愛と慈悲に溢れた園:『聖寵学園』
械動の能力で床の鉄板を変形させなんとかシスターに見つからずに済んだ俺達は、幼女達が図書室から去るのを待つ。
シスターから上手く隠れられたとしても、幼女が俺達の存在をバラす可能性もあったが、どうやらそれはしなかったようだ。
「あのコレ、そのお姉ちゃん、大分弱ってるみたいので」
すると幼女は俺達に聞こえるような声でそう言って、ガラガラと荷台を引いて遠のいていくのが分かった。
少し経ってから床から這い出てみると、そこにあったのはなんと上手そうな『蜂蜜』。しかも、温かい。
「これを飲ませろってことか」
スプーン一杯に黄金に輝く液体を掬い、その口に一口飲ませた瞬間、
「射恋ちゃん、完全ふっかーーーーーつ!!!」
俺の炎でいくら暖めても回復しなかった体調が、一瞬にして良好になった。
そして復活した注木は、今の今まで弱っていたとは思えないほどのハイテンションで周囲を見渡す。
「ほんで、此処どこ?」
最後の記憶が俺と同じく公園で止まっている注木は、当然此処がどこなのか分からないといった様子でキョロキョロする。
先ほど俺がしたのと同じような質問でキョロキョロするコイツに、ここまでの旅路がどれだけ大変だったかを掻い摘んで話す。
「……なるほど」
「んで、3人無事だった事だし、今から此処を脱出するところだ」
と俺がこれからの方針を述べると、
「チョット待テ」
やはり、械動が物申してきた。
「なんだよ、まだあの佐藤みるくに会って、真相を確かめたいなんて言うんじゃねえだろうな」
「ソノ必要ハ、モウナイ」
すると械動は右前腕を前に持ってきて、そこから小型のホログラムディスプレイを表示させた。……こんな事もできるのか。
「先程出会ッタ幼女ニpassヲ差シ込ミ、コノ施設ノ情報ハ入手シタ。ソノ情報ヲ元ニ、現在マデノ此処ノ記録ヲ簡単ニ動画化シタ」
「……お前は本当に、グレて害悪プレイヤーにならなくて良かったよ」
いつそんな事をしていたのか、全く気づきもしなかった。
凄まじい仕事の速さに、心の底からコイツが味方で良かったと思う。
こんな奴に情報を奪取された日には、恐ろしすぎて夜も眠れなかっただろう。
そんな事を頭の片隅で思いつつ、俺と注木は黙ってその動画を視聴し始めた。
_____
そこは、総人口数千人。山と海に程よく囲まれた街、【海花犬山】・エリア76の一角に位置する辺境の小さな村、《ガスタ村》。子供達修道女が共に慎ましく幸せに暮らす教会兼孤児院、【聖寵学園】。
子供は60人を超え、教会などの施設の管理兼子供達の保護者を務めるシスター達も複数人いた。
自然豊かな街で、子供とシスター達は町の人とふれあい、互いに助け合って平凡な毎日を送っていた。………混同が起こるまでは。
かつてない混乱に学園が、街が、世界が見舞われ、子供達のみならずシスターまでもがパニックを起こした。
そんな中、持ち前の母性と安寧さで場を鎮静させたのが、シスターの家の1人:〈オーグレス・プラック〉。先程、勇鳳達の前に現れた女だった。
プラックは一心に神に祈りを捧げて20年、優しい笑顔に人当たりが良く、学園の子供のみならず地域の人々からも絶大な人望を誇っていた。
しかし、皆はすぐに思い知る。
温厚で優しく、慈愛に溢れたまさにシスターの鑑と言えたプラックの裏の面は、まさにその真逆とも言える不潔で卑しいほどに醜く、そして狡猾。
【A・V】プレイヤーであり、そのAAは半人半鳥の怪物:《ハーピー》だった。
そしてまもなく、学園内で事件は起こる。
プラックというシスターの皮を被った醜い怪物は混同してまもなく、権能を手にした事での欲情の波が押し寄せ理性という澱が崩壊。
AAの権能でまずはシスター達を片っ端から殺し、次いで子供達にまでその魔の手は伸びた。
シスター・プラックには、拘りがあった。
まず、人肉というのはアイスのような冷えシャキッという歯ごたえがあった方が良い。そして、自身の嘔吐物や排泄物を掛ければ、それはより一層フレーバーの効いた美味となる。最後に、食べる人間は最低でも8歳以上50歳未満。それ以下も以上も、不味くてとても食えたもんじゃない。欲を言えば、成人前後の男性の引き締まった肉が良い。
そうして残されたのが、還暦間近のシスター数人とみるく達だった。
そして偶然にも、みるくと先の幼女《佐藤はちみつ》は、プラックと同じ【A・V】プレイヤーだったのだ。
狡猾で極悪非道なプラックは、すぐさま考えた。
この身に秘めた欲望は、人間で言うところの食欲と同じであり尽きることはない。ならば、次の標的は町の住民たちとなる。そして、人を攫って来るには、直接自分が手を下さず安全かつ、効率的な方法があると。
