嫌な予感
キッチンで偶然出会ったみるくの顔は、それは大そう疑問に満ちた表情をしていた。
それはそうだ。ご自慢の牛乳睡眠薬で眠らせ、中からは絶対に開かない冷凍庫に保冷していた人間が今、目の前に平然と立っているのだから。
「……」
しかし幼女は、そんな思わぬ事態に騒ぎ立てることはなく、黙ってこちらの様子を窺っている。
「……」
対して俺の方も、あんなものを見せられた後ではどういう対応をしたらベストなのか正直分からない。怒れば良いのか、はたまた同情すればいいのか。
そんな互いに様子を見合い牽制し合っていると、それはみるくの方から先手を打って来た。
「お兄ちゃん、どうして此処にいるの?」
初めて公園で会った時と同じ、無垢な幼女のフリをした純粋な顔と声音。しかし、もうその手は通用しない。
「もう、その演技は止めにしようぜ。お前が無垢な子供を装って人を攫って、あの地下に幽閉してんのも全部知ってる」
やはりバレているかと、苦虫を噛み潰したような顔を作るみるく。そして俺はさらに続けて、
「それが、シスターからの逆らえない命令だって事もな」
今度はさすがに、その表情が驚愕に染まり動揺が浮かんだ。なぜ知っているんだと、言わんばかりだ。
そして、みるくは正体を知られた状態での真っ向からの一対一では勝てないと判断したのか、観念したように身体の緊張を緩める。
「付いて来てください」
砕けた子供口調もやめ、俺をどこかに案内するように促す。
また罠かもしれないとかもしれないとも考えたが、不思議と俺はその背中に付いて行く事にした。
建物を移し、かなりの距離を歩いたその先には一つの部屋があった。
みるくはその扉を無言で開けると、
「あ、お姉ちゃん」「お帰り」「その人、誰?」
そこには鎖に手足を縛られ、身体の弱った子供達が十数人ほど軟禁されていた。
「これは……」
「この施設の現状を知っているならもう分かると思いますが、この子達はアイツに捉えられている人質です」
情報でも知ってはいたが、やはり実際に見てみると想像よりも数倍酷い。
皆四肢は痩せこけ、俺みたいなよそ者を見る目は恐怖に満ちている。
「この学園内で自由に行動ができるのは、AAであるみるくともう1人、はちみつという少女だけです。
この子達は、常に手足に手錠を付けられたまま、ご飯もお風呂もトイレも、寝る時でさえも自由はありません。
かと言って、別にみるく達も優遇されているわけじゃありません。ご飯は質素だし、お風呂に入る時間も決まってます。それ以外はひたすらアイツの言う事を聞いて、はちみつは人を攫ってこれないからみるくが外に出て人を騙して攫って、はちみつは学園内の掃除や家事諸々の雑用。
日々考えるのは、どうやったらシスターが怒らないか、どうやったら、もう1人も死なせないで、皆今日を生き抜けるか。それだけです」
そう呟く幼女の声は、ひどく荒み苦しんでいるように聞こえた。
たしかに今この場にいる誰一人として、明日に希望を持っているような顔をしていない。皆表情はこれ以上ないほど暗く、場はどんよりとした空気が充溢している。
まるで、引き籠っていた時の俺と同じように…。
「これを、俺に見せた理由は?」
そう尋ねると、みるくはグッと自分のスカートの裾を強く握り、意を決したように俺の顔を見上げた。
「今日、アナタ達を狙ったのは偶然じゃありません。やっと見つけた、この街でAAを…。正直、あの冷凍庫から出られるかどうかは、試した節があります。あのくらい簡単に突破しなきゃ、アイツは倒せない。
騙して、勝手に攫ってきて失礼なのは重々分かってます。けど、どうか、どうかみるく達を……」
その次の言葉を、みるくが口にしようとした瞬間…、
「ギャイアアアアアアアアアイイヤヤアアアーーーーーーーーァァァアァッッッ!!!」
つんざくような怒号が轟き、俺は思わず耳を塞いだ。
一拍置いて、
「アイツが、呼んでます。…行かないと」
そう言って、みるくは足早に去って行く。
