久しぶりの外界(そと)
……マズい事になった。
肉体的にも精神的にも生まれ変わり新たなる目標を掲げた俺は、早速我が家へと帰宅し今後の作戦を練ろうとしたところ、
「あ、はやタカの家、もうなくなったよ」
と、そんな事実を突拍子もなく告げられた。
たしかに2年間誰一人住んでいない空き家状態ではあったが、まさか根城である我が家が無くなっているとは。
あの部屋と決別するいい機会だと思って、割り切るしかないだろう。……が、
「困ったな」
おそらくここから長い戦いになるであろう俺の【真・魔戒裂境】攻略において、最も重要となり最優先に確保したいのは『衣食住』だ。その中でも一番と言っても過言ではない『住』がなくなったとなれば、出だしからハードモードなのは確定。
賃貸を借りていては貯金はそのうち底を尽きてしまうし、かと言って俺がバイトなんて……。まあ間違いなく無理だろう。
世間のXXR騒ぎより、よっぽど今後の俺の生活の方が危機的状況と言えた。
「お困りのようだね」
ホームレスも視野に入れて真剣に考え込んでいた俺に、注木からそんな声が掛かる。
「ああ、引き籠りが家を奪われて、絶賛お困り中だ」
「なら、選択肢は一つしかないね」
何だか嫌な予感がしたが、一応聞いてみる。
「選択肢って?」
「さっき言った、対V/V攻略部隊【Sensation】。そこで活動するAA所持者はみんな攻略者、通称《Raider》って呼ばれてる。その活動は主にモンスター・害悪プレイヤーの討伐抑制と、この世界を元に戻すための原因解明、いわゆる攻略を目指していて絶賛隊員を募集中なんだよ。
どちらも部隊に入っての業務、仕事っていう位置づけになるからお給料は出るし、なんたって前者は命を懸けて戦ってるからその額は桁違い!
その代わり勤務時間は朝・昼・夜問わずに出動させられるのと、命の保証は一切ないけど。主にAAを募集してるから、はやタカでも入隊する資格はあるよ」
「応募すれば、すぐにでも入隊できるのか?」
「いや、ちゃんとモンスターと闘えるかの力を選別する入隊試験がある。今の世界のシステム・自身の能力を把握してるかの筆記試験と、それを実戦で使う事ができるかの実技試験。
どっちも簡単じゃあないけど、難しすぎでも無いって感じかな」
(…なるほど)
そこまでの説明を受けて、俺は即答で答えを出す。
「じゃあ、俺は遠慮しておこうかな」
「………、何でっ!!!???」
まさか断られるとは思ってなかったのか、盛大に驚きを見せる注木。『何で』って言われても、
「俺がその【Sensation】に入るメリットが、そこまで感じられない。たしかに今の世界に蔓延るモンスター達も心配だが、俺の目的はあくまで《破壊の魔人:ディアベルク》だ。
高い給料も捨て難いけど、部隊っていう組織に縛られるのは自由が利かなくなりそうだし、そもそもその試験に受かるかも微妙だし……」
最後はお決まりの卑屈さとネガティブが発動し、俺は自信を失くしながら言う。
【V・V】での俺のプレイスタイルは、自由気ままにオープンワールドを冒険するアドベンチャー型。
PvPバトル型・ハンティングアクション型・スローライフ型である他の三つの丁度中間あたりと言えるプレイスタイルであり、戦えなくもないがその戦闘スキルは良いとこ『中の下』。
さらに身体補正バフが掛からない現実では、まさに最底辺と言っても過言ではなかった。
「試験までまだ時間はあるし、この射恋の姉御が手取り足取り教えてあげるから受かるよ!…たぶん。
それに、メリットなら盛りだくさんですぜ旦那」
しかしまだ決断するのは早いとばかりに、変な口調で待ったを掛ける注木。てか、自分で姉御って言うやつ初めて見たな。
「ディアベルクなんて、今の【Sensation】の最高戦力でも正直太刀打ちできるか分からないレベルのモンスター。試験に受かんないような実力じゃどの道倒すんなんて夢のまた夢だし、そもそもその前の層も突破できるかどうか。
現状実力も知識も何もないゼロの状態なら、試験を受けるにあたって自身の能力の理解度も高まるし、一般的な戦闘力も身に着く。
これはチャンスだよ!この射恋お姉ちゃんに任せなさい!」
何だか異様なまでの入隊をお勧めし、新入生への部活勧誘かの如き熱弁はさらに激しさを増す。
「日本の【Sensation】には世界トップクラスのレイダーが揃ってるから、その強い人達の戦いを間近で見て学べるし、【V・V】攻略の最前線を張ってるからその情報網は広く早く確実!【真・魔戒裂境】のマップ・モンスター・RTAの最短ルートまで全て入手可能。
…ん、もう一押し?_____しょうがないなあぁ。さらに今なら、この診療所の一室を借りて衣食住を無料で提供する神待遇!入らない手はないでしょっ!」
「ハア、ハア」と息を荒げ前のめりに寄り添って来るナース。いちいち距離が近い!
