孫桓を討て
前回のあらすじ
黄忠の死、陣営の移設、陸遜の襲来。
劉備軍は夷道をどう攻略するのか。
劉備は移設した幕舎で軍議を開いた。
「陸遜は我らが孫桓を真剣に攻めていないことを理解しているだろう。だからいつまでたっても救援軍を出さないのだ」
劉備が語る。
「では、孫桓軍を殲滅まで追い込むまでです」
関興が意気込んだ。
「朕も同じ考えだ。直ちに孫桓へ総攻撃を仕掛ける」
劉備が命を下す。
(嫌な予感がする。この戦いは蜀軍にとって良い結果にならない)
張苞はなんだか胸騒ぎがした。彼はすぐさま江州にいる趙雲へ手紙を書き、使者に持たせた。趙雲に今の状況を細かく伝え、万が一に備えて秭帰城への駐屯をお願いした。
(これで一安心か)
いつもは無計画な張苞だが、今日ばかりは妙に冷静だった。
劉備軍は再び孫桓の陣へと向かった。しかし、今までの攻撃とは明らかに規模が違う。いつもの五千の兵ではなく、二万の精鋭を率いてきたのだ。劉備自ら指揮し、後ろには関興、張苞、馬岱など勢いに乗っている将軍たちを戦線に送った。
「ついに真の劉備が来る」
孫桓の陣営は恐れ慄いた。
「きっと陸遜は助けに来ないだろう」
孫桓は覚悟を決めた。
八千対二万の戦いが始まるのだ。
「全軍、突撃!」
二万の劉備軍は、黄権 、関興、張苞を中心に一斉に孫桓の陣へとなだれ込んだ。
「怯むな。応戦せよ!」
孫桓自ら剣を振り必死の抵抗を続けた。
劉徳は父劉備の傍で戦況を見守った。
(どうする陸遜)
劉徳は、陸遜が救援に来るであろうと予想していた。しかし、なかなか陸遜は現れない。
「戦況を確認してまいります」
劉徳は近くの高い山に登った。
「はあ、はあ、はあ」
草木を搔き分けて山を登る途中で声が聞こえた。
(誰かいるのか?)
劉徳は声のする方へと向かった。
そこには肩に矢を受け、岩にもたれかかっている人物がいた。
(この鎧は呉の皇族しか着れないものだ。まさか孫桓か?!)
劉徳が目を凝らす。
(今なら殺せる。敵の大将を)
劉徳は静かに剣を抜いた。彼はゆっくりと近づいた。
(だめだ。殺してはならない)
肩に刺さった矢を抜こうと苦しんでいる孫桓を見て、劉徳は剣を鞘にしまった。
(不意打ちで討ち取るなど道理に反する)
劉徳は見て見ぬふりをし、山を登り始めた。
「誰だお前は」
孫桓は劉徳に気づいて言った。
「名乗るほどの者ではありません。この場所には蜀軍がやって来ます。早く離れたほうがよいです」
「君は蜀軍の一員であろう。なぜ私を殺さない」
「敵味方は関係ありません。負傷して苦しんでいる人を殺すわけにはいかないのです。早く呉の陣に戻り医者に診てもらったほうがよいでしょう」
そういうと劉徳は立ち去った。
「はあ、はあ、痛い」
孫桓は我に返り、出血する肩を押さえながら急いで立ち上がり、山を下りた。
見晴らしの良いところまで登った劉徳は、騒然とした。
(なんだあの炎は)
孫桓の陣ではなく、劉徳の視線はそちらに向けられた。
「陸遜の援軍が我々の本陣を襲いました。退路が塞がれています」
移設したばかりの陣営からやってきた使者が伝えた。
(なんだと)
「退却だ」
山に登っていた劉徳は絶望的な戦況に青ざめ急いで合流した。劉備軍は急いで本陣に戻った。しかし見えたのはごうごうと燃える炎だけだった。
「本陣にいたもう二万の兵はどうなったのか」
劉備がおそるおそる聞く。
「陣営は火の海となり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化しています」
「劉備を討ち取れ!」
本陣に火攻めを仕掛けた陸遜軍がこちらに迫ってくる。前方に陸遜、後方に孫桓。兵の少ない孫桓の軍を突破したとしても、その先には長江が延々と広がっている。
挟まれた劉備軍はどうすることもできず、散り散りになった。
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次回は陸遜視点での戦いを投稿いたします。お楽しみに!