Xeno・x・Reality(異常交差現実)
その人生は、どうしようもない卑屈と劣等に満ちていた。
俺の父親は、俺がまだ小学校低学年の時に再婚した。
実の母親は俺を生んだとの同時に亡くなってっしまったため、思い出はおろか顔すら見た事が無く、その再婚に別に違和感は感じなかったし、俺は再婚相手である義母を実の母親のように慕っていた。
相手方の家族には、娘が一人。俺には1つ下の義理の妹ができ、男二人で寂しかった我が家は四人家族となった。
幸せで温かい家庭がこれから築かれていくのだと、その時はその場の全員がそう思っていた。
歯車に亀裂が生じたのがおそらく、俺:不知火勇鳳が中学2年生、2つ下の義妹:不知火愛凰が中学1年生の時……。
学力は頑張っても中の上、運動が特別できる訳でもない。顔も特段カッコいいとは言えず、何か特別な才能も突出した個性も何も持ち合わせない俺と違い、入学したばかりの愛凰は学力トップ、運動神経抜群。加えてその可愛さから瞬く間に学校中で有名人となった。
『不知火』という珍しい苗字で俺達が兄妹である事はすぐに知れ渡り、最初こそ鼻高々に義妹の功績を自分の事のように嬉しく思っていた俺は、次第に気づく。
周囲から向けられているのが、『何でコイツが愛凰の兄なんだ…?』という蔑んだ視線だという事に。
あんなにも優秀で美形な愛凰の兄がまさか、こんなパッとしない男だとはもはや誰も想像つくまい。『本当に血の繋がった兄妹か?』という胡乱な視線が日に日に増していくのを、俺はその肌でひしひしと感じた。
小学生の頃はとても仲が良く「すごいなぁ」としか感じなかった義妹の潜在能力に、負けず嫌いだった事でか、はたまた人の眼を気にするようになったからか、思春期特有の理由も分からない嫉妬をするようになり、段々とそれは劣等感などの負の感情に変わっていった。
愛凰が活躍すればするほど周囲から重圧・侮蔑・疑惑の眼差しを向けられ、時には羨望の視線ですら鬱陶しく思うようになった。
次第に周りから人は離れていき、何をするのも億劫。
義妹からはできるだけ距離を置くようにし、近づいて来ようものならつい悪態を突いてしまい喧嘩する事も増えた。
心に余裕がなく子供っぽい精神で不貞腐れた俺が全て悪いのだが、あの頃の俺の『自分は何の才能もない。何をやっても義妹に勝てない』という卑屈さが、俺の苛立ちをさらに加速されていった。
そうして、小学校時代の仲は幻だったかと思えるほどに不仲となった俺達兄妹は、顔を合わせれば喧嘩の毎日。そんな俺を義母も若干避けるようになり、家での居心地も悪くなっていく。
もはや、いつしか狂ってしまった歯車はもう元には戻らない。さらに不幸は負の連鎖のように重なり、そのあとすぐに事件は起こった。
父が、突然の心肺停止での逝去。元々虚弱体質であった義母はそのショックで倒れ未だに体調が回復せず入院中。残されたのは不仲な兄妹2人だけとなった。
家庭は一気に、崩壊寸前と化す。
未成年の兄弟だけで今後生活できるはずもなく、親戚達に引き取られるという話も出た。……が、俺側に頼れる身寄りなどはおらず、愛凰側の親族は引き取れるのは一人だけ。当然それなら血の繋がった愛凰を選ぶのが妥当だ。
しかし何故だか愛凰はその誘いを断り、不仲な俺と家に残る事を選択。
家族の貯金や父親の保険金、その他親戚からの援助等々で、俺達はなんとか生活できているという状況だった。
ぶっちゃけ、もう…全てどうでも良かった。
俺はいつの間にか考える事をやめ、このクソみたいな現実から逃げるように自室へ引き籠る。
一日中何もせずベットで横になりなりながらボーッとし、たまに『死にたい』と思うことすらあった。
しかし、自殺する勇気もない。
いったい何のために生きているんだろうと考えていたそんな時、ネットの広告で見つけ何となく応募し抽選したのが………、
味わう事の出来なかった幸せで素晴らしいもう一つの人生(景色)を体験できる、【Virtual・Vison】の世界。
それと、アイポイニクスとの出会いだった。
