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夏のホラー2024 うわさ「報復の木」

作者: きじの美猫

山の中腹にある大きな木

報復の木

報復を願えばかなえられるが報いをうける

しかし例外があるという

報復を願わなかったら?

真実はだれにもわからない


生まれて間もない子猫の兄弟たち

よく見えない片目でみた光景

真空の頭で「お前が切られろ。」

報復はなされる

ひとり、引き取られてかわいがってもらう

もうそんなことは思わない


そのときぼくはまだ生まれたばかりだった。

温かくて柔らかいいくつものかたまり。

おそらくそれはぼくの兄弟たちだ。

みーみーと鳴く声。

それはぼくの声でもあった。

まだそんなふうにしか鳴くことができなかったんだ。

でも。

ぎゃっ!と声がした。

あちこちでいくつも。

ぼくも同じ声をあげたんだ。

よく見えない片目で見た光景。

まぶしい空となにか光るもの。

視界いっぱいに赤い色が広がってぼくはなにもわからなくなった・・・。


茜の通う中学は山の中腹にあった。

近くにはほかの学校や神社があって

学生以外はあまり見かけなかった。

少しのぼったところに高校もあった。

男子校だったが、通学路が別方向だったので

登下校時にあまり遭遇することはなかった。

もっとも茜は自転車通学だったからだれがいようと通り過ぎるだけだ。


夏休みも終わりに近いある日の夕暮れ。

茜はいつもより遅い時間に下校していた。

図書館へ寄り道して遅くなってしまったのだ。

神社周辺によくある大きな木が立ち並ぶその道は

緑が多くて昼間でも日差しが遮られて涼しい。

だが夕暮れが近づくと真っ先に暗くなるので注意が必要だ。

神社の階段を降りたあたりにより大きな木があった。

同級生とよく待ち合わせをするところだ。

だれかがいるのが見えた。

下り坂で勢いがついたそのままのスピードで通り過ぎたとき、かすかに聞こえた。

「お前が切られろ。」

あっ、と思ったときはもうずいぶん遠くに来てしまっていた。

本当にそういったのかも自信がない。

でも小さい声ではあったが、たしかにそう聞こえた。

振り返るのもなんとなく怖くなってそのまま家に戻った。


いつのまにか兄弟たちの気配がしなくなっていた。

まだあかない目では確かめようがなかったが、

あのふにゃふにゃと柔らかくて温かいかたまりはどこを探ってもみつからない。

ときおり温かいものがくちもとにあてがわれる。

夢中になって吸い付いているうちにおなかが膨れて眠くなる。

兄弟たちのぬくもりがないのはさみしかったが、とくに不安になることはなかった。

たまに見る夢を除いては。

あの日見たまぶしい空。

何かが光った瞬間、痛みを感じる。

真空状態になった脳が凍り付く。

そして聞こえる。

「お前が切られろ。」と。

ぼくに言っているわけではなさそうだった。

声はもっと高い場所に向けられているようだった。

最初はこわいと思ったが、そのうちだんだんこわくなくなっていった。

慣れたのかな・・・。


新学期になって最初の朝礼である。

まだ夏の日差しが残る校舎は容赦ない暑さになるので

朝礼は体育館で行われる。

「みなさんにお知らせがあります。」

新学期のあいさつのあと、校長があらためて壇上にあがる。

「最近、学校の近くで不審な人物の報告がきていますので、登下校時には注意してください。」

それだけじゃ注意のしようもないだろうに・・・。

茜はこの前のことをちらりと思い出したが、すぐに頭から追い払った。

ただ、クラスメートの葵には話してみた。

「ふうん、あの神社下の大きい木のあるとこだよね。」

「そうそう、まえにスケッチ大会で集合したとこ。」

「あれかあ・・・。」

葵はちょっと眉をひそめた。

「どしたの。」

「あれ、報復の木っていわれてるんだよ。」

「報復?」

「仕返ししてほしいって頼むんだって。」

「え、なにそれ。」