プラックは見せしめとばかりに残りのシスターを子供たちの前で殺し、あり得ない程のトラウマを植えつけ、主にAAであるみるくとはちみつに命令する。
『人畜無害な無垢な子供を装って、その能力で人を攫ってこい』
もはや、拒否権はない。
逆らったり失敗すれば、人質である他の子供達が殺される。
幼き幼女達は、プラックの機嫌を損ねぬようにと、醜き怪物の言う事を聞くしかなかった。
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「……ひどい」
動画を見終えた注木から、微かに震える声が漏れる。
これを見て最初に浮かぶ感想は、正常な人間ならほとんどのそう言ったものだろう。俺も、全くもって同感だ。
続いて俺が気になったのは、その場所についてだ。
林立する木々達と花々からなる山に、その山と対をなすように広がる広大な海。
そんな山と海の街【海花犬山】の一角である《ガスタ村》とは、何となく聞き覚えがあった。たしか【A・V】内のメインストーリーとは一切関係ない、サブストーリーで訪れる辺境の小さな村だった気がする。
日本の街並みとは少し違うなとは思っていたが、まさかの此処が【A・V】側のワールドマップだったことに少なからず驚く俺。
「エリア、76?」
そして次いで、まったく聞き覚えのない単語に俺がそう呟くと、注木と械動2人は「あぁ…」と顔を見合わせた。
「そういえば、まだ教えてなかったね。混同した今のこの世界は、【A・V】のワールドマップが丸ごとこっちに混じってリアル世界の地形が上書きされるように変わっちゃった。
ゲーム内のマップでは日本・アメリカみたいに国や街の大まかな場所の区分はされてるけど、例えば東京都・杉並区・下井草○○ー○○みたいに番地や号までは細分化されないじゃん?。そこで、その地域を委細化するために用いられたのが『エリア』って制度。
んで、私達がさっきいた公園が、美しい海岸線、水平線のパノラマ、豊かな緑が街の風物詩である【海花犬山】:ガスタ村−エリア75−3》。此処がギリ《エリア76−19》とかだったかな?
元の世界の地図で表すと、ちょうど千葉県の最南端・房総半島があったくらいの場所だね」
と、長々と説明してくれる注木。
現在多く市場に出回る、フルダイブ型のオープンワールドVRMMO。その中で、街から街に移動する際の『何々の道』やら『何々の洞窟』という名称はあるかもしれないが、それをさらに細かく分割し、その一つ一つに名称が付けられているというソフトは皆無と言ってもいい。
それは単にゲームが故、一瞬しか通らない道や村の一角などを一々細分化してもややこしくなるだけだから、わざわざ区別しなくても良いという運営の判断だ。
たまにどれもこれも同じような道で判別付けづらかったり、欲しい素材が大雑把な位置しか指定されず全く入手できないという現象が起こったりするが、それはそれでゲームの一興であり醍醐味とも言える。そのため、訪れたい時にはマップの座標を覚えたりピンなどをよく活用していたものだ。
しかしそれが、今のように現実世界に反映されたとなれば話は別。人命救助や攻略に於いて、『〇〇の〇〇』とより明確に区分されていればこの上なくやりやすいし、効率化が測れのは間違いない。この『エリア制度』を考えた人間は、相当に優秀だ。
この調子じゃ、まだまだ知らない混同してからのこの世界での新仕様がごまんとありそうだが、それらについては都度プレイして学習していくとして、今は目の前の孤児院の問題だ。
あのみるくの手際の良さから察するに、今まで数多くの人を騙し攫って、命を奪ってきたのだろう。
プラックの指示とはいえ、そこにはどれだけの苦悩や罪の意識に苛まれてきたのか、俺達には想像する事すらできない。
「ドウスル?」
械動が俺に問う。
もはやこの施設が黒である事は確定で、ここで今すぐ倒さなきゃいけないのも明白だ。
「………」
しかし俺は、その首を縦には振らなかった。
「私は、やる」
すると思わぬ角度から注木の援護射撃に、俺は思わずそちらを見る。その顔は出会ってから始めて見せる、真剣な表情そのものだった。
「なんで?此処は相手の根城で、状況は不利だ。械動はサポートができるとしても、俺は何もできない。足手まといを連れて戦うようなもんなんだぞ」
正直言って、コイツの実力は分からない。もしかしたらハーピーを圧倒するくらい強いのかもしれないが、逆を言えば相手のハーピーの強さも未知数だ。