*****
そのナースはクリッとした大きな瞳に、クリーム色を基調とし少し思色のグラデーションが掛かったショートボブ。右腕・右脚には怪我でもしているのか、意味深な包帯が巻かれている。
相好はかなり整っており、おそらく綺麗系ではなく可愛い系に分類される美人ナースだろう。
出会ってまだ数分しか経っていないが、もうすでに快活さ溢れるその元気さや眩しさが、彼女を『陽の者』だと容易に明示させる。
その溢れ出る光のエネルギーは俺の陰鬱な体と心に容赦なく照射し、長年引き篭もっていた隠キャ野郎をキルするには十分すぎるくらいだ。
一刻も早くここから逃げ出し愛しのマイルームへ帰りたいのだが………、
それは突然、ナースが何処からか顕現させた1メートル弱はあるであろうドでかい注射器を、目にも止まらぬ速さで俺の太腿へと突き立てて来た。
「ギャアアアアアアアァァァァーーーーーーッッッッ!!!!!」
反射的に力の限り情けなく叫んでしまった俺は、しかしすぐに気づく。痛みを全く感じていないという事に。
「アハハハッ!今注入したのは、今日の分の栄養剤。この1年間、死んで腐りかけていた君の身体を辛うじて維持させていた大事な薬だから安心して」
そう言って舌を出して、『テヘペロッ』とウインクするナース。
いや、それなら普通のサイズで出来なかったのだろうか。
「……それにしても、今の慌てよう。ププッ、おもしろすぎでしょっ!」
加えて、嘲笑うかのような不敵な笑み。あんなもの急にぶっ刺されたら、誰だってビビるだろう。
その馬鹿にしたような嘲笑と身勝手さに寝起き早々ムカつきそうになる俺だがしかし、悔しいかなそれは苛立ちよりもその可愛さが勝ってしまった。
ナース服でのその仕草は、もはや反則級と言える。
同時に、さっきから動くたびに鼻腔を擽ってくるシャンプーのような芳香も、……まあやぶさかではない。
「あっ、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は、注木射恋。16歳!頼れるお姉さんナース!
気軽に射恋お姉ちゃんでも、射恋姉さんでも、射恋大統領でも好きなように呼んで♪」
と、いきなりペラペラと喋り始めるナース。その動作はいちいち鬱陶しく…、良い匂いがする。…てか16歳ってことは、俺と同い年………いや、実際にはあれから1年経っているから現在の俺は17歳。なので、実質1個下なのか?
生きていたなら、愛凰と同い年だったという事か。
現状の複雑さに頭を抱えつつ改めて今のこの現状を整理してみると、それはどこぞやの病院の一室という個室で、初対面の女子と至近距離での2人きり。
一見誰もが望むうらやまシチュかのように思えるが、こんな見知らぬ場で、しかも平然と注射器をブン回すような女に、無抵抗かつ無防備な姿を晒すというかなりヤバめな状況とも捉えられた。
だがさっきの『栄養剤』と銘打って投与された薬剤は、俺の脳や思考を麻痺させる成分でも入っているのか、先の謎持論:『ナースに悪い奴はいない』という格言を肯定するかのようにこの女が怪しい者ではないと勝手に判断。考えるのを放棄したように、無理矢理許容してしまった。
「じゃあ……、」
そして気づけば、それは第一の難所とも言える壁。
初対面の女子への名前の呼び方にぶち当たる。
本人は『お姉ちゃん』、『姉さん』などを希望しているが、初っ端からそれは俺には難易度が高すぎる。それに『お姉さん』と謳っているはいるが、実際には俺と同い年どころか1つ下だし、さっきから動きが鬱陶しく落ち着いたお姉さんの風格もまるで無い。
かと言っていきなり『名前+ちゃん』付けはちょっとキモいだろうし、キャラ的に『名前+さん』という柄でもない。『大統領』に至っては…、さては本当にそう呼ばれたいとも思っていないだろう。
さすがに場を和らげるためのジョークとして、俺ら隠キャの定石ならやはり馴れ馴れしくなく違和感の持たれずらい『苗字+さん付け』。が、ここは無難ではあるが……。
(ハッ!?)
