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X・x・R(ゼノ・クロス・リアリティ)  作者: 描々云々
【序章】混同(コンヒューズ)
8/25

醜き怪物

 『人生とは、常に選択の連続である』

 そんな昔の偉人が言ってそうな格言もどきを頭に浮かべながら、俺はこの教会兼孤児院:【聖寵(せいちょう)学園】の出口を目指していた。


 人間というのは生きていく中で『朝起きるか否か』から『夜寝るか否か』まで、実に億万もの選択を決断し日々を過ごしている。そこには成功もあれば、当然失敗と呼べるものもある。

 その分岐点(選択)には、自分の人生に何ら影響のない小さいものから、俗にターニングポイントとも言われる大きいものまでそれぞれ。人はそんな選択のジレンマの中で時には清く正しい道を、時には踏み外し間違った道を歩みながら山あり谷あり、紆余曲折(うよきょくせつ)を得て人生という名のレールを進んでいくのだ。


 『俺の選択は、果たしてあっていたのだろうか?』


 滑らかな茶色の絨毯が敷かれ、淡い肌色の壁の両脇に一定間隔で設置された仄かな蝋燭(ろうそく)の灯りに照らされた学園の廊下を歩きながら、俺は一人でにそう考える。

 今回、注木達と共に戦わず一人で先に逃げたこの選択があっているのか間違っているのかも、突き詰めてしまえば自分の選択次第になってしまう。

 もし注木達が負けてしまった場合、それは自分が一緒に戦わなかったからだと失敗と捉えるのか、はたまた自分だけでも逃げれたと成功と捉えるのか、それを決め判断するのも自分だ。

 ここは無情になって一度脱出して万全を期してから再度挑戦すれば良いと、それが正解だと思ったからその選択をとった。それは今も変わっていない。


「プハーァッ!」


 出口を探している途中偶然見つけたキッチンを訪れ、溜まっていた喉の渇きを一掃するように一気に水を流し込む俺。喉が潤ったことにより、何だか頭も冷えた気がする。

 戦略的撤退を選んだ俺の論理的思考は間違ってはいないと思うが、子供達を守りたい。これ以上被害を増やさないために一刻も早く倒したいという注木(そそのき)と械動の感情的思考も分からなくはない。

 注木達を置いてきて先に一人だけ逃げてしまったという底知れない『罪悪感』というやつが、俺に申し訳ないと言う後ろめたさの気持ちを芽生えさせ、今も尚谷ルート一直線を辿っているように思えてならなかった。


