31 出発と到着
キマイラを倒した時の話を終えると、フルールは感心したように「おお~」と声を上げた。
「なるほど、そうだったんだね! あの時カイルくんから聞いた、キマイラを倒した後に名乗らず立ち去ったという学院生の正体がルークさんだったと……キマイラは学院生でも簡単には倒せない魔物だから信じがたい気持ちもあったんだけど、それがルークさんだったんなら納得だよ」
そこまで言い終えると、唐突にフルールはその場で頭を下げる。
「フルール?」
「ルークさん、お礼を言うのが遅れてしまって申し訳ない。うちのギルドメンバーを助けてくれて本当にありがとう!」
「気にしないでくれ、そもそも隠すようお願いしたのは俺なんだし」
「ふふっ、そうかい? だけどまあ、これはボクなりのケジメなんだ。ギルドメンバーを助けてもらってお礼を言わないなんて、自分で自分を許せないからね」
「……そうか。なら、どういたしまして」
フルールの誠実さを感じた俺は、これ以上は否定せず、素直に彼女のお礼を受け入れた。
そうすることで、こちらとしても誠意を返すことになると思ったからだ。
「……むぅ」
そんなやりとりを交わしている傍らで、なぜかティナが頬を膨らませていた。
「どうしたんだティナ?」
「せっかくのお兄様の活躍を見逃したことが、残念でならないのです。お兄様の栄光を世に広めることこそ私の責務であるというのに……!」
ちょっと何を言っているのか分からなかったので、聞き流しておくことにする。
その後、改めてカイルやティナたちが自己紹介を交わした後、今回のクエストに俺たちが同行することを告げる。
するとカイルたちは表情を綻ばせた。
「ルークさんがついてきてくれるなら百人力ですね!」
「うん、嬉しい」
「またあのとんでもない戦い方が見れるのか……ワクワクするな」
「バカ、あくまでサポートなんだから、出番がないように頑張るのが私たちの役目でしょ」
そんな会話をしていると、すぐにもう一組のCランクパーティもやってきた。
カイルたちとは違い、彼らは事前にフルールから今回のことについて聞いていたようで、リーダーの男性が俺に向かって手を伸ばしてきた。
「あんた達がルークとティナか。俺がこのパーティ【紫霧魔術団】リーダーのゴルドだ。今回の合同パーティでも指揮を執ることになっている。数日前に、ギルドマスターからあんた達が合同依頼に参加するかもしれないってのは聞いていた。承諾してくれたみたいで何よりだ。今回はよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
握手を交わし、紫霧魔術団の様子を窺う。
どうやら7人で構成されているパーティのようだ。
最終的にカイルや俺たちを合わせて計13人という、なかなかの大所帯になった。
「……ん?」
メンバーを見渡す途中、俺は違和感を覚えた。
紫霧魔術団の中に一人、不思議な雰囲気を纏った奴がいる。
ローブを羽織っているため顔を窺うことができず、何を考えているのかが分からない。
気配から察するにCランク程度の実力だとはとても思えないが、何か事情があるのだろうか。
とりあえず触れないことにしておく。
俺とゴルドの挨拶を終えたのを見て、フルールが切り出す。
「では、改めて今回の依頼について説明するね。依頼内容は王都の南にある遺跡の奥にいる魔物、グラウンドリザードの討伐だ。順調にいけば一日で帰ってこれる場所だから安心して行ってきてほしい」
「ああ」「了解」「はい」「ええ」
こうして、俺たちは目的地である遺跡に向け出発するのだった。
◇◆◇
グラウンドリザードが出現するという遺跡までは、比較的容易にたどり着くことができた。
道中でC~Dランクの魔物に襲われることもあったが、カイルやゴルドたちだけで問題なく討伐できていた。
結果的に出発から五時間足らずで、俺たちは目的地に到着した。
「少し時間を置いてから遺跡に入る! 皆は今のうちに体を休めておいてくれ!」
ゴルドの指示を聞いて、カイルたちは各々の方法で休息を取る。
そんな中、大して疲れていない俺はここまでの過程を振り返っていた。
近々Bランクに昇格させるつもりだというフルールの言葉通り、【蒼き守護者達】と【紫霧魔術団】にはそれにふさわしい実力があるように思う。
そもそもカイルたちは元々キマイラ相手に時間を稼げるだけの力量はあったわけだし、想像通りといえば想像通りだ。
ただ一点、気になることがあるとすれば――
「…………」
集団から少し離れたところで一人佇む、ローブの男を視界に収める。
アイツはここまでの道のりで、まったくと言っていいほど戦闘に参加していなかった。
今も一人で黄昏ているし、連携面で何かしらの問題を抱えているのかもしれない。
そんなことを考えていると、こちらにゴルドが近づいてくる。
「お疲れさん、ルーク。どうしたんだぼーっとして、向こうに何が……ってああ、アイツか」
ゴルドは俺の視線の先を見て、納得したように頷いた。
「アイツはセマーカって言ってな。ほんの数日前うちのパーティーに入ったんだ。入団試験の時はかなりの実力だと思ったんだが、今日は全然活躍できてないみたいだな……初めてのクエストが合同依頼だってこともあって緊張してるのかもしれねぇ、悪いな」
……ほんの数日前、か。
ちょっと違和感を覚える情報だが、無理に聞き出すほどのことでもないだろう。
頭の片隅にでも留めておけばいいか。
「もう三十分近く経ちますね、お兄様」
「ああ」
ティナの言葉に頷いて返す。
確かに想定していたよりも長い休憩だ。
同じことを思ったのだろう。折を見て、カイルがゴルドに向かって切り出した。
「ゴルドさん、まだ遺跡に入らないんですか?」
その問いに、ゴルドは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ああ、実はさっきギルドマスターに遺跡到着を伝える伝達魔術を送ったんだが、一向に返事がこなくてな……どうしたもんか」
「何か急用ができて、返事ができないってことですかね?」
「まっ、大方その辺りか。これ以上待ってたら日が暮れるし仕方ない……皆、これから中に入るぞ!」
ゴルドの指示に従い、俺たちは装備を整えると遺跡の入り口に向かう。
「ようやくですわね。行きましょうか、お兄様」
「…………」
「お兄様?」
「いや、なんでもない。行こう」
遺跡に入る途中、俺の視界には小さく口端を上げるローブの男――セマーカの姿が映るのだった。




