平凡からの脱出
平凡からの脱出
事は突然に起きた。
白木学園の高等部1年の終わり、3月。紺色の制服に白髪で前下がりボブの少女、七瀬 梨杏は放課後の教室の窓からのんびりと雪がチラチラと舞う外の景色を紙パックのジュースを飲みながら眺めていた。
「そろそろ帰ろ……」
と梨杏が呟き、鞄に教科書を入れ始め帰り支度を始めていると後ろから何かが近づいてきた音が聞こえた。その正体を知ろうと後ろを振り向いた瞬間
「ねぇ、梨杏!これ見てよ!」
勝色の長髪を持つ、梨杏と同じ制服を着ている美少女が帰り支度をしている梨杏の机に真っ白なA3サイズの紙を置いた。
彼女は、神代奏音。梨杏の親友の少女である。
「いきなり何……?いきなりのことでビックリしたんだけど……」
言葉とは裏腹に顔色1つ変えずに、梨杏は淡々と奏音に説明を求める。
奏音は梨杏の問いかけに待ってましたとばかりに、笑顔を浮かべつつ白紙の紙を指さしながら口を開く。
「来年にはボク達2年生になるでしょ?2年生が終われば3年生。そこでボクは気づいてしまった。3年生は受験とか就職活動で忙しい、遊ぶ暇が無いと!」
奏音の言葉に梨杏はフーンといった興味なさげな表情をしつつも同意の頷きを返す。
「そこで。遊ぶ余裕があるであろう2年生の時に青春を謳歌すべきだって!」
「人によっては2年の時から受験戦争は始まってるけどね」
「細かいことはいいんだよ!どうせ梨杏だって大学もこのままの予定でしょ?」
奏音の言葉に梨杏は思わず無言になってしまう。特に進路も決めていない彼女によっては認めざるを得ないのだから。
梨杏達の通う白木学園は小学校から大学まで一貫しており、他県の大学や別の大学に進学しない限りは基本的にズルズルと大学まで進むパターンの生徒が多い。梨杏の場合は進路が定まっていないためズルズル進むパターンの人間である。
「話は戻すけど……ボク達は高校生という最も青春を謳歌しなければならないんだ。そこで、これだ!」
奏音は紙の上部を指さす。梨杏はそれに釣られて上部を見やると『1年計画』という文字があった。あまりにも小さく書かれてあったので白紙に見えたのだ。
「1年計画?なにそれ、なんかのアニメとかにありそうな計画ね」
「良くぞ聞いてくれました!1年計画って言うのはね、その日その日に予定を決めて青春を謳歌しよう!って計画。もちろん、予定を先に入れて行動するのもしていくけど基本はその日その日に予定を入れていく感じ!」
「へぇ……それを埋めていく感じね」
A3サイズじゃ足りなそうとは思いつつも、面白そうと梨杏は思ってしまった。それを察したのか、奏音はドヤ顔を浮かべていた。
そのドヤ顔にしてやられたと思った梨杏はゆっくりと頷く。
「いいじゃない。んで?気分次第で予定が埋まることになるんだけど、お互いしたいことがあったらどうするの?」
「そん時は譲り合いの精神!部活とかの予定もあるしね」
そんな楽しげに話してる2人に対して、2つの足音が聞こえてきた。その足音に気づいた奏音がそちらに振り向くと、茶髪に目付きの鋭い男子生徒と金髪に端正な顔つきの長身な男子生徒が立っていた。茶髪の男子生徒は真宮輝雪。その隣に立っている金髪の男子生徒は中野尚也。梨杏と奏音の4人でつるんでいる仲のクラスメイトであり友人である。
「なんか楽しそうにしてるな。日曜日にどっか行く予定?」
茶髪の男子生徒 輝雪の問いかけに、2人に奏音は得意げに1年間計画の紙を見せる。
いきなり白紙を見せられた2人は、訳が分からないとばかりに困惑したような顔をしては互いに顔を見合っていた。それを見ていた梨杏は当然の反応だなと思っていた。
「それは、1年間計画っていう奏音の計画書。その日その日の予定を入れていって1年間の想い出を作る計画だってさ」
「梨杏!なんでボクの代わりに言っちゃうの!?ボクが説明したかったのに!計画立案者のボクが説明するのが定石でしょ!」
