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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

燃えた聖女

作者: ねぶくろ

初めまして、もしくは久しぶりです。ねぶくろです。

まだまだ初心者です故、つたない部分、引っかかる部分ありますと思いますが、どうかご容赦ください。


 アドラント王国、その西方都市で新たに独立した新国家の樹立を掲げた民族運動が勃発した。


 すぐさま王国側は兵士を送り、民族運動を鎮圧しようと試みた。が、双方の勢力は均衡。

 やがて王国一体を飲み込む紛争へと発展した。


 さて、ここまでがアドラントの"西方紛争"と呼ばれる三年前まで世を騒がせていた紛争の詳細だ。


 そう、この紛争は既に王国側の敗戦で終結を迎える過去の話だ。


 何があって紛争は終末を迎えたのか。


 王国は何故、敗戦したのか。


 戦争の名残となる数々の文献、そしてある聖女の日記を統括し、今回は私の脚本で物語を語らせてもらう。


 そうだな、タイトルは『燃えた聖女』としよう。



 全ての起因は悲しき運命を歩んだ一人の聖女が握っている。


 △ ▼ △ ▼


 名をカトレナ。

 彼女は教会の厄介となる幼少を過ごし、その恩を返すべくして聖女となった。


 純白のウィンプルで美麗な白銀の髪を隠し、質素な修道服を羽織った彼女はまさに、女神の如く姿であった。


 地域の信頼も厚く、道を歩けば礼拝帰りの民衆からカトレナの好評で後を立たない。


 カトレナ本人は民衆の物言いに耳を真っ赤にして辞めるよう忠告していたそうだが、民衆達はそんな可愛い聖女をあえてイジった。


 そんなカトレナだが、かつて自身がそうであったように身寄りのない子供を預かっては愛情を込めてその世話に勤しんだ。


 元よりはその為に聖女になったと言っても過言でなく、その熱量は他と比べて高く全力だった。


 少ない賃金でやりくりするにはかなりの苦労があったが、カトレナは一時も苦言を漏らすことは決してなかったという。


「この生活が一生続きますように」


 これこそが彼女の本心であり、神に度々告げていた願いであるからだ。


 カトレナの願い通り、充実した生活は続く。


 多くの子が協会の元を巣立つ様子を見送った。

 聖女になったばかり、殺風景であった教会の庭は彼女が植えた花達で溢れかえった。


 ただ一生とまではいかなかった。



 △ ▼ △ ▼


 教会に一通の手紙が届いた。


 時折郵便受けに置かれる手紙は、大多数がカトレナへの恋文か、はたまた巣立った子らからのものであるが、今回のは一風違った。


 "聖職者、招集の言伝"

 と、封筒の表面に大体的に書かれた手紙はなんと国からの便りである。


 カトレナは酷く困惑した。

 

