救いようのない阿斗
前回のあらすじ
劉備には、甘夫人の子、劉禅と孫尚香の子、劉徳という二人の息子がいた。
劉禅は、可愛がられて育ったがために、横暴で世間知らずな性格となった。
しかし、劉徳は、周囲から軽蔑されていたにもかかわらず、謙虚で優しい人に育った。
自分より優秀な弟を気に入らない劉禅がとった行動とは?
(私は兄上に嫌われている)
劉徳が父と兄と共に狩りに出かけたときの事である。
「あそこに鹿が!」
劉徳は弓を構えると、劉禅が鹿に石を投げ、逃がしてしまった。自分が捕らえた獲物も横取りされ、ついてない狩りとなった。
宮殿内での日常でも劉徳は劉禅から様々な嫌がらせを受けていた。例えば、劉徳が漢の詩書を音読していると、劉禅は
「何がしたいんだ、ただの暇つぶしにしかなってないだろう」
と笑いながら冷やかすのだ。また、劉徳が宮殿の庭で花を育てていると、劉禅はわざと足を踏み入れて 花を踏み潰し、笑顔で
「どうした、こんな無駄なことに時間を使っていたら将来が心配だな」
と言うのだった。しかし、劉徳は言い返すことなく、軽く受け流した。
そんな陰湿ないじめを受けるにもかかわらず、劉徳は、宮殿の近くにある射場で毎朝、弓の修練を行っていた。その弓術は見事で、百発百中で的を射ることができた。母の孫尚香もまた、弓腰姫と称されるほどの腕前を持っており、劉徳もその血を受け継いでいるのかもしれない。
ある日、劉徳が訓練している時、劉禅が通りかかった。
「そんなに弓の練習をして何になる。お前は、小さい時、矛を振ることが出来ず、馬に乗ることもできなかったではないか」
劉禅が鼻で笑う。
劉徳は、黙々と矢を構え、的を射た。すると見事、中心に当たった。
「ただの偶然だろ」
劉禅は、たじたじ言った。
劉徳は、沈着冷静に弓を三連うち、全てど真ん中に命中した。この技に訓練場にいたものはみな驚いたが、劉徳は驕ることなく、練習を続けていた。もうその場に劉禅はいなかった。
一方、兄の劉禅は、学問を怠り、運動もせず、娯楽にふけっていた。
「阿斗、お前は何故いつも怠けるのだ。蜀漢の未来を担う者として、もっと覚悟を持たねばならん」
「申し訳ありません、父上。皇子としての自覚を持ち、学びを重ね、成長したいと存じます。しかし、父上、私は既に十六歳になりました。どうして皇太子には任じていただけないのですか」
「お前が努力を欠いているからだ!」
劉禅は不満そうな顔でその場を去っていった。
その夜、劉備は庭に一人で出て、北斗七星が輝いているのを見つめた。
「阿斗という名前は、亡くなった甘皇后が北斗七星を飲み込む夢を見たからこそ名付けたのだったな」
「ああ、朕は阿斗の育て方を誤った。阿斗は、長子だが、これといった才能もなく、皇帝の器にない。もし阿斗が立派に成長していたのなら、蜀漢の運命も変わったかもしれない」
劉備はため息をついた。六十歳を迎えた劉備は、もう先が長くないことを悟っていた。
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