魅力的なオプションがてんこ盛りなのは分かったが、それ故にその様子と必死さから何か悪徳勧誘じみたものを感じ、裏があるのではないかと疑わざるを得ない。
「なんでそこまで必死なんだよ」
「そりゃあ、勧誘したら私にも色々なメリットがあるからだよ!」
思いっきし、マルチの商法だった。
「っていうのは冗談で、実のところを言うと、その過酷さや危険さで入隊しようとする人・できる人は多くないんだ。
まあ実際に命が懸かってる事だし、難しい問題なのは分かるけど、【Sensation】に入れるのはAAを所持している旧【V・V】プレイヤーだけ。ずるい言い方になっちゃうかもだけど、私達は選ばれた人間なんだよ。だから、少しでも可能性がある人には入ってもらいたい」
考えてみればたしかにそれは、社会の警察や医者、他の世界醸成になくてはならない機関や職業のように、誰かがやらなければ世界はモンスターによって破壊されてしまう。
その中で自分の命を賭してまで戦うのは当然怖いし、別に自分がやらなくても他の誰かがやってくれるだろうという他力本願の精神に陥るのも理解できる。
しかし、世に蔓延る職業達と明らかに違うところは、『攻略者』というやつには誰しもがなろうと思って成れないという点だ。
注木が今言ったように、俺達旧【V・V】プレイヤーは選ばれた人間という事になる。
しかしだからといって、俺達がその責務や期待を背負って戦うかと言われれば、それもまた否だ。
俺達旧【V・V】プレイヤー達からしたら、お前たちの分まで自分の命を賭して危険に晒されるなんてまっぴら御免だという人も少なからずいる。
よって、レイダーになり世界に跋扈する怪物達と闘う人間は、強い正義感を持った人間か、【Sensation】の高い給料に惹かれた人間。はたまた選ばれた人種だと思い上がったバカくらいだろう。
そしてかく言う俺も、家も金も頼れる身内もいない。強くなってディアベルクに復讐を果たそうとするバカ。今だからこそ、その勧誘は好条件とも言えた。
今挙げられた特典達は、どれも俺の『メリット』になり得るものだ。特に【真・魔戒裂境】に関する情報なんて他では入手困難な有力情報に決まってる。_____何としても欲しい。
だがここでも、俺の内なる臆病さが邪魔をする。元々人見知りかつコミュ障気味で、協調性がなくやたら一人を好みがちな俺。
部隊に所属するということはやはり仲間との協力や連携が必要不可欠で、上手くやっていけるかどうかかなり不安だ(まだ受かるかどうかすらも決まってないが)。
さらに驚いたことに、いつぞやの小説で見たような最強のソロプレイヤー、孤高の一匹狼に憧れている自分がまだそこに居る。
(そんなものなれるわけ無いんだから、とっとと諦めろよ…)
言ってる場合で無いのは重々承知しているのだが、未だ引き籠りだった男が本気出してチート能力で無双する。なんて夢物語を想像しちゃったりもする。
そんな子供じみた稚拙な考えで決断を決めあぐね熟考を重ねる俺に、それは注木からトドメを刺すように言い放たれた。
「あー、あと、レイダーじゃない人が勝手に『DIVE・IN』してAAの権能を発動すると、犯罪行為になっちゃうから」
「………。それは最初に言え」
かくして俺は、僅かな不満を抱いたままレイダーになるべく、対V/V攻略部隊【Sensation】の入隊試験を受ける事が決まった。
*****
この2年、【V・V】との交差で世界の秩序や治安は荒れに荒れ無法地帯となり掛けていた。
そんな世界でも、辛うじてその行政や法律は機能していた。
害悪AA達の留まる事を知らない悪行の数々に、政府はとうとう法の改正。