とそこで、何を真剣に考えているんだと俺は我に返る。
仮想と現実が混同したか何だか知らないが、そのジャンルは『恋愛シュミレーション』じゃない。
ここでの関係はただの患者と、それを看病するナース。
見たところ特に身体に異常は感じられないし、医師からのGOサインが出れば俺は即退院で、即帰宅。もう二度と会うこともないのだ。
そう思った途端なんだか考えるのがバカらしくなり、
「じゃあ、よろしくお願いします。注木さん」
結局俺は苗字さん付けを選択する。……しかし、
「え〜。なんか私、苗字呼びって距離感じてちょっと嫌いなんだよね」
本人にはめさなかったようで、そんな不満を提言してくる。
出た出た、たまにいるんだよなあ。苗字だと距離感じるからとか言って、友人ヅラでクラス全員をやたらと下の名前で呼び・呼ばせようとする奴。
別に、苗字で呼び合う親友だっているってんだ。
久しぶりに人と会話した事によって蘇ってきた被害妄想に浸っていると、「まあいいか」と呟いた注木さんが今度は急にコチラに視線を向けてくる。
「じゃあ私は、君の事『はやタカ』って呼ぶね」
(………は?)
俺は、自分の耳を疑った。
こちらは初対面かつそんな長い期間関わる事が無いと思ったため苗字さん付けで呼んだのに対して、まさかのあちらは(実際には)1つ年下のくせしていきなりのファーストネーム&呼び捨て。
「はやたか?」
俺はそこで初めて、凝視してくる瞳を正面から見返えして再確認するように尋ねた。
「そ、はやタカ!
他にも『しらしら』とか、『勇鳳丸』とか可愛い渾名も捨て難かったんだけど、
やっぱりシンプルな方が良いかなって。よろしくね!」
前言撤回。こいつのネーミングセンスはかなり壊滅的な事が、今ハッキリと分かった。もしかしたら『大統領』も、結構本気で狙っていたのかもしれない。
「下の名前じゃなくて、普通に不知火『さん』って呼んでくれます。あと『よろしくお願いします!』ね?俺の方が1つ年上だし、初対面の目上の人に対する礼儀は大事ですよ」
さっきから舐めた態度といい、年上に対してタメ口といい。そういう部分はしっかり注意しておく。
「え〜、だって敬語とか苗字って距離感じるじゃん。それに今のはやタカは16歳、私と同い年ね。わかる?同い年!」
「別に、無理に距離縮める必要もないし、俺は西暦2027年生まれで今年16歳。お前の1個上!俺の方がお兄さん!敬語はマスト!ドューユーアンダスタンッ!」
ついつい俺も敬語を忘れて、声を荒げる。
「患者とナースは、互いに寄り添う事が大切なんです~!それにこの1年間は死んでた扱いで歳は取ってない判定だから正真正銘、あなたは16歳です~!西暦が何年とか関係ありませ~ん。干支も厄年も全部私と一緒です~」
と敬語かタメ語か、何歳かとくだらない口論を繰り広げる俺達。
正直年下にタメ口を使われても何とも思わないし、どっちが年上で年下かなんてどうでも良いのだが、何だかその言い方や態度が妙に癇に障る。
「そんな事より、早くその話ってやつを聞かせてくれよ」
ここは年上の俺が大人になり、もういいからと未だワーワー喚く注木を一蹴すると、いつの間にか脱線した話を戻すように促す。
「ちぇっ、何だよ。私の意見は聞かないくせに」とか何とか、頬を膨らませながらブツクサと愚痴りながら注木は徐に話始めた。
「んじゃ、まずははやタカが死んでた1年間の事を説明するね。って言っても、何処からどう説明しようかな」
何処からかご丁寧にホワイトボードを持ってきて、差し棒にメガネを装着する注木。実際に『死んでいた』のは事実だが、今の年齢云々の話も相まって、改めてそんな言い方をされると何だか世界に置いて行かれたような、変な感じがする。
そんな俺を尻目に、注木は話しを続ける。
「はやタカが死んだ日から、今日で約1年。あの日から、この世界では様々な動きが見られてる。まず現実であるこの世界と、仮想ゲームである【V・V】の世界が完全に融合しまったのは、さっきの景色を見れば分かったよね。
この現象を、世界はXeno・X異常交差と呼んでる。
これはおそらく、MR・AR・VRの総称がXRと呼ばれることからもじって、今のその要素を合わせもつこの世界をXXRって名付けたんだとさ。
このXXRに関して、ゲーム開発陣は知らぬ存ぜぬで責任の一切を取らないと放棄した挙句、全員隈なく揃って雲隠れ。世界政府は今血眼になって原因の究明をしているものの、その一切が不明な状況。
大体の予想はまあ、1年前の【V・V】がサービス開始を迎えた時だと睨んでるけど…。
今分かっている事と言えば、そのXXRにより【V・V】で存在していたマップやモンスターが世界中に現れ害を成しているのと、私達サービスが開始される前のβテスターだったプレイヤーは『DIVE・IN』する事で現実でAAに変身し、その権能能力をゲーム内同様にこの|現実《リアル|》《・》世界で扱えるという事だけ」
