英雄の最後
前回のあらすじ
蜀の武将たちは、劉備を守りながら火の海を抜け出し、夷陵に避難するが、先手を打っていた将軍韓当に行く手を阻まれる。絶体絶命の中、趙雲と張苞の援軍が駆けつけ、呉軍を撃退し、劉備たちは白帝城へ逃げ延びる。大敗を喫したものの、劉備は部下たちの勇敢な行動で救われたのだった。
この夷陵の戦いで蜀軍の死者はおよそ二万、降伏を含めると三万人近くの兵を失った。名のある将軍たちだけでなく、今後蜀の未来を担う可能性のあった名もなき将校たち、歴戦の兵士の多くがこの一回の戦いで喪われてしまったのだ。
劉徳は、自らの無力さを痛感した。義兄弟たちも同様であり、武勇に長けていながらもこの大事な一戦を勝利に導けなかったことに責任を感じた。
「この戦いで敗れた今、我々には何ができるか」
白帝城に逃げ込んだ劉備は、敗戦の影響で重い病に倒れ、いつ呉軍が攻めに来てもおかしくない状況だった。
「父上、ここに留まっていては危険です。成都に撤退し、軍を再編するべきです」
劉徳が提案する。
「阿義よ、それは十分承知しておる。しかし、朕は病に冒されて動けない。それに、ここで撤退すれば、呉に荊州を明け渡すことになるのだ」
「しかし、父上の命が最優先です。どうかお考え直してください」
劉徳は説得しようとしたが、劉備は頑として譲らなかった。
一方、陸遜軍の陣営では兵士たちが集まり、噂話に興じていた。
「劉備も哀れなものだな」
一人の兵士が言う。
「本当に気の毒だ。義兄弟の関羽と張飛を立て続けに失い、その弔い合戦で大敗を喫するなんて」
別の兵士が同意する。
「しかも、その敗戦の影響で劉備自身も重い病に倒れたらしい」
たくさんの兵士が集まり、さらに噂が広がる。
「今や大都督陸遜殿の評判はうなぎ登りだ。この一戦で呉国内の求心力を完全に得たのだからな」
ある兵士が誇らしげに言うと、周囲の兵士たちもうなずきを見せた。
「荊州を奪還したことで、今後は蜀との国交も有利に進められる。呉の未来は安泰だな!」
兵士たちは笑い合い、陸遜の勝利を称え合った。
「陛下がご危篤です!」
この驚くべき知らせは、瞬く間に国中に広まった。
章武三年四月二十四日、劉備は丞相・諸葛亮と劉徳を呼び寄せた。
「諸葛亮よ、そなたの才能は魏の曹丕の十倍はある。必ずや国に安定をもたらしてくれる事であろう。阿斗が皇帝としての素質を備えているようならば、補佐して欲しい。だが、劉禅が補佐するに足りない暗愚であったならば、阿義を即位させ、国を治めるのだ。もし阿斗が阿義を殺そうとすることがあったら何としても阻止してくれ。朕が成し遂げられなかった漢王朝復興の夢をそなたに託そう」
「陛下、承知いたしました」
諸葛亮は、涙を流して、股肱の臣下としての忠誠を誓った。
「劉徳よ、悪事はどのような小さな事でも行ってはいけない。善事はどのような小さな事でも行うように。お前達の父は徳が薄く、これを見習ってはいけない。『漢書』・『礼記』・『六韜』・『孫氏』・『商君書』を読んでしっかり勉強するように。これより諸葛亮を父と思って仕えよ。いささかも怠ったらばお前は不孝の子であるぞ」
劉徳は泣きながら父の手を握りしめた。
「父上のお言葉、深く胸に刻みます。そして、いつか、かならず父上の無念を晴らしてみせます」
今この刻父と別れ、
感謝の意胸に深し。
名を汚さず誇り守り、
蜀の未来築くことを誓う。
劉備は、劉徳の詩を聞くと微笑み、そっと目を閉じた。享年六十三歳であった。
「陛下が崩御された」
民衆はみなひざまずき、号泣した。
翌日、葬儀が行われた。人々は劉備の死を嘆き、一日中、地面に座り頭を垂れて、哀悼の意を示した。
劉禅もまた、父の死を嘆き悲しんだ。しかし、翌日諸葛亮から劉備の遺言と即位についての話を聞かされると、悲しむそぶりもなくなった。
(そうだ。初めから俺が皇帝になると決まっていたのだ。父上は聡明な劉徳を気に入っていたが、所詮、あいつは孫尚香の子。側室ながらも劉備に生涯をささげ、皇后にまでなった俺の母上とは大違いだ。大げさな大臣たちの後継者争いも茶番だったわけだ。父上、この恩情は生涯忘れませぬ)
劉禅はそのように理解し、邪悪な笑みを浮かべたのであった。
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この話で第一章は終了となります。
次回から第二章突入です。お楽しみに!