レイダーである事を証明する[レイダーパス]を持っていない人間、無断でのAA権能の使用を罪に問われる事を決定した。
要するに無免許で車を運転するのがダメなように、レイダーパス無しで『DIVE・IN』しAAでの権能を使用すれば捕まるという訳だ。
_____
「えーっと。【Sensation】とは、『感覚』。仮想と現実が交差してしまった今の世界で、仮想世界では決して味わえない現実の『五感』を忘れない、あるいは思い出す為という意味も籠められそう命名された組織」
そして俺は今、場所をこぢんまりとした診療所の病室の一室にて、その試験に受かるべく【Sensation】の由来・成り立ちから座学の勉強をしていた。
まともな勉強なんて3年…、死んでいた期間を入れればもう5年もしていない為、素直に脳みそに吸収されるかどうか正直不安だ。
……まあ、変な計算とか証明がないだけまだマシと言えるが。
「【V・V】を攻略する組織の中でトップクラスとも言える【Sensation】は、5つの大隊と、そこからさらに複数別れ小隊が存在する。
五つの大隊はそれぞれ《Vision》、《Hearing》、《Smell》、《Touch》、《Taste》と五感に因んだ部隊名が付けられている。
さらにそこから《Taste》ならばSour(酸っぱい)、Bitter(苦い)、Sweet(甘い)、Salty(しょっぱい)、Delicious(美味い)など味覚の種類の数小部隊がある。と」
この【Sensation】自体は、俺は所属こそしていなかったが、【V・V】でも存在した【ガーデン】と呼ばれる同じ目標を持った仲間でチームを作れるシステムを適用されている。形としてはよくゲームで出てくるクラン、ギルド、チームなどと似たような概念だ。
ちなみに注木はさっき自分でも言っていように、その内の第五大隊《Taste》:小隊《Sour》に属しているらしい。ちょっとややこしくなってきた。
一通り【Sensation】の内部構成と生い立ちなどを理解したら、次はお待ちかねの自身のステータスについてだ。
注木にジェスチャーで促され、俺は視界の斜め前で指パッチンをする。するとまさにゲームさながらに、目の前に一つのホログラムウィンドウが展開された。
◆◆◆◆◆
〈不知火勇鳳〉:Lv1 ランク___
Title:《鳳凰戦士》
HP23/23
SP19/19
MP5/5
攻撃力:F
防御力:G
素早さ:F
賢さ :G
運 :Z
権能 :飛火の翔進
技巧 :なし
必殺奥義:赫生・∧・覺命
◆◆◆◆◆
そこに映されるは、俺の全ステータス。所謂、《ステータスウィンドウ》ってやつだ。
このステータス画面を見る際の指パッチンの動作は、2年前の【V・V】内からやはり変わってない。
これらをすべて丸暗記すれば、筆記試験はほぼ合格間違いないらしい。
「キャラ設定詳細画面の身長体重、性格趣味まで一語一句隈なく暗記してね。
ここ、テストに出るから」
簡単に言ってくれるナースだが、ステータスの『賢さ』をよく見てから言って欲しいものだ。
なんたって俺の今の賢さは、S~Gの8つある区分の中で最低クラスのG。
経験値を手に入れレベルアップしてくと、賢さも含めそこら辺のステータスも上昇していくのだろうが、改めて考えてみるとモンスターを倒したりしただけで賢くなれるっておかしいよな。とそんなどうでも良い雑念に、思考が寄り道してしまうのを必死に振り払う。
『運』に関しては、これも2年前のゲーム内と同じ。ステータスのクラスには先に述べた8つに加え、天性的にステータスが飛び抜けている場合に他に2つのクラスが存在する。