こちらの意見ももはや完全なガン無視で、ファーストネーム呼び捨てのタメ口を貫こうとする注木をもう面倒くさいのでスルーして、俺は死ぬ間際の事を思い出す。
今の話が事実なら、ディアベルクの出現にAAへの変身。UIやら1年越しの蘇生など、あの時あの場所でのすべての異常現象の合点がいく。
「あの日、世界が交差してから現在まで、【V・V】の世界はすでにダイブできなくなってる。要はあのあくまで仮想だった【V・V】のゲームシステムやら何やらが、丸ごと現実世界に反映されたってイメージなのかな。
さっき世界は大きく変わったみたいな事を言ったけど、敢えて言うならこの1年で変わった事はそのたった一つ。【V・V】の世界が混同しちゃったってことくらい」
『変わったのはたった一つ』。言葉にしてしまえばそうとも言えるが、それがこと【V・V】となればその自由さによってやれる事は無限大。現実に及ぼす影響もまた甚大だった。
「1年前よりは落ち着いてきた方だけど、度重なる地形変動、異形の怪物達の出現にその他たくさん、突然起こったこの異常現象の所為で、未だ世界はパニックの中にいる。
世界を動かす機関が揃ってその機能を低下させ、おそらく人類史上トップクラスの社会崩壊だったよ。
……その総死者数は、分かってるだけでも全世界500万人越え」
注木はそこで初めて見せる哀愁の顔で、悲しそうにそう語った。
「元々【V・V】をプレイしてなくて【AA】を持っていなかった人は勿論、持ってる人でもゲームみたいにその能力をうまく使いこなす事は難しくて、危険度最低ランクのあのスライムにすらやられちゃうレベルだった。
……おそらく、アイポイちゃんもそうだったんじゃない?」
「………ッ」
失礼を承知の上で、注木が申し訳なさそうに問う。
仰る通り。ゲーム内で一度ディアベルクを下しているアイポイこと不知火愛凰でさえも、現実の世界ではその魔人に手も足も出す事ができず、完敗し殺されてしまった。
しかしそれは悔しいが、もはや初見殺も甚だしい程の負けイベだと俺は思った。
いきなりあんな異形な化け物が目の前に現れ、身に宿った能力を駆使し撃退しろと言われてもおそらく、
世界の猛者達と戦って来たトップクラスの格闘家でも、普段山の奥地で獲物を狩っている狩人でも、明日を生きるのもままならず日々デスマッチを繰り広げている裏社会の人間達だろうとも、恐怖や緊張で足が竦み動きは鈍ってしまうはずだ。
ゲームと違い生身への痛みもあれば、身体補正による超常的な動きもできない。初っ端から倒せるできる人間など、おそらく0に等しい。
限りなく現実に近い体験ができると謳われていたあの【V・V】でも、やはり実際の現実世界と仮想世界との乖離はデカかった。
「けど人類も、このままやられっぱなしで黙っちゃいなかった。
世界政府も本格的に動きだし、新たに対V/V攻略部隊、通称【Sensation】を設立。
その主要戦力となるメンバー達の活躍で、人類はこの2年間なんとかモンスター達に対抗し滅ぼされずに根強く存続してる。って感じかなぁ」
一度は崩壊寸前まで追いやられた人類だが、しかしそこでAA達が集う部隊を結成し権能や戦闘経験などを必死に研鑽。なんとか反撃の狼煙を掲げ、起死回生でここまで繋いで来た。というのが、どうやらこの2年の流れらしい。
「ちなみに、私もその【Sensation】第五小隊:《Sour》に所属する一員!この姿もAAで、戦えて回復も出来ちゃうつよつよ[バトルナース]ちゃんなのですっ!」
まあ16歳と聞いた時点で薄々は勘づいていたが、やはり本物のナースではなくAAだったらしい。何となくの残念さを感じている俺に、構うことなく注木はさらに続ける。
「今のこの世界の一番の理想は、人類一丸となって一刻も早くモンスター達を倒しつつ、原因解明で元の世界に戻す事。って、言いたいところだけど……、実際問題そう甘くはいかないのがこの現実、否異常現実。
今世間でその怪物達と同等かそれ以上に重要視されているのが、AAの能力を悪用する害悪プレイヤー達の存在。
ほら、よくいたでしょ。現実世界で上手くいってないんだろうなあっていう、暴言厨とかトロールとかスナイプゴースティングとか。そういう類の連中がどの街・国でも害悪プレイで暴れ回ってるってわけ。
そいつらが本当に質が悪くてね。モンスターと協力されちゃうとこっちも迂闊に手が出せないから、ずっと膠着状態が続いてるって感じかな。以前原因も、元に戻す方法も捜査中だし」
「なるほど、ね」
表があれば裏があるように、AAの権能で正義のヒーローとなる者がいれば当然そこには、逆に超常的な能力を悪用するヴィランが現れるというわけだ。
