03 実験台にしよう ~VSキマイラ~
「グ、グルルゥ……」
「ん?」
カイルに対してテキトーに誤魔化している途中、背後から呻き声が聞こえたので振り返ると、キマイラがゆっくりと体を起こしながらこちらを睨んでいた。
どうやら、今の一撃で死ぬほどには弱くなかったみたいだ。
まだ戦闘意欲を失っていないらしいキマイラを見て、俺は小さく笑った。
「ちょうどいいな」
道中のグレイウルフ相手では身体強化をかなり制限しながら戦う必要があったが、これだけ耐久力があるならそれなりに相手になってくれそうだ。
改めて、今の体でどれだけ戦えるかの試金石にできる。
念のため、カイルたちに確認だけ取っておくことにする。
「アレ、俺がもらっていいか?」
「……(コクコク)」
勢いよく首肯するカイルたち。
これで遠慮する必要はなくなった。
俺はキマイラを真正面から見据える。
「悪いが、実験台になってもらうぞ」
そう告げた後、俺はキマイラに向かっていくのだった――
◇◆◇
Cランクパーティ【蒼き守護者達】のリーダーを務める僕――カイルは、目の前で繰り広げられる驚愕的な光景に目を奪われていた。
ハイ・グレイファング討伐を目的としたダンジョン攻略にきたはずが、ボス部屋に待ち受けていたのはAランクのキマイラ。
僕たちでは敵うはずもなく、撤退することすらできない状況で死を覚悟した時、突如として現れたのが彼――ルークさんだった。
ルークさんはたった一人で、キマイラと互角以上に渡り合っている。
それだけでも驚きなのだが、問題はその戦い方だった。
「ガルゥッ!!」
「っと――ふんっ!」
「ッッッ!!!」
キマイラの大爪を至近距離で躱したルークさんが、素手でキマイラの腹部を殴った。
何か魔術を付与しているようには見えないが、その一撃でキマイラの巨体は遥か後方に吹き飛ばされていく。
さらにルークさんの追撃。瞬き一つの間にキマイラの背後に回り込んだかと思えば、次の瞬間にはキマイラの体は遥か上空に浮かび上がっていた。
いったい何が起きたのか。
ルークさんの動きを見ようと視線をやるが、既にそこにルークさんの姿はない。
どこにいるのか探そうとした刹那、キマイラが猛烈な勢いで地面に墜落し、爆音を鳴り響かせていた。
「うん、なかなかいい感じだな」
スタッと柔らかく着地しながら、ルークさんは満足げにそう零す。
「もう少し付き合ってくれると助かるんだけどな」
「――――ッッッ!」
そして再び、キマイラに猛攻を仕掛けていく。
「「「「………………」」」」
その光景を見て呆然としているのは僕だけではなかった。
他の三人も何が起きているのか分からないとばかりに、間抜けな表情を浮かべている。
それも当然。僕たち人間は身体能力で魔物に敵わないからこそ、必死に魔術を覚えて遠くから戦うのだ。
それがこの世界の常識。こんな風に魔物相手に接近戦で圧倒する存在がいるなど、想像したことすらなかった。
そんなことを考えていると、ふと隣にいるフィオが口を開く。
「そういえばあの服装……見覚えがある。確か、魔術学院の制服のはず」
「魔術学院?」
王都で活動している以上、当然名前だけは知っている。
貴族の子女たちが通うエリート校だ。
これだけの常識外れな戦い方をする技術も、そこで教わったのだろうか?