それがプラスにカンストしているのが『X』、マイナスにカンストしているのが『Z』だ。つまり俺は、あり得ないくらいに運が悪いという事になる。
これはもはや生まれ持っての才能なので、レベルアップや何らかのアイテムなどで改善は不可能。
「えーっと、《飛火の翔進》。炎属性攻撃と、レベルに合った飛翔能力の権能。《赫生・∧・覺命》。全身に炎蘇を宿し、HPがゼロになっても一度だけ蘇ることの出来る必殺奥義。
んでキャラ詳細画面が、性別:男。年齢:18歳。身長………」
頭を掻きながら、呪文のようにブツブツと呟きつつその項目達をノートに綴っていく俺。
幸いな事に2年前の遺産とも呼べる予備知識と、これは素直に喜んで良いかは微妙なとこだが、現段階での俺のステータスは超が付くほどの低レベルなため、面倒くさい数字表記が高くても三桁だから暗記は順調に進んでいた。
「よしっ、覚えた」
「ほんとぅ?」
とりあえず流し込むかのように頭に叩き込んだ俺に、注木からの胡乱な視線が送られる。
「まあそれは後でテストするとして、じゃあお待ちかねの実技行きますか!」
それを聞いて、待ってましたと言わんばかりにニヤつく俺。さながら、必死に勉強を終えた後の学生の昼休みのような解放感だ。フルダイブ型のVRゲームならやっぱりコレと言える、実戦のプレイだ。
ほら、俺って習うより慣れろ。百聞は一見に如かず。ごちゃごちゃ理論組み立てるより感覚で覚えるタイプだからな。
と、いつになくやる気満々な俺。
「って事で、ここからは君のバディも一緒に参加するよん」
そう紹介されて病室に入って来たのは、全身フルメタルの装甲に身を包んだthe・ロボットだった。
「械動攻機ダ。ヨロシク」
さすがにAAだろうこの男は、その声音までノイズがきいたような機械音声。
「あ、よろしくお願いしま、す」
人見知り発動で少し睨みながらの挨拶を交わし、俺達3人は実技練習の場へと向かうのだった。
そしてそこで、俺は思い知る事になる。この現実世界と交差した異常現実が、どれだけ超高難易度のクソゲーかを………。
*****
季節は、モワッとした風が靡きもうすっかり夏の暑さが浸透してきた大暑の日中。
俺、不知火勇鳳は、実に4、5年ぶりに外の空気を味わっていた。
小さな診療所内で暴れる訳にもいかず、実技の特訓の為近くの公園へと移動する事になった俺と注木、機械男:械動攻機はしかし、ここに来て俺のユニークスキル:《引き籠り》が発動。
「外に出たくない」とかなりの駄々を捏ねたのち、注木に説得され、渋々外へとその一歩を踏み出す事になった。
年下の女の子に背中を押されなければ、一人で外も出れないなんて何とも情けない話だとは自分でも思うが、思考も、身体も言う事を全く聞いてくれないのだから仕方がない。
と、そんな恥ずかしい思いまでして飛び出した外の世界は、なんて事はない。
久しぶりに浴びる太陽は何とも眩しく少し熱かったが、不思議と悪い気はせず、陰鬱に包まれどんよりとした『あの部屋』より幾分かマシに思えた。
思い返してみれば、別に外の世界が怖くなって引き籠ったのではなく、全てがどうでも良くなって自分の殻に閉じこもっただけなのだから、少し考えを変えれば外に出る事など造作もないと今になって都合よく思う。
公園への道すがらは、まるで俺の知っているようで、知らないまさにリアルとゲームが入り混じったかのような景観が広がっていた。
少しファンタジーチックの外装となった家がちらほらと見受けられ、鬱蒼と生い茂る木々達。少し遠くを見渡せば展望やら風車やら、教会のようなものまで。