 各地方に分布する聖職者を招集する。


 こんなこと前代未聞のことであり、不吉な気配を感じざるをえない。

 そもそも、神に使える者達を集め国は何をするつもりなのか。


 疑問はあった。不信感も抱いた。

 それでもカトレナはこの招集に応じた。


 国から支援を受けて彼女の生活は成り立っているのだ。しがない聖女のカトレナにとって応じる他ないことである。


 カトレナは、子共達を街の人々に託して、三日ほど馬車を走らせ王宮へと赴いた。


 この間に、西方都市は民族運動を起こしているのだが、カトレナはその一切を知らなかった。


 △ ▼ △ ▼


「士気向上の為。そして兵士達に髪の祈りを授ける為。どうか主らの力を貸して欲しい」


 王宮内、玉座の間。

 アドラント国王は集結した聖職者達を見るなり深々と頭を下げて懇願した。


 王は左右に護衛の騎士を構えており、その頭に色彩豊かな宝石を埋めた黄金の冠を鎮座している。


 突然のことに、気の抜けた聖職者達が口を開くまではしばらくかかった。


「人殺しの為に神に願えと?」


「争いなど言語道断だ。人の醜い所業に神を介入させる訳にはいかん」


「王は神をなんだと思っているのですか」


 聖職者の間で口々に語られるのは、反対の声。


 神に一生を捧げることを誓ったものたちが一丸となって講義する。


 カトレナも紛争には反対であった。


 カトレナの思う神とは、傷ついた者を癒し、その心に安息をもたらす存在だ。


 争いで血を流したものに癒しを与えることはあれど、これから争いへ行く者を鼓舞することはない。


 荒れた聖職者達。

 その様子に王は突如目を細め、低い声を放つ。


「国が一つとなって、戦に挑もうとしておるのに、主らは神を案じて何の役にも立たんのか?」


 けたたましい王の威圧にさっきまで声を張っていた聖職者達がたじろぐ。


「そもそも、主らのような明らか国への忠誠があるのか分からん奴らは信用できぬのだ。 何が神だ。

 せめて渡された金の恩を返す為、国に少しでも尽力しようとは思わぬのか?」


 王は蔑んだ眼差しを向けて、呆れたように息を吐いた。


「これでも、理解されぬなら殺す他ないのう……。

 もう一度言う、争いの歯車にならぬか、それともここで切り捨てられて死ぬか選べ」


 側近の騎士が剣を傾けた。

 鉄剣の切っ先が金属特有の光沢を放つ。


 王に口出しする者は一人もいなかった。


 この時誰か一人でも、反論の意を示せればこの先の不幸などなかったのかもしれない。


 聖職者達は瞬く間に兵士の元に送られ、戦地から神へと祈りを捧げた。


 カトレナも身元の知らない人の血を浴びながら、必死になって祈念する。


「神よ戦を宥め、人々に癒しを」


 願いは荒廃した戦地に無常に響き渡った。


 △ ▼ △ ▼


 紛争は続いた。


 カトレナ達聖職者が導入されてから、兵士の士気は確かに向上の一途を辿ったがそれも一時的な効果であった。


 紛争開始から一年、アドラント王国がやや優勢の状態で二年目突入の狼煙が上がった。


 その頃、カトレナは配給の任についていた。


 水の多い飯を懸命に握り、消耗した兵士達に振る舞う。


 単純作業の繰り返しで気が遠くなりそうだが、命懸けで祈りを捧げるよりも何倍もマシだ。


 一生ここで握り飯を作っていたい。


 そう思っていた矢先に配給の列に見慣れた顔が来てしまった。


「先生、お久しぶりです」


 その子は、当時十五歳で両親が共に他界。

 行き場のない所を聖女になったばかりのカトレナが保護した子。


「え……シン君……?」


 かつて教会で育ち、真っ当に社会へ巣立った子は、カトレナの目の前で埃まみれの甲冑を装備して立っていた。


 あまりに衝撃的なことにカトレナは感動の再会であるのにも関わらず、素直に喜べなかった。

 正しく社会に出たはずの子が、戦地という間違った場にいるのだから。


「なんで……ここに?」


 カトレナのか細い声にシンはバチが悪いように苦笑を浮かべた。


「徴兵制です。なんでも、長期戦で失った戦力を取り戻す為に平民の力が欲しいとのことで」