「おいっ!」
子供達と取り残された俺は、一体どうすればいいのか。
みるくが俺達を攫った意味も、口にしようとしていたあの言葉の続きも、何となくは理解できる。
しかし、こんな現状を見せ、その心に訴えかけて来るなど、些かズルいだろう。
「俺は、そんな大それた人間じゃねえってのに…」
光の持たぬ子供達の瞳を一身に浴びながら俺は、その場から動くことができずただ立ち尽くす事しか出来なかった。
*****
教会内では今、バトルナース:注木射恋とハーピーシスター:オーグレス・プラックによる、激しい火花が交錯していた。
勇鳳に刺した時と同じ、射恋の専用武器である1メートル弱の巨大注射器〔シリングスタビライザー〕とプラックの鉤爪が激突するたび、辺りの椅子や照明、観葉植物などが破壊されていく。
「パラリシス・ストライクッ!」
注射器を正眼し突撃する射恋に、
「甘いわね」
その攻撃を風で薙ぎ払うと、態勢をよろめかせた射恋に強力な爪が迫る。
「閃光明眩弾」
すかさず、攻機の右手人指し指から発射された閃光弾がプラックの眼前で弾けると、周囲一帯に眩い閃光を迸らせた。
予測していなかった一撃に、視界を奪われよろめくプラック。と同時に、打ち合わせゼロだった射恋もその閃光を諸に喰らってしまい、「目がーっ!」とのたうち回る。
そんな射恋をひっ捕らえて、2人は一度態勢を立て直す。
「大丈夫カ?」
「大丈夫なわけないでしょっ!ハーピーがん見してたら視界がいきなり真っ白になったわ。やるならやるって言ってよ」
「ソンナ暇ハナカッタ」
顰蹙し目をシュパシュパさせながら、文句を垂れる射恋。
何回か瞬きを繰り返しようやく回復するが、それはハーピーも同様だ。
「良いの持ってるわねぇ、そこの鉄屑ちゃん」
当然、その閃光弾に攻撃性能はないためピンピンしている。
その歪んだ嘲笑たるや、本当に生涯を神に捧げ奉仕を誓った修道女かと思えるほど、凶悪で悍ましい。
「ソンナ事ヨリ…」
そこでチラリと、攻機は射恋に視線を送る。
「…うん」
憩いの方もそれは重々承知しているようで、プラックから目を逸らさず頷く。
教会内を見渡すと、そこには柱に身を隠しているはちみつの姿。この激しい戦火の中ではいつ被害が出てもおかしくない位置であり、さっきから気が散って戦いに集中できない。
なんとか安全な場所へ確保できないかと、射恋は即座に右に視線を移し攻機へのアイコンタクト。
それで大体射恋の考えている事を察した攻機は左手を地面に向かって構えると、
「紫煙消幕弾」
左薬指から発射された煙玉が教会の床に着弾。ブワッと辺り一面に紫の煙を蔓延させた。
今度は教会内にいる全員が、煙でそれぞれの姿を捉えられなくなる。
筈が、その中で一人。家事現場の建物内ほどモクモクとしたこの状況下で、盤面を明瞭に把握できる者がいた。
以前にも言った通り、その五感が一般的な人間より数倍優れており少し違う構造の眼を持つ対戦闘用殺戮アンドロイドは、その深い煙幕の中でもしっかりと醜き怪物とはちみつ姿を捉えることができた。
煙を掻き分けながら全速力ではちみつの元へと駆け寄り、安全な場所まで運ぼうとした………その直前、突如として強烈な突風が吹き荒れ煙が一瞬にして霧散。さらに開けた視界の先には、まるで攻機の行動を先読みしていたかのようにプラックが待ち構えていた。
「お返しっ」
突っ込んでくる攻機に対し、プラックはさきの目くらましのお返しとばかりに渾身のパンチをお見舞いする。
「……クッ!」
寸前での進行の急転換によりなんとかクリーンヒットは避けた攻機だが、その一撃で機体の脇腹部分が大きく抉られる。
やはり子供を人質に悪行をやらせるだけあり、こちらの最優先でやりたい事も分かっているプラック。
自分の身が危うくなれば、平気ではちみつを盾にすることもあり得るだろう。
戦闘の中ではちみつがプラックの手中にあっては、射恋達の方は無闇に手を出す事が出来ず行動も限られてしまう。