正直此処が何処だか分からないが(おそらく日本の何処かではあるだろう)、見た目はRPGでいうところのあまり栄えていない寂寞とした村の街並みだ。
思ったよりのゲームらしさに、不思議とテンションが上がっている俺がそこにいた。
そんなそわそわと落ち着かないず周囲を見渡していた俺に、注木が話し掛けて来る。
「さっき言った、情報を集める能力を持ってる仲間ってのが、このKOKINでね。実はこの子も、今期の【Sensation】入隊希望者なんだ」
『KOKIN』とはもしかしなくても、今一緒に歩いている械動攻機のことだろう。やはりそのネーミングセンスは大分終わっている。……って、
「入隊希望者!?」
「そっ、はやタカと同期になるね」
そんな平然と言ってのける注木だが、いやいやちょっと待て。
「ならレイダーパスまだ持ってないんだよな?でも今バリバリAAの姿じゃん。『DIVE・IN』してんじゃん。違法じゃん。捕まらないの?」
現在俺の隣を歩いている械動は、何故か出会った時からずっと全身が鉄製の装甲で覆われ、その見た目も、声も、動くたびにウィーンウィーンとなる駆動音のようなものも、もはや全てが完全にロボット。
これでAAでないと言われた日には、この2年で世界の技術はどれほど進化したのだと、XXRよりも話題になっておかしくないレベルだが。
「安心して、KOUKINは仮免持ちだから」
___仮免許。たしか普通自動車免許を取得する際にもそんなものがあった気がするが、ここまで来るともはや何でもありだな。
「ちなみにはやタカのは無いけど、レイダーである私監修の元なら多少の能力使用は認められからそこら辺も安心して」
【Sensation】の細かなルールまではまだ詳しく知らんが、よく分からん罪を被せられ捕まりでもしなければ何でも良い。
俺は注木の説明を片耳に、探るような視線で無意識のうちにその全身機械の姿を凝視していると、
「私ノ顔ニ何カ付イテルカ?」
視線に気づいた械動が無機質な声で問い掛けて来た。急いで視線を逸らす俺。
「いや、別に……」
だがそこで、人間だけでなく機械にまでコミュ障を発生させてはいよいよ救えないと危機感を覚え、思いきってそのロボットと対話を図ってみる事にした。
「きょ、今日は良い天気、…だな。ちょっと暑いけど、散歩するには丁度いい」
少し吃ったが、初球にしては良い投球。
「私ハ暑サヤ寒サハ感ジナイシ、ソレニ伴ッテノ暑イヤ寒イトッタ感情モ湧キ上ガラナイ。機械ダカラナ」
だが斜め前を歩く機械男は、淡々とそんな事を口にした。どうやら見た目に違わず、その感覚や感情といった感性すらロボットらしい。
勇気を出した初回は暴投に終わったが、俺はめげずに次の話題を振る。
「ああ~、やっぱりロボットとかだとそういうの無いんだ。いいなー、羨ましいなー。ていうかよくよく見ると、カッコいいよな~」
改めて全身のフォルムを拝み、その重厚さ、ディティールの細かさにもうとっくの昔、心の奥底に埋もれてしまったはずの少年心が擽られる。男のロマンが、そこに詰まっているのだ。
「どんな技が使えんの?やっぱ超高速で発射するロケットパンチとか?ターゲットが死ぬまで追うのを止めない追尾ミサイルとか?目からビームとかっ!?」
それはまるで自分の好きな話題が来た時のオタク特有の、段々と緊張がほぐれ早口でまくし立てるように前屈みで目を輝かせる俺。
そんな男に攻機は一切態度を変えず、あくまで冷静な機械音で答える。
「残念ナガラ、アイニクソンナ大ソレタ能力ハ持チ合ワセテイナイ。コノAAハ、対戦闘用殺戮兵器:《KILLROID》。
通称《KID》
テナ感ジノテーマノ元作成シタガ、私ガ戦闘ヲスル気ガ無カッタ為攻撃系ノ権能モ技巧モ一個タリトテ取得シテイナイ」