ここまで聞かされれば、この2年の大体の世界情勢___、所謂ゲームのあらすじってやつが理解できる。となれば、あと聞き出したい事は二つ。
「愛凰が〈アイポイニクス〉だって、何で知ってるんだ?」
先ほど注木自身の口から出された。『アイポイ』という名前。
いつ死体を見つけたのかは分からないが、俺達がディアベルクに殺されたというのも知ってる様子だった事から、アイポイ=愛凰を指しているのは確かだ。
じゃあ義兄である俺ですら知り得なかったその事実を知っているというのは義妹の友達かなにかの身近な人間だからか、それとも特別なファンか何かだろうか。
注木は少し迷った表情を作ったあと、意を決し言った。
「それはね、今はもう大元は消されちゃったかもしれないけど、調べれば何処かには残ってると思う。混同が始まったあの日に投稿された、一本の動画。
………、見る事は…正直おススメしないかな。
なんせその動画内容は、玉座に鎮座した《破壊の魔神:ディアベルク》が、君の義妹アイポイニクスこと不知火愛凰の生首を飾り物にして淡々と話すだけの動画だから」
それを聞き、俺は目をかっ開いた。
今、何と言ったか?……愛凰の生首を飾り物にした動画?
それはおそらく、殺した後の愛凰を見せしめとして公開した、まさに魔人の名に恥じないディアベルクの悪魔の所業。かつてないほどに、自分の腸から憤怒の炎がメラメラ焚き上がるを俺は感じた。
「はやタカを見つけたのは、本当に偶然。私の範囲内にいる治療を必要としている人を感知できる技〈療域〉に君が引っ掛かって、見たところ心臓は完全に停止し死亡して2年経ってるにも関わらず、腐りもしてなければ枯れもしていない。
情報収集を得意とする仲間に調べてもらったら、はやタカの能力と、性が『不知火』でアイポイ二クスのお義兄さんっていう事が分かった」
「………」
「1周年の大型アップデート直前にアイポイが完全攻略した【魔戒裂境】だけど、混同によってこの現実世界でまた新しく生まれ変わった。
その名は、【真・魔戒裂境】。
簡単に言うと、1週目をクリアした後の2週目の世界みたいなもん。モンスター達も強化され、その難易度は数倍跳ね上がってる。
ディアベルクは言ってた、『我を唯一下しタ生意気な小娘はたった今屠っタ。さあ、次の挑戦者を【真・魔戒裂境】第100層:《破壊への再頂戦》にて待ツ』って」
……もはや、言葉は出なかった。
愛凰の悲惨な姿が全世界に曝され、ディアベルクに良いように弄ばれてるのを想像すらしたくない。
何故こうも自分の大切な人は居なくなっていき、こんなにも不幸が訪れるのか。
何故俺だけが、こんな目に合わなきゃいけないのか……。
「………っぅ」
気づけば、俺は大粒の涙を流し無様に泣いていた。
それは2年越しの蘇りでやっと頭が現実に追いついてきたのか、今頃になって急に愛凰が死んでしまったという実感が湧き、止めどなく溢れ出す。
謝って仲直りする事はおろか、もう二度と会うことすらできない。義妹の死が悲しくて、苦しくて、悔しくて仕方がなかった。
「君は……、これからどうする?」
拭っても拭っても涙が零れる俺に、注木は言葉を選ぶようにして静かにそう尋ねた。
「………分がらない」
どうしたいのか、どうすればいいのか、俺の方が聞きたい。
『もう嫌だ。疲れた。結局また何もできなかった。俺はダメだ。本当に全て上手くいかない。俺がやる気を出せば逆に他人に迷惑が掛かる。俺に関わった人間は、どんどん不幸になっていく。』
いったい人生で何回、この文言を繰り返して来たことか。
また俺は現実から逃げ出し、自分の殻に引き篭もろうとしてる。義妹の死を無駄にして……。
そんな情けなく啜り泣く俺の手を優しくとって、ナースはゆっくりと口を開いた。
「はやタカのAAが『鳳凰』なのは、その襲い掛かってくる不幸や逆境を何度でも蘇り立ち上がって跳ね除けるためだと思う。
そりゃあ人生なんだから、山があれば谷もある。はやタカは今、その絶望という谷のどん底にいるかもしれない。だからこそ、今が立ち上がって一歩踏み出す最後のチャンスなんだよ。ここで逃げたら、それこそ本当に終わってしまう」
なんともナースらしい、患者の痛みに寄り添った励ましの言葉。だがそれでも、俺の身体中にへばりついた不安は拭えない。
「山あり谷ありって、これまでの人生谷しかなかった」
「そんなことない。谷が深すぎるとたまに分からなくなるけど、小さい山、そしてこれから訪れるであろう大きな山は確実にある。
愛凰ちゃんと兄妹になったこと、はやタカが蘇ったこと、そして………、私と出会った事。これらは確かに大きな山だよ!」
「……また、失敗するかもしれない。もっと深い谷に」
「なら、私が引っ張って上げる!