「いいじゃない。誰が説明しても同じような顔されるわよ?」
ほら、とばかりに梨杏が2人を見るとそれに釣られて奏音も見やると梨杏の言葉通り2人は説明を受けてもなお困惑した表情だった。内容はおおよそ理解出来たが、この計画をやる意図が理解出来なかったのだ。梨杏は事前に説明を受けていたから理解はしているが、また代わりに説明をしたら奏音から何か言われるなと判断したため黙っている事にした。
「話は分かったけど……奏音はなんでこんな計画を立てるんだ?単なる思い出作りって訳じゃないんだろうけど……」
「梨杏には最初に話したけど来年3年生になるとさ、受験とか就職で遊ぶ暇ないと思うんだ。それで、まだ来年に比べたら遊ぶ暇があるであろう2年生、今の時こそ思い出作りにはピッタリなんじゃないかなって」
「確かにな。人によっては2年生も忙しいが、お前達はこのまま大学までもだったからな」
「そゆこと!下手なことしない限り進学できるかね〜」
「……アンタは勉強頑張んないと進級すら危ういけどね?」
梨杏の言葉に奏音は無言でよく分からない笑みを浮かべて誤魔化す。この4人組の中で最も勉強が苦手なため、いつも赤点ギリギリな彼女。その為クラスだけでなく学年でも成績がトップクラスにいる尚也に泣きつくのは彼女らにとっては見慣れた光景と言える。
対する梨杏は中間を毎度維持している為勉強は得意な方では無いが問題なく進級出来るレベルはある。
「が、頑張る!それも踏まえての計画書だからね!」
「まぁ……そこは置いておくとして。実際今日から動くのか?ってもまだ3月だから2学年にはなってないけどな」
「が、学年末テストが終わってからにしようかな〜……。計画立てておいて、進級出来なかったら笑えないからね〜……。おぉ〜さ、早速予定決まったな〜う、嬉しいなぁ」
先程の言葉が響いてるのか奏音は、冷や汗をかきながらなんとも言えない笑顔を浮かべ予定を埋めていく。その様子に輝雪と尚也は苦笑いを浮かべながら見守ることしか出来なかった。
そんな中、梨杏は同じように苦笑いを浮かべながらもどこか期待するような顔もしていた。まるで、新しい旅立ちができるように。
「そういえば、輝と尚也は参加する?」
「予定が合えばになるかな。料理研究部の俺はいいけど、美術部の輝は部活あるからな。お前達は同じ部だからメインはお前達2人でいいんじゃないか?」
「そうだな、いつも通り予定が合えば混ざらせて貰うのがいいかもな」
「オーケ〜。それじゃ、予定合いそうだったら連絡してよ。その予定で組み直すこともできるから」
この4人は休日や放課後に大抵つるんでいたが、それぞれの部活動などで合わない時が多々あった。梨杏と奏音は同じお笑い同好会所属のため予定がほとんど合うため、彼女達の予定が合う時にこの2人が混ざる事もあった。それを奏音も理解しているため、それ以上は何も追及しなかった。
「よし、それじゃあ今日はマイクバーガーで勉強だね。行くよね、梨杏?」
「まぁ……アンタ1人じゃ勉強出来るか不安だから付き合うわよ。せっかく立てた計画が潰れるのは私からしてもつまんないから。それに、アンタが後輩になって梨杏先輩だの七瀬先輩とか言われるのは寒気がするからね」
「……後者の理由が強そうな気がするけど付き合ってくれてありがとう。そろそろ行こっか、テル達も来る?」
「悪いな、俺たちは予定があるんだ。尚也の付き添いでな」
「そっか〜。仕方ないね、それじゃまた来週学校でね」
奏音は輝雪の返答に対してそう返すと、計画書を鞄にしまっては廊下に向かって歩いていく。それを確認した梨杏は鞄を持つと立ち上がる。
「それじゃまた来週」
「おう。奏音のこと頼んだぞ」
梨杏は輝雪達に挨拶をすると、奏音の後を追うように廊下へと向かっていく。
奏音らしい計画書であったが、梨杏にとっては平凡な日常から抜けられる機会かもしれないと内心期待してながら先を往く彼女について行った。