じゃないぞ」
「黎次、口が過ぎてる。ステイだ」
「のわっ!」
継目からげんこつをもらった。頭を抱える。こいつ扶桑剣があるからってなにやっても良いと思ってるだろ。
「失礼しました。まずは魔石特務部隊の業務をお伝えする必要がありそうですね」
殴られた俺を見て、目をぱちくりする応募者をよそに継目が説明モードに入った。
「魔石、正式名称はアヌンライト。このアヌンライトを取り込んで暴走してしまった動植物、それから魔石絡みのテロリストが関わる事案に対応、ひいては鎮圧することが主な業務となります。研究も行っていますね。資料を差し上げますので、ご一読いただき、再度検討されてはいかがでしょうか」
さすがの継目も待ったをかけた。
これで帰ってくれればそれで良いと一息ついたのだが。
「ご説明ありがとうございます。しかし変更はありません。前線部隊を志望します」
顔色一つ変えずに言い切った。まさかの即答に三人で顔を見合わせる。
「え……?いや、戦闘するんスよ?頻繁にっスよ?」
喜助が戸惑いながら聞き返す。
「問題ありません」
「最初からするつもりで来たってことっスか?」
「失礼ながら、地上の治安は悪いと聞いていました。地下には犯罪が存在しませんが、荒事は元より覚悟の上です」
彼女は最初に言っていた。『力になれる分野』だと。
「間違ってはいないっスけど……」
富裕層の人間しか住むことのできないユートピア、地下東京のご令嬢が学歴を投げ捨て、戦う気満々と来た。
早まらないでほしい。
お疲れ様です。
次回は通常通り3日後、12月14日の投稿予定です。
ここからキャラが増えていきます。ややこしい名前も多々見られるでしょう。
振り落とされないようご注意ください。
覚悟ガンギマリ魚石ちゃんの命運はいかに。
追記 テロリストが関わる『案件』→『事案』、に変更されました。