誰かの幸せは誰かの不幸ってよく言うけど、それは言い方を変えれば、誰かの山が誰かの谷ってこと。なら山の人間が谷の人を引っ張って上げて、それを交互に、互いに助け合い共に苦楽を経験しながら生きていく。それが人間でしょ?」
「それは、助けてくれる仲間がいるからできる事であって。俺みたいな孤独な人間には無理な話だ」
「だから!私に出会えたのが山!」
「………っ!」
「君はもう1人じゃない。私が、絶望の淵から引っ張り出して上げる」
力強くそう宣言する注木の顔は、もはや自信に満ち満ちていた。
意味不明だ。今日会ったばかりの、よくも知らない男にどうしてここまで大口が叩けるのか。
しかし何故だろう。何の根拠もないくせに、その声も表情も、一挙手一投足さえもが俺の心の負の感情を次々と癒していき、こんな自分でもまだやれるという自己肯定感をこれ以上ない程高めてくれる。
もしやこれがナースである注木の権能なのか、はたまたさっき打たれた謎の注射の所為なのか、、、
涙は、いつの間にか止まっていた。
それと代わって、その身に抑えきれぬほど沸々と湧き上がってくる一つの闘志。
『下を向き、蹲るのはやめる』と、硬く決意する。そして最後に、俺は気になっていたもう一つ質問を尋ねた。
「何で、こんな目覚めるかも分からない見ず知らずの死に損ないをわざわざ助けて、2年間も看病してくれたんだ?」
注木は少し、はにかむような仕草をみせてから答える。
「そりゃあ、目の前にまだ助けられる可能性がある病人がいたら助けるのがナース。…って言いたいところだけど、たぶんそれだけが理由じゃない。
……どんなに辛い状況でも覆せる奇跡ってのを、拝んでみたかったのかもね」
「はぁ?なんじゃソレ」
思わず、俺にも笑みが零れてしまった。
注木は笑顔ではあるが、どこか切なさが滲んだ表情。
その顔の裏には、おそらく隠された思いがあるのかもしれないが、それをいちいち詮索する気はない。
そうして俺は、徐にベットから立ち上がった。
「もういいの?」
「ああ」
これが仮想ゲームと混同した現実ゲームの世界と言うのなら、今の話でチュートリアルは終わりだ。
あとの設定も、与えられた権能も、壮大なオープンワールドも、聞くより自分自身でプレイし体験するのが一番手っ取り早いだろう。
「もう一度聞くよ。これからどうするの?」
すると、すでに先ほどとは別人に表情を変えた俺に、答え合わせをするかのように注木が再度問いてきた。
『これからどうするか』。……それは、たった今決まった。
「強くなる。そして、愛凰の仇を討ちに行く!」
即ち、前人未到の【真・魔戒裂境】の完全攻略。
それはおそらく、果てしなく長い道のり。もしかしたら達成する事の出来ない目標かもしれない。
しかし、いつかアイポイに言われた『やるなければならない時』。
それが蘇った今さっき……、否。2年前ディアベルクが現れ愛凰が殺されたあの瞬間から、もう来ていた。
覚悟は決まった。俺は『絶対的信念』を持って、強く深く、何年かぶりに自分自身の殻を破ってその一歩を踏み出すのだった。
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