14 学院長と試験詳細
第一学院にある学院長室は非常に豪華な扉で閉ざされていた。
一度深呼吸をした後、軽くノックする。
「どうぞ、入りなさい」
「失礼いたします」
透き通るような美しい声に従い、俺たちは扉を開け中に入る。
中も予想に違わず、豪華で大きな部屋だ。
しかし俺たちの注目は部屋の様子以上に、奥の執務机にいる一人の女性に向けられていた。
彼女の姿を確認すると、ぱっと姿勢を整える。
「第二学院三年、ルーク・アートアルドです」
「第二学院四年、ユナ・ミアレルトです」
「第一学院三年、ティナ・アートアルドです」
三名の名乗りを聞いたその女性は、興味深そうに顔を上げる。
「一人だけ呼んでいない子がいるみたいだけれど、まあいいかしら」
美しいブロンドの長髪を靡かせながら立ち上がると、彼女はコツコツとこちらに近づいてくる。
「ティナさんを除いて、直接話すのはこれが初めてね。私はこの王立第一学院、そして第二学院の学院長を務めているアリア・アルメヒティヒよ。よかったらこの場で覚えていただけたら嬉しいわ」
冗談にも程がある。
この学院で、いやこの国で、彼女のことを知らない者など一人もいないだろう。
下級貴族出身でありながら才溢れる魔術師として名を轟かせ、他国との戦争では一騎当千、一度として負け知らず。
さらには学院長を務めていることからも分かるように、後進の育成にも力を入れている。
国内最強とも謳われるSランク冒険者、レオノーラ・フォルティスを育成したことは特に大きな成果として挙げられている。
以前の俺ならば、それらの評判を言葉通り受け取るしかできなかっただろう。
けれど今は違う。自分の肌でそれらが真実であると確信する。
アリアの醸し出すオーラは本物のそれだ。
聖剣を持っていない今の俺ならば、苦戦ないしは敗北もあり得るかもしれない。
絶対に敵に回したくない人リストの中に入れておこう。
ティナに次いで二人目となる快挙だ。
それにしても噂などから察するにそれなりの年齢のはずだが……
二十代半ばくらいにしか見えないのは何か秘密があるのだろうか?
「ルークくん、どうかしたかしら?」
「いいえ、何もありません」
「そう? ならいいのだけど」
頭の中が読まれたような気がした。
やはり侮れない。
「さあ、挨拶も済んだところでさっそく話に入りたいの。こちらに座ってちょうだい」
アリアがパチンと指を鳴らすと、どこからか椅子が三つ現れる。
ティナ、俺、ユナの順番に座ると、アリアが話を始める。
「単刀直入に言うわ。ルークくんとユナさんの進級試験結果について、一部から疑いの声が上がってるの」
「そうみたいですね」
発表の場で、ヌーイだけではなく他の者からも疑いの視線を向けられたことを思い出す。
「ええ、これまで実技でまともな点数を取れたことのない二人がパーティを組んでAランク依頼を達成するなんてありえないもの。それに加えて、これを見て」
アリアはロックドラゴンの石角を出す。
「貴方達がグレイド鉱山で討伐したというロックドラゴンの素材よ。これを鑑定したところ、魔力の質から特殊個体であることが分かったわ。実際はSランクにも匹敵する力を持っていたみたいね……もうこれ以上説明はいらないわね?」
「はい」
「は、はい」
要するに、ヌーイ達だけではなく学院としても、その真偽を確かめたいと思っているのだろう。
それと今回呼び出された理由を合わせると、今後の展開は容易に想像がつく。
「つまり、私たちはそれが本当だと証明しなければならないということですね?」
アリアはこくりと頷く。
「その通りよ。そのために、今回の編入試験は通常と少し形式を変えさせてもらうわ。本来ならば同学年の第一学院生と模擬戦を行い、勝利、もしくはそれに値する結果を残すことによって合格となるわ。けれど仮にそれで合格できたとしても、Aランク依頼を達成した証明にはならない。せいぜいがBランクと認められるくらいね」
そこで一度言葉を止め、アリアは続ける。
「試験内容をこのように変更します。貴方達は二人でAランク依頼を達成したわ。ゆえに二人でそれに匹敵する者達と戦ってもらいます。第一学院では積極的にパーティを組み、依頼を受けていることは知っているわね?」
「はい、それで少しでも実力を高めようとしていると聞いています」
「よろしい。その中で、ミカオー・フレンジェをリーダーとするAランクパーティ、炎黙の顎が名乗り出てくれました。ぜひとも、貴方達の転入試験の相手を務めたいらしいわ」
フレンジェ? どこかで聞いたような気がするが、思い出せない。
とりあえずAランクパーティが試験の相手であることを覚えていれば問題ないだろう。
「私はそれで問題ありません」
「わ、私も! 一人だったらこわくて無理かもしれないですけど……ルークと一緒になら、Aランクパーティとも戦えます!」
「それは良かったわ。ところでティナさん、珍しく先ほどからずっと静かだけれど、これでよろしい? 貴女の兄が大変なことになっているけれど」
「ふふふ……大変? 何を言っているんですか?」
「? ティナさん」
顔を落とし肩をふるふると震わせているかと思えば、ティナは突如として勢いよく立ち上がる。
「ようやく、ようやくですわ! 私しか知らなかったお兄様の実力がようやく、周りに知れ渡るのです! Aランクパーティ? そんなものお兄様の敵ではありませんわ!」
「……ルークくん、随分と妹さんから信頼されているのね。こんなティナさんは初めて見たわ」
「すみません、こうなったらなかなか止まらなくて……」
「見てて面白いから大丈夫よ」
いいのか、そんな理由で。
「私も興味が出てくるわね。歴代最高レベルの結果を残し続けているティナさんがここまで信頼する貴方が、どれほどの実力なのかを」
「……期待に応えられるよう、努力します」
「ええ、試験は三日後。楽しみにしているわ」
「はい。それでは失礼いたします」
「ティナさんはちゃんと連れて帰ってね」
おいていっちゃダメかな?
「――圧倒的な魔物の脅威を前にして、勇敢な佇まい、振るわれる腕、真っ二つに両断される敵! その光景を前にした瞬間から、私はお兄様のことを――」
「ほら、行くぞティナ」
「――はい、お兄様!」
「な、なんだか切り替えがすごく早くてこわいね」
ユナがちょっと引いていた。
だけど、Aランクパーティを相手にしなければならないと聞いた時に比べて、いくらか緊張は解けているようでよかった。
「じゃあ、さっそく作戦会議だ。ユナ、転入を勝ち取るためにも頑張ろう」
「うん、ルーク!」