 カトレナは言葉を失った。


 王は戦に程遠い平民でさえも巻き込んだのだ。

 しかもその行為は徴兵制による強制的なもの。

 これが許されてもよい行いなのでしょうか。


 カトレナの滲んだ疑問が胸中を渦巻いた。


 △ ▼ △ ▼


 夜、皆が寝静まった頃にカトレナは祈りを捧げる。


「神よ、戦はいつ終わるのでしょうか」


 天を見上げても何も見えない暗闇。

 カトレナの祈りは自問するような様である。


「先生、夜風に当たっては風邪を引いてしまいますよ。明日も早朝からご飯の支度があるでしょう?」


 カトレナは自身の修道服を叩いて砂を落とし、立ち上がってシンの顔を見る。


 教会にいた頃の子供っぽい面影が残った可愛らしい顔立ちだ。


「シン君は戦が終わると思いますか?」


「うーん、どうでしょう。僕達が死ぬまでには終わって欲しいものですが」


 かなり曖昧で、素っ気ない返事。


 元々シンは、あまり希望やら奇跡やらが嫌いな類である。それは亡くなった両親のこともあり、シンが持つべき当然の心理だろう。


「では質問を変えましょう。シン君は今やりたいことなどはありませんか?」


 カトレナは再び質問を口にした。


 歳のせいで戦地に来てしまった可哀想な子を少しばかりは幸せにしてやりたかったのだ。

 それこそ、もしも世を去ることになってしまっても後悔が残らないように。


「やりたいこと……先生の趣旨とは少し違うものかもしれませんが、どうでしょう聞いてくれますか?」


「大丈夫です。聖女としてなんでも聞き入れてやりましょう!」


 シンは少しまごついて、頭をかいた。


「では先生と結婚したいです」


 カトレナの心臓が脱兎ごとく跳ねた。


 自身に恋文が届くことはあっても、直接気持ちを伝えられたことは初めてである。


「えっ……ええ……?結婚……?私とですか?」


「はい先生とです」


「私と歳離れてますよね?」


「たった三つじゃないですか。あんまり変わりませんよ」


 カトレナは戸惑った。シンにとって正しい返事は「はい」の一言であることは分かっていた。


 だが、カトレナは聖女。

 聖女は生涯、夫を持たぬものが模範的であり、暗黙の了解だ。


 しかし、カトレナは自身が聖女であると言えるものなのか疑問を抱いていた。


 思い返すとカトレナは紛争が始まって以来、人を癒すことができていない。


 どちらかと言えば紛争を助長しているのではないのだろうか。


 だからこう思った。

 いいのではないか「はい」と答えて、と。


「分かりました。……結婚しましょう」


 後にこの返事、シンにとっては正解だったのかもしれない。だが結果としては不正解へと繋がった。


 なぜなら、一時の甘い時間を過ごした二人だが、シンが再び戦争へ戻ることを機に二度と会うことがなくなってしまう。


 シンは現代で遺骨が見つかっている。


 頭蓋骨には矢尻が残っており、頭を矢で撃ち抜かれて死んだと言われている。


 幸せの絶頂を前としてシンはそれを手にすることなく世を去った。


 △ ▼ △ ▼


 開戦から三年の時が経った。紛争に大きな進展はな

 く、だが少しづつ民族運動を抑え込みつつあった。


 カトレナは相も変わらず配給の任に明け暮れていた。少しづつ減っていく米に溜息をつきながら。


 そして、遂にカトレナの手に一通の手紙が届いた。


 それは、悪夢の再来か。王の元へ招集するようとの言伝である。


 暴虐の限りを尽くす王の元へ、再び間見えることとなった。それが何を示すのかはカトレナには理解ができない。


 使い用が無くなった聖職者達の首を刎ねるのか、あるいはこれまでの戦果に賞賛をよこし褒美を与えるのか。


 どちらにしろカトレナには関係ないことであった。

 カトレナには王と対話する意思はない。カトレナに王を裁く権利がないからだ。


 ならどうするか。カトレナには一つの決心がある。

 それは王を神の元へ送ることだ。


 神の足元では傲慢な王など塵に等しく、また正しく裁かれる。


 神ならば王の邪心を軽く見透かし、無惨に亡くなった子らの無念を晴らしてくれるであろう。