なんだか自分の中に拘りのようなものがあるらしく、負けず劣らずのオタク口調で語る機動。
AAの権能と技巧について。
「ふ、ふ〜ん」
「[対戦闘用殺戮兵器]ナドト仰々シイ称号ヲ飾っ ッテハイルガ、実際私ガ得意トスルノハ戦闘デハナク、『サポート』ダ。
ドウカ私ノコトハ、ポンコツサポート型ロボットトデモ思ッテクレレバ良イ」
なんだそのどこぞの猫型ロボットのパロディはと思ったが、当然そんなツッコミを初対面の人間に出来るはずもなく、どう返せば良いか分からなくなる俺。
これが自虐なのか、はたまた悩みなのか判別できず、適当な愛想笑いで誤魔化すしかない。
微妙な気まずさだけが残ったまま、そこで会話は途切れてしまった。
肝心な時に注木は役に立たず、しばらく無言のまま歩いて行くとそこで俺は、「そういえば」と一番気になっていた事を思い出した。
「此処って、何処なんだ?」
街並的に日本のようで日本でないような、しかし今話している注木も械動も日本語で名前も日本人ぽいところから察するに、日本の何処かではあるのだろうが。
「ああ〜此処は、【海花剣山かいかけんざん/《ガスタ村》】っていう【A・V】マップ上にあった、人口約1万人くらいの小さな村だよ」
そんな言葉を始めに、この村についてさらに説明する注木。
曰く、場所は現実でいうところの千葉県の最南端に位置する房総半島付近。
混同による地形変動により、【A・V】のマップが現実に反映された今日この頃。その村は千葉県南房総市に隣接する形で突如として顕現し、まるで最初からあったかの如く混同したとのこと。
日本の街並みとは少し違うなとは思っていたが、まさか混同した【V・V】側の街だったことに少なからず驚く俺。
【海花剣山】という名前には、何となく聞き覚えがあった。
剣のように鋭く林立する木々達からなる山々と、それに対をなす満開に咲き誇る花のように広がる広大な海。
そんな山と海の街【海花剣山】の一角にある《ガスタ村》はたしか、【V・V】内のメインストーリーとは一切関係ないサブストーリーで訪れることの出来る辺境の小さな村。という僅かな認識だ。
*****
その後、目的地の公園に到着した俺達。
その公園は、だだっ広い平地の中央奥にドデカい土管が3本積み重なってるという、古き良き金曜夜7時を思い出させるような空き地だった。
当然っちゃあ当然だが、HP0=死の今のこの世界でいきなりモンスターとの実戦経験なんかさせもらえるはずもなく、空き地でのイメトレ練習からのスタートらしい。
まあ此処なら、ホームランボールで隣の家の壺や盆栽なんかを割ったりしなければ、何をしても問題はなさそうだ。早速俺ら二人は、注木からその戦い方についてをレクチャーしてもらう。
「はい!じゃあまず、【V・V】の戦闘において一番大切なのは何だと思う?」
さっさと言えば良いものを、勿体ぶって問題形式で質問してくる注木。…これだから陽キャは。
「圧倒的攻撃力・防御力ダ」
そして何故か乗り気で答える械動。てか、今さっき自分で攻撃力がないと豪語したお前がそれを言うか。と心の中でツッコんでいる俺に、次はお前の番だと視線を送られる。
「じゃあ、読み合い差し合いの戦闘経験?」
「は〜い、ブッブ〜ッ!どっちも惜しいけど違うね」
まあ別に正解でも不正解でもどっちでも良いけど、無駄に大袈裟な『ブッブ〜ッ』が『イラカワイイ』(苛つくが可愛いの略)なクソッ。
「戦闘において一番大切なのは、『技の正確さ』。その技を狙った時に出せるか出せないかで戦況は大分左右されちゃうから、これは絶対に覚えておいた方が良いよ」
