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02 ルークは飼育魔術()を習得した


 ――Cランクダンジョン【虎狼(ころう)の巣窟】――



「ここか」


 放課後。

 俺は王都から程近くに存在するCランクダンジョンにやってきていた。

 というのも、


「実力者と戦うのは決めたところまではいいけど、そもそも今の俺がどれだけ戦える状態なのかを確かめる必要があるからな」


 ヌーイ程度なら問題なく瞬殺出来たが、Aランク以上の魔物相手ならどうなるか分からない。

 なので、まずはその辺りから検証していくべきだろう。

 ここを攻略してみて、問題がなければBランク、Aランクと難易度を上げていくつもりだ。


 ダンジョンの中に入る前に、俺は改めて今の自分の状況を確認する。


「……ふーむ、さすがに制服だけでも着替えてから来るべきだったかな」


 第一学院に比べて実力の劣る第二学院の生徒は、許可なしでダンジョンへ挑むのを禁止されている。

 俺が一人でダンジョンに来ているのがバレたら間違いなくお叱りを受けるだろう。


「まあ特に人気のあるダンジョンじゃないし、見つからなかったら問題ないか」


 そう結論を出し、俺は改めて「よしっ」と気合を入れる。


「じゃあ行くとするか」


 こうして俺は、【虎狼の巣窟】に足を踏み入れるのだった。



 ◇◆◇



 虎狼の巣窟の中は薄暗い洞窟になっていた。

 魔術師なら光や火の魔術で道を照らすのだろうが、俺にそれはできない。

 なので体内の魔力の一部を目に集め視力を高めることで視界を確保する。


「うん、細かい部分強化も問題なく使えるな……にしても、まさか素手でダンジョン攻略をする羽目になるとは」


 遠い目をしながら俺はそう呟いた。

 悲しきかな、魔術師が権威を持つこの世界では、剣なんて物は数百年前の文献に名前が出てくる程度の扱いでしかない。

 当然そんなものがすぐに入手できるわけもなく、俺は何の武器も持たないままダンジョンにやってきていた。


 まあ、ないものねだりをしても仕方ない。

 今の自分にできる戦い方をすればいいだけだ


「っと、そんなことを考えてたらさっそく遭遇か」

 

 洞窟内を歩くこと数分、とうとう1体目の魔物にエンカウントする。

 灰色の毛並みが特徴的な獣型の魔物は、一定の距離を開けた場所から俺を睨んでいた。


「グルルゥ」

「こいつは確か……グレイウルフだったか」


 Cランク指定の下位や中位とか、その辺りの脅威度だったはず。

 だいたいヌーイと同じくらいか。

 俺は指をポキポキと鳴らしながらグレイウルフに近づいていく。


「グルッ!?」

「ん?」


 するとどうしたことか、グレイウルフが何かを警戒するように背後へ下がる。

 俺の実力を見抜き撤退しようとしているのだろうか?


「いや違う。これは……接近戦をしてくる相手に出会ったことがないから困惑してるのか?」


 魔術師は基本的に距離を置いて戦う。

 となると魔物も当然、そんな魔術師に合わせた戦い方をするようになるだろう。

 そんな中で現れた俺というイレギュラー。警戒するのも仕方ない。


「まあ、警戒するくらいで対応できると思われても困るんだが」

「グゥッ!?!? ガウ――ッッッ!」


 グッと地を蹴り、瞬き一つの間でグレイウルフに接近する。

 グレイウルフは慌てて俺に噛みついて来ようとするが、もう既に手遅れ。


「ハァッ!」


 裂帛の気合と共に、俺は左足を振り上げた。

 つま先がグレイウルフの下あごを捉え、大きく開いた口を強制的に閉じさせる。

 同時に小さな体は上空へと弾き飛ばされ、勢いよく天井にぶつかり跳ね返って――


「あっ」


 ――くるかと思いきや、あろうことかグレイウルフの体はそのまま天井を突き抜けていった。

 ドガガガガガン! と、ちょっと洞窟の中では鳴ってはいけない音が盛大に木霊する。

 その証拠に天井には大穴が生じ、太陽が眩しかった。


「……さすがにやりすぎたか」


 洞窟内で出す火力ではないのはもちろん、そもそもこれでは俺の実力を試すこともできない。

 次からは加減しつつ魔物を倒そうと決めるのだった。



 それから数十分、俺は何体もの魔物を倒しながらダンジョンを進んでいった。

 少しずつ身体強化の出力を調整し、今の状態を確かめていく。

 そして、その過程で新たに判明したことが一つ。


「予想はしてたけど、やっぱり身体能力自体は異世界に呼び出される前に戻ってるんだな」


 召喚された当時の体に戻ってきたことから予想は出来ていたことだが……

 どうやら向こう(異世界)で魔王を討伐するまでの一年間で鍛えた分の筋力は、こちらの体に反映されていないらしい。


「とはいえ経験や技術まで失ったわけではなさそうだ。魔術を使えないだけで魔力量自体はもともとかなりある方だし……魔王クラスの強敵と戦わない限り、そこまで問題はなさそうか」