「ふふっ、何をそんな肩ひじ張って緊張してるのか知らないけど、安心して。今この場に居るこの子も、他の子供達も、仮にも同じ釜の飯を食って同じ屋根の下で寝た家族。そう易々と売ったりはしないし、無意味に殺したりもしない。
ここは、正々堂々と勝負しましょう」
すると意外にも、それはプラックの方からそんな言葉が投げ掛けられた。
『正々堂々』など全くもって似合わない四字熟語ではあるが、わざわざ優勢かに思える状況からフェアに持っていくメリットが感じられない。
罠か、あるいは自分の力を相当過信した故の提案か。
「それは、こっちからしたら願ってもない提案だけど………、いいの?」
「何が、かしら?」
「折角の有利を手離すような真似して」
「ふふ、別にこんな物有利にもならないわよ。私は負けないわ」
と余裕たっぷりのプラック。やはり、どこまでも自分の実力に自信があるようだ。
命が懸かった大事な一戦、遠慮なくそのお言葉に甘えさせてもらう。
「OK。じゃあ正々堂々、真剣勝負でいこう!」
プラックが手でシッシとはちみつを教会の奥に下がらせると同時、攻機はその機体の性能をフルに活かしたマッハスピードで、プラックに肉薄する。
「電網捕獲弾!」
素早く突き出された右手の中指から、電磁式の捕獲ネットがプラックを包み込むように射出。
対して避ける事も破る事もできたプラックは、敢えてそれに捕縛。次の行動を窺った。
「こんな貧弱な網じゃ、ワタシは止められないわよ」
「知ってるよん」
そして間髪入れず、攻機の背後から顔を覗かせた射恋がパラリシス・ストライクの連続剣撃。
鋭い針の刃が、その身体・腕・脚へと穿通し緑色の血液が吹き出すが、
「うーん。まあまあね」
その体力は2割も減っておらず、ほぼノーダメージ。加えて、
「………ッ!?」
刺さった針先が太腿の圧力によって抜けなくなった。
もたもたしている隙に特大の風撃を食らい、教会の壁際まで盛大に吹き飛ばされる射恋。
そのダメージの大きさをHPによって数値化すると、なんと体力ゲージの3分1を持っていかれる程だ。
(強ッ…)
正直、少々舐めていた部分があった。射恋の現在のレベルは29。【A・V】プレイヤー全体で見れば高い方だとは言えないが、イッパシに戦えるレベルではある。
元々【A・V】の経験値のシステムはあまりハッキリと明言されておらず、その上がり幅も現実の早熟・晩熟などの要素を採用しているためか個人差がある。よって、序盤から早々レベルが上がっていき天狗になり、後から成長が止まってしまい泣きを見る者もいれば、序盤こそ苦労したが中盤でググンと成長する者もいる。そればっかりは自分の特性なので何とも言えない。
今の攻撃力・防御力からして、おそらくプラックのレベルは射恋よりも数段上だ。
ここまでとは思わなかったと、射恋は奥歯を強く噛み締める。
なら、勝てないと言って諦めるのか。………否。ゲーム___こと【A・V】に至っては、戦闘面での優劣は何もレベルだけに依存せず、所詮は一つの強さの指標にしかならない。
そのレベルが100も200も離れているなら話は別だが、相手の動きが捉えられ、ほんの少しでもダメージが与えられるならそれは誤差というもの。
こんな程度で、子供達を見捨てて諦める事は絶対にしない。
「勝負は、こっからでしょっ!」
そう言って勢いよく立ち上がった射恋は、その手に〔ジェットインジェクター〕を構える。
近距離戦がダメなら遠距離戦で勝負だと、銃口をプラックへと向け引き金を引く。
その弾丸は目にも止まらぬ速さで、またもプラックの腕を貫く。ダメージはシリングスタビライザーと同じくらいどころか、さらに低いミリ単位。痛みもさっきの方がもう少しはあった程度だ。だが、途端にプラックは自分の下半身に微小のしびれを感じ動かしにくくなる。
「……これは」
麻酔薬。弾丸として放たれた麻酔薬が皮膚を貫通し、体内から浸透したのだ。
「どっかの名探偵みたいなことするじゃない」