注木が言う『技』とはそのまんま、AAが持つ権能や技巧から繰り出させる技だ。
俺もアドベンチャー型だった為多少のモンスターやPvPの戦闘経験があるのだが、例えば俺の炎系統の技を出そうとした場合にはボタン一つで発動するのではなく、フルダイブ型のVRゲームならではの発動方法。モーションと詠唱のシステムが適用される。
それは例えるなら、一番近しいのが格ゲーにおいてのコマンド入力。その技に合ったモーションを一寸違わず再現し、加えて技名を詠唱する。
その完成度によって威力や範囲はかなり上下し、上手く決まらなければ戦況がひっくり返るというのは注木の誇張表現でもなんでもない。俺でも知ってる事実だ。
「つまりこの特訓では、その技が確実に決まる秘伝の極意を教えてくれると?」
「はあ?そんなわけないでしょ。ひたすら反復練習するの!」
………まあ、そうだよなぁ。そんな準チートみたいなのがあったら、皆とっくに使ってるもんなぁ。
てゆうか、生死が懸かった誰も望まないリアルゲームというなら、さすがにチートを使っても誰も批判しないのではないかと、チート使用者達もついに陽の目を浴びる日が来たかと思う俺だったが、その辺はどうなっているのだろう。
もしかしたら交差させた何者かがチート抑制をしているかもしれないし、チートを使用した瞬間BAN(即死亡)かもしれない。プログラムとかその辺に疎い根っからの文系の俺には、まあ無縁の話だ。
何にせよ今はただ、技を習得すべく地獄のトレーニングモードに籠るのみ。
「DIVE・IN」
皆それぞれ距離をとってから俺は静かにそう唱えると、視界は真っ白な光に包まれ次いで七色のライトエフェクトが渦巻く。
少し経って2年前と同じくメラメラと焚き上がった焔が身体を包み込み、激しく霧散した時には、もう紅の髪にキリっとした目元と中性的な顔。細マッチョで朱き翼を宿したAAの姿となっていた。
軽く準備運動を済ませ、早速ウィンドウの技一覧から一番上に表示されている初級技〈炎の拳〉のモーションを確認し、実際にやってみる。
左足を前、右足を後ろにがに股で中腰の態勢を取り、控えめのパーを作った左手を前に右手は腰のすぐ横に据えしっかりと拳を握る。どういう意味があるか謎の、憲法のような構えだ。
すると信じられない事に右の握った拳から微かな火種が、徐々に熱を帯び次いで肥大化していく。そのまま正拳突きの要領で拳を前に突き出し、
「炎の拳!!」
高々と叫んだ。がしかし、
「……あれ?」
炎は直前で霧散し、俺がかつて使用していた《炎の拳》とは似ても似つかない、些かショボすぎる演出となった。
視界には『Fail』の文字が記されており、技発動失敗を意味する。
___まあ、最初はこんなもんだろうと切り替え、それからひたすら拳を前に突き出すこと早2時間………。
「なんでだーーーっ!!!???」
何一つとして、俺は技が取得できていない状況に陥っていた。
たしかにゲームの時は、プレイヤーの身体動作を強化する補正が掛けられてはいたが、俺は別に運動神経が悪い方では無い。それでも、初級である《炎の拳》すら習得できないなんて……。
炎が手に纏ってから前に出すタイミングや、多少の足腰のずれ、詠唱の発音などゲームでは勝手に微調整されていた部分がセルフとなり、正直めちゃくちゃムズイ。
加えて、真昼間から公園のど真ん中で「炎の拳!」と永遠叫ぶのは、元引き籠りからしてみればこれ以上ないほどの拷問だった。
羞恥で段々と集中力が乱れているのも失敗の原因かもしれない。
「……ちくしょうっ」