確かさっき、ルークさんは飼育魔術と言っていた――初めて聞く魔術名だが、それがとんでもない力であるということだけはこの光景から分かった。
「グ、グルルゥゥ……」
ルークさんの異質さに気付いたのは、僕たちだけではなくキマイラも同じようだった。
接近戦で人間にやられるのは初めてだったのか、困惑した様子でルークさんから距離を取る。
そして――
「バウッ!」
「っ、あれは!」
その大きな獅子の口を開け、炎の塊を放つ。
キマイラは魔法を幾つか使うことができ、獅子の口からは炎を、山羊の角からは闇の魔力を、そして蛇の尾からは毒を放つことができる。
接近戦では勝ち目がないと見て、遠距離からの攻撃に切り替えたのだろう。
しかし――
「邪魔」
「ッッッ!?!?!?」
ルークさんが腕を振るっただけで、炎の塊は明後日の方向に飛んでいった。
結界魔術か何かを使ったようには見えなかったが、いったいどうやって……
ルークさんはその後も、続けて放たれた闇の魔力や毒を回避や弾き飛ばすことによって対応していく。
「いったい何が起きてるんだ……?」
「まるで夢でも見てるみたい」
「…………すごい」
僕たちが驚愕と困惑に襲われる中、決着の時は近づいてくるのだった――
◇◆◇
「よし、だいたいこんなもんか」
戦闘が始まってから約3分。
思ったよりキマイラの耐久力が高かったことも幸いし、試したかったことはある程度試せた。
とはいえギャラリーがいる中でこれ以上長引かせるのもアレなので、そろそろ終わらせる頃合いだろう。
と、判断したところまではよかったのだが――
「……ん?」
違和感を覚えた俺は、遠く離れたところにいるキマイラに視線をやった。
そして気付く。キマイラが新しい攻撃手段を取ろうとしているのを。
これまで一発ずつでしか撃ってこなかった炎、闇の魔力、毒を同時に生成し、一か所に集めて巨大な魔力の塊を生み出していたのだ。
魔力量は相当なもので、さすがに俺でも喰らえば無傷では済まないだろう。
とはいえ、躱すだけなら難しくない。
どれだけ威力が高くても、当たらなければ何の意味もないしな。
しかし――――
「……グルゥ」
「なるほど、それが狙いか」
厄介なことに、キマイラの視線は俺ではなく、背後にいるカイルたちに向けられていた。
俺には勝てないことを悟り、狙いをそちらに代えたのだろう。
なかなか狡猾な魔物だ。俺がカイルたちを守るためには、回避するわけにはいかなくなった。
さて、ならばどうするか。
今キマイラにトドメを刺すのは、魔力が暴発してカイルたちに被害が行く可能性があるため却下。
現実的には俺が根性で一撃を耐えきり、魔力放出後に生まれた隙をついて倒すのが一番だろうか。
「もしここに剣があれば完全に防ぐための手段もあるんだけどな。残念ながら、今の俺は素手で――ん? アレは……」
ふと、そこで俺はある存在に気付いた。
それは先ほど、キマイラに【伏せ】をした際に地面から飛び散った、鉱石の破片たち。
その破片の中に一つ、掴みやすい棒状のものが転がっていたのだ。
「よし、これなら――」
素早くその棒を拾い上げ、俺は改めてキマイラに向き合う。
その直後、
「グルォォォオオオオオオ!!!!!!」
荒々しい声とともに放たれる、赤、黒、紫の三色が入り混じった魔力の奔流。
それは大気中の魔力を吸い上げ、徐々に大きさを増しながらこちらに迫ってきていた。
「なんて大きさの魔力……」
「ル、ルークさん! 僕たちに構わず逃げてください! さすがの貴方でもあの魔力は――」
後ろからカイルたちの声が聞こえるが、当然そんなつもりはない。
否――そんな必要はない。
今の俺には武器がある。
剣には遠く及ばないが、この形状なら使える技はある。
俺は半身になると、鉱石棒を大きく弓を引くようにして構える。
そして力強く前に踏み込み、体全体の力を余すところなく解き放った。
「ハアッッッ!」
腕を捻りながら突き出された鉱石棒から、渦巻いた強烈な旋風が放たれる。
旋風は大気を押し分けるようにして前方に進み、魔力の奔流と衝突した。
均衡は一瞬だった。
旋風は軽々と魔力の奔流を穿ち、形を失った魔力が大気に霧散し溶けるように消えていく。
魔力を貫いた後も勢いを落とすことなく突き進んだ旋風は、そのままキマイラの体をも貫いた。
「グ、グオォォォォォ」
体に大穴を開けたキマイラが、断末魔の叫びを上げながら崩れ落ちていく。
それとほぼ同時に、鉱石棒も出力に耐えられなかったようで粉々に砕け散ってしまった。
まあ仕方ない。俺は振り返ると、そこにいるカイルたちに向かって言った。
「討伐完了だ」
カイルたちは状況を呑み込むために数秒だけ間を置いた後、盛大に歓声を上げるのだった。
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