ニヤケが止まらないプラックはそこで初めて、ここまではウォーミングアップだったとばかりに少しのやる気を見せる。
「その球遊び、付き合ってあげる」
そう言うと、徐にその身体に風を纏わせる。元々ハーピーとは、『風の精霊』と謳われた逸話も存在する。
泥団子を作る要領で風の球を生成すると、プラックも遠距離勝負に乗ったとばかりにその風弾を投擲。
その一撃の威力は、諸に食らえば簡単に四肢が吹き飛びそうな程だ。
手加減しているのか風というわりに速度はあまりなく避けられなくはないが、その色が透明色に近いため非常に見ずらい。
そうして、やっと噛み合ってきた攻機のサポートと連携して攻撃を重ねる射恋達だったが、この2年間ほどで数々の人間を襲い喰らって来た経験は伊達じゃなく、やはりこの怪物は相当な手練れだと認めざる負えない。
「……フム」
このままでは埒が明かない。逆に消耗戦となればなるほど、不利になるのは射恋達の方になってしまう。
そう思った攻機は逡巡したのち、「仕方ナイ…」とその動きを一変させる。
自分が今出せる最大出力のスピードで疾駆すると、そのままプラックの四方八方を撹乱するように舞い始めた。
「…あ?」
さらに舞って、舞って、舞って、………舞うだけ。
そう、いくら素早さがあっても、有能な小技を有していても、結局のところ相手にダメージを与えられる『攻撃力』がないと話にならない。このなんちゃって殺戮アンドロイドには、その最も重要となる攻撃力が欠如していた。
「いつまでも何もしないで、蠅みたいに鬱陶しわね」
一向に攻撃せず繰り返し周囲を滑走するだけの攻機に対して、いい加減プラックも嫌気がさし始める。
たしかに早いのは認める。それはプラックでさえも目で追えぬほどだ。しかしプラックには、その眼では決して捉えきれぬ蠅を、叩き落とす術を持っていた。
先程の紫煙が立ち昇る中での、はちみつを避難させようとした攻機のその先を行くようなプラックの行動。あれは単に煙の中で攻機の動向が見えていたわけでも、行動を予想して当てずっぽうで先回りしたわけでもない。
ほんの少し未来を予知したのだ。
ハーピーという種族は一般的にその見た目に相反して高い知性を持っているとされており、卓越した知性により一瞬だけ未来を見通せる予知能力を使う事ができる。
もはや早すぎて逆にゆっくりに見える領域まで到達した攻機に対し、プラックは予知能力でタイミングを合わせてそのボディにご自慢の鉤爪をクリティカルヒット。
肩口から深々と金属製の装甲にプラックの爪が直撃し、甚大なダメージを負い吹き飛ばされる攻機。
先程の一発と相まって、その身体は二つに千切れてしまう。
何とも非情なことに、相手を一撃で鎮める事のできる攻機にはない攻撃力が、プラックにはあった。
「マダ、、ダ」
損傷個所からビリビリと漏電させ、ガタガタの上半身だけでどうにか戦おうとする攻機。だがそこに、追い打ちとばかりに怪物の足に踏み潰され、完全にその機能を停止させる。
HPはまだ残っているが完全に動かなくなった鉄屑に、プラックはゆくっりと顔を近づけ覗き込む。
「よくよく見るとあなた、ちょっとメカメカしくて身体に悪そうね。良いわ、腹ごしらえは1人で十分」
そう言ってターゲットを射恋へと変えた。……次の瞬間。
ギュイーーーンッッッと機体の右胸部が徐に発光し、攻機は叫んだ。
「必殺奥義発動!ブレイクスルーアウトッッッ!!!」
刹那、周囲に静かなる波動をもたらす。
攻機のザ・アルカナ〈ブレイクスルーアウト〉は、対象者のスキル・アビリティー・権能・バブ・アイテムなどあらゆる能力の無条件使用不可を付与する。
全身のボディが発光するのと同時、プラックの下に魔法陣のようなものが顕現。身体にはデバフエフェクトを表す虹色のポリゴン粒子状のリングが三本ほど纏わり付き、周囲の風を打ち消し、さらにはその身体の自由も効かなくなる。
「何のマネかしらぁ?こんなもの時間稼ぎにもなんないわよ」