 だからといって、当然このままにしておくつもりはないが。

 また一から鍛えなおせば、より効率的に強くなれるはずだ。


 そんなことを考えながら歩を進めている途中、ふと俺はそれ(・・)に気付いた。


「……この先で誰かが戦ってるのか?」


 もう数百メートル奥――ボス部屋にあたるであろう位置から、戦闘音が聞こえてきた。

 ダンジョン内には俺一人しかいないと思っていたが、既に先約がいたみたいだ。


「けど妙だな、この気配は」


 他の攻略者の邪魔をするのもアレなので普段なら引き返すところだが、今回に限っては胸騒ぎがする。

 俺は駆け足になり、ボス部屋に向かった。



 ◇◆◇



「――やっぱり戦闘音はここから聞こえていたのか」


 5秒弱でボス部屋にたどり着いた俺は、中の様子を確認する。 

 すると予想通り、中では4人組の冒険者パーティが何かと戦っていた。


 だが様子がおかしい。

 広間の奥では、【虎狼の巣窟】のボスであるハイ・グレイファングの死体(・・)が転がっていた。

 ボスが既に討伐されているというのに、彼らはいったい何と戦っているのか。


 広間中を縦横無尽に駆け巡るそれ(・・)が立ち止まったタイミングで、俺はその姿をしかと見た。

 

 頭と胴体はライオン、尾は蛇。

 そして背中からは山羊の頭が生えているという、ちょっとデザインセンスを疑ってしまうような姿形をした魔物がそこにいた。


 その正体を俺は知っている。


「――キマイラか」


 Aランク中位指定魔物――キマイラ。

 ランクから分かる通り、非常に強力な魔物だ。

 当然、Cランクダンジョンである【虎狼の巣窟】にいていいレベルの魔物ではない。

 何かしらの異常事態が起きていると考えるのが自然だろう。


 そんな風に考えていると、パーティの前衛を務める金髪の少年が叫ぶ。



「くそっ……! ギルド総出の討伐隊から逃げたとされていたキマイラが、まさかこのダンジョンに身を潜めていたなんて!」

「どうするのカイル? 防御に徹しているけど、いずれ結界を破られる」

「分かってるけど、だからといって簡単に逃がしてくれる敵でもない……!」

「ちょっとハイ・グレイファングを倒しに来ただけのつもりが、とんだ災難に巻き込まれたわね!」



(……なるほどな)


 俺の存在に気付いて説明してくれたわけではないだろうが、おかげで大体の状況は理解した。

 彼らにとってもこの状況はイレギュラーであり、まさにギリギリの綱渡り状態ということだろう。

 攻撃を務める前衛2人、補助と結界構築を務める後衛2人に分かれてよくやっているが、キマイラ相手に通用する力量ではなさそうだ。


 本来であればダンジョン内における獲物の横取りはタブー行為だが――


「そうも言ってられる状況じゃなさそうだな」


 覚悟を決め、俺は体内の魔力を循環させていく。

 そして――――


「くっ! ダメ! 結界が全て破られたわ!」

「再発動まで10秒はかかる!」

「まずい、キマイラがもうすぐ目の前に!」

「――――――ッ」


 均衡は崩れる。

 結界を失った魔術師に身を守る術はない。

 キマイラは恐るべき速度で前衛の2人に肉薄し、その獰猛な口を大きく開き――



「【伏せ】」

「バウゥッ!?!?」



 ――直後、間抜けな声とともにキマイラは勢いよく地面に叩きつけられた。

 キマイラの巨体は大きく沈み、爆発が起きたかと思わせるほどの轟音と衝撃によって、地面だった破片が周囲に散らばっていく。

 その後に残されたキマイラの姿は、まさしく【伏せ】と命じられた飼い犬のようだった。


「……は?」

「……え?」


 突然の出来事に、困惑した声が後ろから聞こえる。


「大丈夫か?」


 金髪の――先ほどカイルと呼ばれていた少年と、黄緑色のセミロングの少女にそう声をかけてみるも、質問に対する答えは返ってこない。

 その代わりに、


「貴方は……? それに今、いったい何をして――」

「……ふむ」


 そう訊かれた俺は頭を回転させる。

 正直に筋力でぶん殴っただけと答えても、信じてもらえるどころか、さらに混乱させてしまいそうだ。

 ……そうだ!


「俺はルーク。そんで今のは――」


 妙案を思いついた俺は、それをそのまま口に出すことにした。

 獣型の魔物を圧倒する力。それを強引にそれっぽい魔術に置き換えるなら――



「――――飼育魔術だ!」

「飼育……魔術?」



 ――決まった。

 俺はそう確信するのだった。

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― 新着の感想 ―
この魔物って人間=遠距離攻撃の図式が出来るほど多くの人間と戦って生き残ってきたのか?だとしたら相当な長生きだし強い個体って事だろうか?基本的にダンジョンの魔物はリポップしても大半がすぐに冒険者に討伐さ…
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