「確かに仕返ししてくれるんだけど、その報いを受けるらしい。」

「なにそれ、こわい・・・。」

「願わなかったら報いはこないんだろうけど、例外があるとかなんとか。」

「どゆこと?」

「願わなくても報復してくれることがあるらしい。」

「むむむ、成敗か。」

「まあ、うわさなんだけどね。」

報復か・・・、もし「切られる」報復だとしたら、それはどんな報復なんだろう。

「仕返しできないときでも神様がちゃんと罰を与えてくれるってことなのかな。」

そう言って葵はウインクしてみせた。

「神様もちゃんと見てるってことだよねっ。」


最近ようやく物が見えるようになった。

兄弟たちはいなかったけど、お世話をしてくれる人がいる。

「飼い主」というようだ。

よく捕まえられて顔中ごしごし拭かれたりするけど

それはそれで気持ちよかった。

「お顔拭いてあげるときは気をつけてね~。」

あれでも手加減してるのか。

「ちょっと傷っぽいとこがあるから。」

たまに来る女の子はおっかなびっくり拭いてくれる。

「どこどこ、ああ、ここかな。」

そこ、触んないでよ。痛いんだから。

「目の下にね。なんか傷あるでしょ。」

「ん-、どしたんだろうね。」

どうしたかはわかんないけど、だんだん痛くなくなってるから平気だよ。

ぼくはそう思いながら手をなめてお礼してあげた。

「ふふふ、くすぐったい。」

喜んでもらえるのは嬉しいんもんな。


茜は今日も急いでいた。

そんなに遅い時間でもないのに秋の日は暮れるのが早い。

「こうやってだんだん寒くなるんだよねえ。」

こころなしか自転車で風を切るのもうすら寒くなってきた。

ちょっとだけスピードを落として下り坂にさしかかる。

例の「報復の木」のあたりだ。

今日もだれかが立っていた。

以前の人影より小さいかな。

女の子のようだ。

知ってる子かな。

いくぶんスピードを落とす。

ああ、違った。知らない制服だ。

すれちがったとき、またなにか聞こえた。

「・・・は、果たされた。」

だれかと電話でもしてるのかな。

そんなことより早く帰ろう。

子猫が待っている。


帰宅すると叔母が来ていた。

「おばちゃん、いらっしゃい~。」

「茜ちゃん、おかえり。子猫、どう?」

「うん~、とってもなついてくれてる。」

茜はもう子猫をなでている。

「それで、その事件はどうなったの。」

「事件かどうかはわからないけどねえ。」

なんだか物騒な話のようだ。

「本人は目を切られたっていうんだけど、べつにそんな様子はないらしくって。」

「でも見えないっていうんでしょ。」

「数日たってだんだん見えてきてるみたいよ。」

どっからそんな情報仕入れてくるんだ、おばちゃん。

「ただね、目の下に傷があるんだって。」

そう言って叔母は自分の左目の下の頬骨のあたりを触って見せた。

「このへんに、すいーっとね。」

それってこの子と同じじゃん。

手の中でふにふに言っている猫の顎をくすぐりながら思った。

猫は目を細めて、なにも考えていないようだ。

「お前は悩みがなくていいなあ。」

「茜の悩みは何なの。」

「うーん、中間テスト!」

「だったら猫と遊んでないで勉強しなさい。」

「ちょっ。」


女の子はそろっとぼくをおろして頭をなでてくれた。

悩みがないわけじゃないんだけどさ。

ーぼくは念入りに顔を洗う。

兄弟たちのことを思わないこともないけどさ。

ー左側だけいつも目の下のあたりでひっかかるんだ。

ぼく、そんなことは思わないよ。

ー触れたときに、どこかであの声が聞こえた気がする。


「じゃ、勉強してくるね。」

子猫が指の先をちろっとなめてくれた。

応援してくれてるのかな。

茜は子猫の頭をなでた。

ちょっと顔の傷に手が触れたとき、なぜだかあの声を思い出したが

それはもう気にならなくなっていた。

いつもと変わらない平和な黄昏どきであった。





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