そう。ハーピーの元々も地力に加えて、今の攻機は虫の息。こんなのは所詮、見苦しい悪あがきにしかならない。
___だが、ほんの数秒。数瞬でもその時間が生まれたのならば、その悪あがきは一発逆転、起死回生の一手と成り得ることもある。
「ッ!?」
通常その効果時間は、30秒〜1分程度。………だが、
「俺ガ何ノ意味モナク、タダタダ貴様ノ周囲ヲ回ッテイタダケダト思ウカ?」
「何!?」
先程の攻機の蠅戦法はただ速さ自慢や相手の攪乱ではなく、いわばマーキング。
通常攻機を中心としてその範囲に入った人間の能力を封じるブレイクスルーアウトだが、特定の人物・モンスターにマーキング、つまり狙いを絞る事で範囲攻撃ではなく単体攻撃へと形を変える。
そして、行動停止やステータスダウン、その他の能力抑制の幅、効果時間が絶大に跳ね上がる。
「今ダ、『ナース』!!!」
「がってんっ!」
全能力封印と加えて行動抑制・ステータスダウンの超デバフ。これ以上ない程の絶好のチャンスに、合図と共に走り出す射恋。
その手には、さきのインジェクターとは比べ物にならない程の巨大な大砲:〔バンディッジバズーカ〕が担がれている。
「クソッ!」
さすがのプラックもついに焦りを見せ、アルカナから逃れようとする。…が、間に合わない。
射恋は仰々しい銃身で慎重に狙いを澄ませ、標的は醜きハーピー。その威力はとてつもなく強力で、今のデバフ状態のプラックではおそらく一溜りも無いだろう。
しかしそれは逆に、強烈な威力ゆえに周りに被害が出る可能性もある。頭の良いプラックはすぐにそこに気付き、辺りを見渡した。
「はちみつっっ!!!」
辛うじて機能した口で力いっぱいにそう叫び、恐怖心に支配された幼女に言う事をきかせる。
その被害が及ぶところまで出されたはちみつは、しかし、
「〈PP〉」
射恋は太ももに貼ってあった2枚の絆創膏をはちみつと攻機に向かって投げると、それは肥大化し巨大なシールドへと姿を変える。
これで、心置きなくこのクソッたれな怪物シスターに一発ぶちかませる。
「あの世で神様に土下座しな。〈スキャブス・キャノン〉ッッッ!!!」
刹那、紅に焼けた強烈な砲弾が真正面からプラックを襲い、凄まじい衝撃と土煙をあげた。
一拍置いて、教会内には沈黙が訪れる。音沙汰のないプラックを攻機の生体感知で確認してもらうと思った射恋だが、どうやら全ての力を使い果たし今度こそ本当に機能停止してしまったらしい。
ただ、あの距離からあの威力。まともに防御も取っていないとなれば死まではいかなくとも致命傷までにはなっているだろう。
「ふう………」
ブレイクスルーアウトの効果時間が切れ、射恋も特大の一撃を叩き込んだ反動で地べたへとへたり込む。
………がそこで、
「う~ん、さすがに今のはちょっと効いたかも」
煙の中からねっとりとした声が鳴り、全身の血の気が引き背筋が凍てつく射恋。
「ッ!!??」
すぐさま跳ね起き、臨戦態勢で距離を取った。
晴れて来た土煙から姿を覗かせた怪物は、左上半身を射恋の渾身の大砲で消失させながらもその目は死んでおらず、殺意はどす黒いオーラとなって可視化できる程に膨れ上がっていた。
余裕を見せ、遊んでいたさっきまでとは明らかに違う。完全に殺りに来る眼だ。
しかし、強がってはいるもののプラックの体力は残すところ5分の1程度。やはりさきの攻撃のダメージは絶大であり、これなら戦況は五分。
攻機がダウンしているため、ここからは正真正銘の一対一で決着がつく。………ならば、
プラックが態勢を立て直す前に追撃をお見舞いすべく動こうとした射恋は、そこで『ドクンッ』と一際大きく心臓の鼓動が跳ね上がり、突如の眩暈に襲われよろめいた。
「…っ!」
さらにもう一回、『ドクンッ』と跳ね上がる心臓。
仮にも医療従事者であり、これまで幾人もの患者を看病してきたナースには分かった。これは、身体が異常信号を発している時の症状だと。
(なんで!?)