「……なんで?」


 するとそこで、背後から掠れるような声が鳴り俺は急いで振り返る。


「お前は……」


 そこにいたのは、一切の穢れなき白く透き通った肌と髪、瞳を宿した《佐藤みるく》だった。


 *****


 部屋から出た射恋(いこい)攻機(こうき)の二人は、慎重に学園内の廊下を進んでいく。

 入手した情報では敵はプラック1人しか出てこなかったが、はちみつが知らないだけで他にまだ仲間がいるかもしれない。そのため、周囲を警戒は怠ならない。


 かつては60人ほどの子供達が暮らしていたこともあり、この施設はかなり広い。

 南棟と北棟に分かれた2階建ての建物が横長に並び、少し離れたところに教会を象徴する礼拝堂が置かれている。

 攻機達が昇って来た図書室はどうやら南棟らしく、そこからプラックを探して学園内を探索する。


「食事ヲスルト言ッテイタカラ、食堂カ、アルイハキッチンラヘンガ怪シイガ」


 部屋の隅々まで慎重に探しながら、攻機が言う。

 かつては掛かっていたであろう何部屋かを知らせる看板は、もうボロボロでなんて書いてあるか分からず、一々部屋を見てチェックしなければならなかった。

 それはらは、もうすでに何年も使われていないような保健室であったり、多目的室であったり、室内運動場であったり、事務室なるような所も見受けられた。

 このままでは日が暮れてしまうと、施設内マップはないかと思ったその時、


「お、みっけ」


 偶然にも射恋が全体マップを見つける。


「どれどれ」


 2人が見ると、どうやら南棟と北棟で部屋の種類が違うらしく、北棟は子供達の部屋。南棟は先程の図書室や多目的室など、何らかの用途で使われる部屋が多いみたいだ。

 そして1階には、調理場と書かれたキッチンと、それに隣接して大食堂がある。


「行ッテミルカ」


 早速、2人は1階へと降り、食堂の方から覗いていく。

 細く長い机がいくつも並んでいる中は、どこぞの大学の学食を思わせるレイアウトで、見た感じ人が居る気配はない。

 続いてキッチンの方も見てみたが、そこにハーピー、はちみつがいるような形跡は見受けられなかった。


「…フム」


 食堂とキッチンという狙いが外れ、顎に手を当て考え込むように呻る攻機。


「てかさ、アンタの敵感知スキル的なので分からないの」


 そんな攻機に、射恋はキッチンに置いてあった()()()()()()()()()()をいじりながら問う。


「アルニハアルガ、他ノ機体ト違ッテオレノハ極端ニ範囲ガ狭イ」


「つまり、無いのと同じってわけね」


 捜査は振出しへと戻り、結局がこのだだっ広い施設内を(しらみ)潰しに駆け回っていくしかないかと思われたその時、


「ギャイアアアアアアアアアイイヤヤアアアーーーーーーーーァァァアァッッッ!!!」


 おおよそ、人間のモノとは思えない怪物じみた咆哮が学園内に轟き、射恋はその甲高さに耳を塞ぎ攻機は音の鳴った方を確認する。

 間違いない、ハーピー(プラック)だ。


「急グゾ!」


 今の叫び具合は尋常ではなかった。何かヤバい事が起きる前に前にと、射恋と攻機は揃って駆け出す。


 今し方声がしたのは、学園内の南棟でもはたまた北棟でもない。そのさらに奥に位置する、神に祈りを捧げ神聖なる礼拝儀式を行うための場所、教会だ。

 すぐさま外へと駆けだし教会へと走るが、教会に近づいていくたび2人の足取りが鈍っていく。


「ック!」


 それは、おそらく教会から放たれているであろう、あり得ないくらいの悪臭。死体の腐りきった腐敗種にも匹敵するほどだ。

 特に、あらゆる五感が通常の人間より数倍優れているアンドロイドの攻機は、今すぐ機能を全停止させ卒倒するほどの匂いを味わっている。

 しかし、それはいつも刺激臭のすごい激薬を扱っている射恋も同様で、攻機ほどではないにしろ、その嗅覚は逸品であった。


「臭すぎて前に進めないなんて、そんな事ある?」


 だが逆に、今はそれが仇となってしまう。

 鼻を摘まんでも貫通し、脳髄まで浸透してくる激臭。


「仕方ナイ」


 やがて、攻機が射恋の鼻頭に触れると、軽い電撃が走ったのち臭いがパタリとしなくなる。


「あれ?」


「今、オ前ノ嗅覚ヲ一時的ニ遮断シタ。コレデ、臭イハシナクナルダロウ」


 自分の鼻を不思議そうに弄る射恋に、攻機がそう注釈する。

 嗅覚というのは、時に危険を察知するのに重要な役割を果たす時もあるため、できれば切りたくはない神経であったが、このままではハーピーの元へたどり着けない為仕方ない。

 一度脳裏にこびり付いた臭いというのは中々離れないものだが、それでも現在進行形で嗅いでたさっきよりは大分マシだろうと自分に言い聞かせ、2人は重たい脚を前に進めた。


「ココダナ」


 そうしてやっとの思いで辿り着いた教会は、その大きさはさることながら、外装の装飾にもかなり拘りが見てとれ、白の外壁と屋根が金に近い橙黄色(とうこうしょく)を基調とした立派な建物だった。