相手の力量が分からない以上、その自信は油断となり敗北に繋がる可能性だってあり得る。ここは一旦態勢を立て直して【Sensation】への救援を要請、しっかりと万全かつ余裕を持った戦力で再度この聖寵学園に乗り込むのがベスト。という俺の意見は、注木が械動の意見に賛成したところでもちろん譲れない。
「…子供達を置いてはいけない」
そんな俺に、注木は画面の子供達を見ながら言う。
「サッキモ言ッタガ【Sensation】ニ救援ヲ求メルトシテ、タダデサエ忙シイコノ状況デ、コンナ末端ノ村ニ加勢ガ来ルノハ早クテモ一週間ハ掛カル。ソノ間ニ被害ガ、増エナイトハ限ラナイダロウ」
さらに、エレベター通路内の続きとばかりに呈する械動。どうやら、ここでの論争は2対1。こいつ等にもこいつらなりの信念があり、今日死から蘇りまだ仲間ですらない男の意見に耳を貸す気は無いらしい。
「じゃあ、何か勝算でもあるのか?」
「無いよ。…けど、きっと大丈夫!」
「何でそんな軽く言えるんだ、これはゲームじゃ無いんだぞ!体力がゼロになれば本当に死んじまう!?もっと慎重に行動しろよ」
これはゲームじゃない、現実だ。
一度負けてしまえば、もう二度と蘇る事の出来ない一発勝負のリアルゲーム。
別に俺だって、この子達を見捨てるだとか、危険な事に関わりたくないと逃げようと我が身可愛さだけでこんな提案を主張している訳ではない。
俺達が救援を読んでる間に被害が拡大する可能性も、その間ずっと子供達が恐怖に曝され苦しみ続けるというのも重々理解できる。
しかし、俺はこの眼で、この身体で、直接あの凄惨な現場を体験した。
ゲームのアイテムやモンスター・能力が発生するこの世界で、しかし人は簡単に死ぬ。
もう、あんな光景は絶対見たくない。あんなものをまた直視すれば、今度こそ心が折れてしまうだろう。
言うならばこれは、戦略的撤退。
こんな不安要素が多い上に、確実な勝算もない中で挑むのがとてつもなく無謀だと言っているんだ。
今の注木達の行動は、助けたいという思いが先行し過ぎて、先走っているようにしか俺には見えない。
「軽くでなんか言ってない。死ぬ可能性は当然ある。死ぬのは怖いよ。怖いけど、それ以上に倒さなきゃいけない理由がある。今ここで逃げたら、その事は当然シスターも知ることになる。そうなればこの子達はどうなると思う?動画であったように、また子供達に罰や拷問が与えられる。
もしかしたら気を引き締め直す為に、1人くらい殺す事だってあり得る。絶対そんな事はさせない。私は自分が死ぬより、そっちの方がよっぽど辛い」
注木は、さらに続ける。
「それに、遅かれ速かれ私達が【Sensation】だとバレて、またどこかに身を隠されるかもしれない。そうなれば折角掴んだ足取りも途絶え手掛かりもゼロからになって、さらに他の地域でもまた同じことを繰り返すだろうからもっと被害も拡大する。
今日この場で何としても、私達があのシスターを止めなきゃいけないんだ」
「………」
力強い熱の籠った瞳で、正面から見つめて来る注木。そこには、俺流に言うところの『絶対的信念』ってやつが垣間見えた。
たしかに動画に映っていたプラックの子供達への虐待は、目も当てられない悲惨なモノだった。
今俺達が逃走したという事実がプラックに知られれば、子供達の誰かしらがその罰を受けるのは確実。
しかしやはり、納得できない。先程感じた『嫌な予感』が、どうしても頭の隅に過り拭えないのだ。
もはや持ち前の優柔不断が発動し、説得するのも止め沈黙する俺に、
「私達の意見に賛同できないんだったら、今1人で逃げても構わない。そっちの方が、もし私達が負けた時、すぐに【Sensation】が対応できるから良いかもね。
今出るのが怖いなら、私達が戦闘開始したその隙に逃げて」
注木もまた無理に説得することはせず、好きにすればいいと突き放すように言った。
そして2人は俺の返答を待たずして、そそくさと立ち上がる。
方針は決まった。シスタープラックの討伐。
2人は今すぐにでも決着を着けるべく、図書室を出ていった。
「……はぁ」
やはり、人間生まれ持っての性分というのは、一度死んで生まれ変わったとしても、そう簡単に変える事はできないらしい。
静かな図書室に取り残された俺は、何とも言えない感情の渦に心が犯される中、本棚に寄りかかり体育座りで座り込む。
このまま事が済むまでこの部屋で引き籠ることも考えたが、注木達がもしやられた場合俺も確実に殺される。
約5分ほど、じっと考え込んだ俺はゆっくりと立ち上がり地下冷凍保管庫に続くエレベーター扉を一瞥すると、その現状から目を背けるようにして図書室から出ていった。