ちなみに械動の方は、サポート型の名の通り物理系ではなく何かを投擲する系のモーションが多いらしく、さらにはその器用さも相まって着実に技を自分の物にしていっていた。
同期ということもあり、何だか無性に悔しい。……これが、ライバルというヤツか。
「まあまだ一日目だし、これからこれから!」
そんな劣等感に苛まれる俺へ、しっかりとナースからのメンタルケアが施される。
「いいよ、どうせ俺なんて。今回の試験も、記念受験みたいなもんだしな」
しかし、そんなやっすい言葉では俺の飽くなきネガティブ思考はケアされる筈もなく、お決まりのブルーモードへと突入。
「そんな事言わない。ほら、ちょっと休憩してお昼ご飯にしよっ」
もはや、こういった面倒くさい男の扱いは慣れたものか、械動も集め気分転換のお昼休憩となる。
「という事で、今日はピクニックと称しましてこの射恋ちゃんお手製の手作りおにぎりを作ってきました。
名付けて『ナース直握りおむすび』。たくさんお食べよ!」
やたらと荷物が多いと思ったら、どうやらこの特訓をピクニックだと思っていたらしく、徐に風呂敷を広げその上に大そうな弁当箱を開き大量のおむすびを差し出す注木。
「オレハ腹ハ減ラナイカラ大丈夫ダ。機械ダカラナ」
しかし満面の笑みで料理を提供して来た女に対し、隣のあたおかロボットはAAに成りきっているのか、はたまたAAであるが故にそういう思考に陥ってしまうのか、美少女の手作り料理というどこぞの高級グルメより価値のありそうな代物を食わないと宣言。
「『直握り』ってところが一部の層にしか刺さらんな、もっとシンプルに『手作り』とかで良いと思う」
と俺も、その壊滅的なネーミングセンスに物申しつつ、しかしおむすびはしっかり頂く。なんせ女の子の手作りっていうだけでもポイント高いのに、それがナースで、しかも可愛いとなればたとえ腹が満帆でも食わない手はない。
女子に手料理を振舞ってもらう機会などもう二度とないかもしれないのだから、このチャンスを棒に振るなど論外だ。
「…上手いっ!」
そうしておにぎりを一口放り込んだ俺は、素直にそんな言葉が出た。
「でしょっ!」
嬉しそうに、顔を明らめる注木。ほんと、表情に富んだ女だ。
その小さい手で握られたおむすびは丁度いい一口サイズで食べやすいし、味の方も申し分ない。
そのまま流れるように2、3個食べていくとその味の種類も塩、鮭、ツナマヨ、昆布などなどレパートリー豊富で、これなら一生食ってられると10個目を口に含んだその瞬間、
「オエッ、ウウォエ!」
1秒前の思考が180度ひっくり返る程の不味さを誇るおにぎりを口にし、俺は盛大に嘔吐いた。
さすがに作った本人の前でリバースするのは失礼だと何とか耐えたが、これは正直ヤバい。不味いというよりも、何だか限りなく酸っぱいような、辛いような、……ワサビか?それともからしか?
「うぇーい。大当たり!」
すると、まるでその反応を待っていたかのように、注木がテンション高めで煽りを見せる。………コイツ、やったな。
「ロシアンおにぎり。選ばれたのは『はやタカ』でした!
ちなみに具はワサビxからし味。どうだった?」
『どうだった?』と聞かれても、もはやカオスすぎて言葉で言い表す事が出来ない。
時間差で襲って来た嗚咽と噎せをどうにかしようと、未だ喋れない口の代わりにジェスチャーで『飲み物』を要求すると、
「はい、お兄ちゃん。辛い時は牛乳が効くんだよ」
それは突然。注木でも械動でもない、第三者の幼き声がなった。同時に俺の手には純白の液体が入った哺乳瓶が渡され、3人揃って声がした方を振り返る。
するとそこにはどこまでも真っ白で、まるで牛乳本人かと思えるほど透き通った純白の幼女が立っていた。