健康状態など人一倍気を付けている方だし、こんな緊迫した状況下で突如引き起こすような持病も持ち合わせていない。なら、何故?
と悪化する眩暈に耐え切れず、前屈みにしゃがみ込みながら考える射恋。するとそこで、
「………ごめんなさい。………お姉ちゃん」
静かに、しかしハッキリと聞こえた。震える声で、謝る幼女。
刹那、射恋は察する。先程渡されたはちみつ、あれに毒が盛られていたのだと。
「なん、で?」
急激に吐き気を催し、徐々に痺れる身体。なんとか意識を保ちながら、射恋は優しく尋ねた。
すると教会の奥で泣きながら、はちみつは答える。
「……わがらない!けど、どうにかしなぎゃって。この人達がシスターに逆らえば、みんな殺されちゃうって思ったがら、何がしなぎゃって思ったがら………」
それは、子供が故の、到底責める事なんてできやしない行為。
此処で暮らす子供達は、日夜恐怖と死が隣り合わせの極限状態の日々を過ごしている。
シスターの機嫌が少しでも変われば、その気まぐれ一つで簡単に無くなってしまう命。
みるくやはちみつを含め子供達は、プラックの怖さをこれ以上ないくらいに植え付けられている。
隔離された監獄のようなこの学園内で助けなど来るはずもないし、もし来たとしてもプラックが負けるとは微塵も思わない。
そんな中、このままでは時間の問題だと、奇跡的に遭遇したAAである勇鳳達を攫って来たみるくと、それを知らず現状なんとか耐えられている日常を脅かそうとする侵入者を見つけてしまったはちみつ。
もはやどれが最善の選択で、どれが正常な判断なのかなど、今のこの子らには分からない。
ただその時はちみつが直感的に感じたのは、この人達を助けないとという良心と、同時にこの人達を助けた事をプラックに知られれば、子供達に危険が及ぶという恐怖だった。
はちみつの取った行動は、命を握られた現状ならプラックの気分を無駄に損ねぬようにとあり得る選択だし、それを責め立てる道理など注木達にはない。
悪いのは全て、この醜悪なるハーピーなのだから。
罪悪感で滂沱するはちみつをよそに、射恋は解毒薬を打とうにも気づくのが遅れたため、手足が痺れてもう打つことができない。
頭の良いプラックなら、今の流れを見ただけで大体の経緯は把握出来るだろう。
「あは~~っ。良くやったわ、はちみつ~。見直したわ。今後私がピンチになった時でも、あなたは最後まで生かしておいてあげる。当然、今回のペナルティも帳消しにしてあげるわ」
興奮気味な口調で、衰弱した射恋の前に佇むプラック。
射恋も攻機も、もう指先一つ動かす事は適わない。
(負けちゃった……か)
油断していたつもりはないが、結局はみるくに睡眠薬を盛られた前回の失敗から全く学ばず、またもや一杯食わされてしまった自分の責任だと、射恋は素直に敗北を覚悟する。
「さ~てお嬢ちゃん、あなたはどうしてやろうかしら。そうねー、まずはそのキレイな身体にゲロを満遍なく塗りたくってあげるわ。その後身体の部位を一つずつグチャグチャにしてから、ゆ~~~~っくりと味わってあげる♡」
あり得ない程の変態っぷりを見せつけ、一人で勝手に高揚するプラック。その姿たるや、まごう事なき醜い怪物だ。
こちらの方が先に反吐が出そうだが、そんな相手に惨めに負けてしまったのだから仕方がない。
「あとは、頼んだよ」
あとはもう、建物内からすでに脱出してるであろう勇鳳に全てを託し、射恋がその瞼を閉じかけたその時、
「ああ、くそっ。やっぱり。俺の嫌な予感ってやつは、本当によく当たるんだよな」
臆病風に吹かれ逃げたはずの鳳凰戦士:不知火勇鳳が、そんな言葉をボヤキながら教会内に姿を現したのだった。