 カトレナの腹は手紙が手に届く前にとうに決まっていたのかもしれない。


 いずれ成すべきことが少し神に催促されてしまっただけのことである。


 カトレナはボロ衣に近くなった修道服を羽織って馬車へと飛び乗った。


 △ ▼ △ ▼


 ここから先は記録が残っていない。


 日記は途絶え、文献もそれぞれの解釈で別れており整合性がないものだ。


 なので足りない部分を私なりの脚色で物語を描かせてもらう。


 大丈夫。過程は違えど辿り着いた結果だけは全て同じであるのだから。


 △ ▼ △ ▼


 王の待つ王宮へと着いた途端、カトレナは御者の男に短剣を突き立てた。


「誰も近づかないでください。この男を殺されたくなければ」


 カトレナは男を人質に取ったのだ。


 それは物静かで慎ましい聖女のカトレナからは一ミリも考えられない大胆な行為。


 その様子に門番も呆気にとられたまま道を開き、カトレアは人質を取ったまま王の元へと歩んだ。


 彼女の心がどこにあったのかは分からない。

 燻る怒りの中にあったのか、人質の男への罪悪感かあるいは哀れみの中にあったのか。


 人質を構えたカトレナを見るなり、王は面倒事が姿を見せたとばかり溜め息をついた。


 玉座の肘掛けに頬杖をついて、自身の横に佇む騎士に命令を下す。


「あの聖女を殺せ。人質の生死は問わぬ」


 王の言葉と同時に騎士は鉄剣を引き抜いて、人質ごとカトレナの胸を一突きした。


 カトレナの胸に鮮血の花が一輪咲いた。

 溢れ出す血、悶絶する程の痛みに耐えてカトレナは袖口の冷気に触れる。


「……神よ……悪しき者に……裁きの……火……を」


 パリンと静かな王宮の中に瓶が砕け散る音が反響する。


 次の瞬間、聖女は燃えた。


 炎の雪崩が全身を包み込むように駆け巡り、赤の色素が絨毯から、辺り一帯へと広がる。


 炎はカトレナを一突きした騎士に燃え移り、人質の男を飲み込み、王へ向かって進行する。


「何をやっておる!さっさと余を逃がさんか!」


 王は反射的に避難扉へ走り込み、金剛に装飾された戸を叩いた。が、戸は微動だにせず無言だ。


 それどころか戸からも火が吹き込んだ。

 吹き込んだ火に手を焼かれ、王は喚くように悲鳴を上げた。


 王の背に肉を焼く激痛が響いた。振り返ったそこには燃えた聖女、カトレナが立っている。カトレナは熱され変色を遂げた鉄剣を天に突き上げ……。


 王の首が地面に跳ねて転がった。首は転がる度に一体の火を飲み込んで赤に染め上げられる。こうして王は絶命した。


 カトレナもまた倒れた。


 彼女は腹から流出する血液を、自身の放った火に体を炙られる感覚を感じ、迫り来る死を悟った。


 だから、彼女は最後に祈りを捧げた。

「次の私に幸せな未来がありますように」と。


 燃えた聖女の最後は、誰に見つかることもなく、王宮と共に塵となって消え去ること。


 とても幸福とは程遠い悲しい末路だ。


 この後、紛争は終末を迎えアドラント王国の西方都市は新国家を樹立することになる。


 △ ▼ △ ▼


 さて、ここまでが『燃えた聖女』のお話だ。


 私の脚本と本当の間には大きな相違があるのかもしれない。


 だが聖女が燃えて物語が終わることは、事実である


 これが全て、これ以上のものはない。


 さて、もしも本当の物語を知りたければ私と共に、あるかもしれない聖女の日記を死者の国で探すことだ。


 果たして王は神の元で裁かれたのか、聖女の本当はどこにあるのか、その全容は全て日記に書かれていることであろう。


 ただ唯一、絶対に言えることがあるならば。


 それは、紛争の最後には燃えた聖女がいるということのみだ。




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[良い点] いやぁなかなか最高の出来です(^^)v 一つ一つ聖女の苦悩が自身に刺さるところかありました。 私個人の意見として、これは脚色された物語なんだろうけれどそこにあった想いとかは形に残っているん…
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