 出入口の扉に身体を寄せ、攻機の生体感知に辛うじて反応。その数は2つだ。

 プラックと、そしてはちみつと見て間違いないだろう。

 扉の方はかなり分厚く、中の音は一切聞き取れない。どうにか中の情報を探ろうと扉を静かに開けようとする射恋に、攻機がそれを制する。


「俺ノ手ヲ握ッテロ」


 そんな事を言われ一瞬ドキッとする射恋だが、これは無感情なアンドロイドだとすぐに冷静さを取り戻しその手を軽く握る。

 すると攻機は扉に手を翳すようにして接着させると、まるで壁に耳を当て聞き耳を立てる時のように、教会内の会話が聞こえてくる。

 実際にその原理は異なるが、中のみるくやハーピーの声によって震える震動を扉を通じて攻機の掌でキャッチ。それを中継するかのように、手で射恋に共有する仕組みだ。


「不味い。不味すぎる!何だコレはっ!!??」


 扉一枚隔てたその向こうで今、おそらくプラックと思しき図書室で聞いたのと同じ冷酷な声が聞こえてくる。

 次いで、ガシャンッと何かが割れる音。


「…ひっ!」


「お前は本当に、人を攫って来ることもできなければ食事も洗濯も掃除もできない。一体何ができんの?」


「………すいません」


 今にも泣き崩れそうな、何とか絞り出した(かすれ)れ声ではちみつは謝罪する。


「この役立たずのゴミは、やっぱりお仕置きしないとダメらしいわね」


 バッと、ドア越しで会話を聞いていた射恋が中腰の姿勢になり、それを攻機が抑えさせる。

 ここで重要となるのは、教会へ突撃するタイミングだ。絶好のタイミングで奇襲を仕掛けたいと考える2人だが、教会堂内の構造や人の配置などがイマイチ把握できていない状況では、むやみやたらの突撃は利口な選択とは言えない。

 「ごめんなさい、ごめんなさい」とひたすらに謝るはちみつに、迫る怪物の魔の手。


「…ごめん」


 そう一言告げると、耐え切れなかった射恋が教会のドアを盛大に開き中へと飛び込んだ。

 そこには尻もちを突き縋る様に逃げる幼女佐藤はちみつの姿と、それを追い掛けるような修道服を着た女シスター。

 入手した情報では30代だったが、その容姿は幾分か歳よりも若く見えた。


「子供に手だすな!」


 飛び込むと同時、射恋は手元に小型の無針銃形注射器〔ジェットインジェクター〕を顕現させ弾丸を発射。

 それがプラックの腕へと直撃し、赤い鮮血を撒き散らした。


「マッタク、喧嘩ッパヤイナ」


 遅れて、攻機も教会内へと入ってくる。


「…何、この虫ケラたちは」


 対してプラックは、左腕を撃たれたというのに別段痛がる様子もなく、その腕を擦りながらはちみつへと問う。


「い、いえ、この人たちは…」


 はちみつも正直この人間達が何者かは知らないが、もし一度会って助けた事があるなんて知られれば、もはやどんな罰を受けるか分かったものではない。

 口ごもるはちみつの答えを待たずして、プラックはその身体を射恋達へと正対する。


「ああ~、分かったわ。あなた達、正義のヒーローってわけね。

 いいわ、丁度退屈してたところなの。グチャグチャのミンチにした後、しっかり味わってあげる♡」


 ついさっきまでとは雰囲気を一変させ、嬉々として発するプラックの声。そして徐に呟く。


「DIVE・いIN」


 途端、教会中に神の恩恵かと思えるほどの眩い光が差し込み、次いで凄まじい風が吹き荒れる。

 その風を掻き分けるように現れたのは、その体躯が2メートルを越え、下半身を鳥類、上半身を修道服に身を包んだ女体という半人半鳥の醜き異形の怪物:『ハーピー』。


「うそ、さっきのがAAじゃなかったの!?」


 もはや人間よりモンスターと言われてもおかしくないその見た目に、思わず射恋は文句を垂れる。


「マア、AAハ基本的人型(ヒトガタ)デアルガ、ソレガ絶対人間トハ限ラナイカラナ」


 するとすかさず、隣にいるアンドロイドが訂正する。たしかに攻機が言うなら、説得力は充分だ。

 そしてそこで、プラックが両手を大仰に広げ、教会内に反響する声量で高らかに言い放つ。


「ようこそ!神に愛し愛され、みんなが幸せに暮らす(その)、|聖寵学園へ。たっぷりともてなしてあげるわ!」


 その醜い(おもて)をグニャりと盛大に歪ませ、怪鳥シスター:〈オーグレス・プラック〉は静かに嗤った。

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